理不尽さに耐えるのが運命だ!
「・・・・あー。すぐに対生物汚染用の防護服用意して。全身用と、顔と手足が出てる用の2パターンでね。」
内務省超能力支援研究局予知課。
部屋の中央に巨大なコード、いや、小さなパイプとも呼べそうなものが何本も天井に向かって伸びている。
そのコードの根元にあるのは人が入っている20個以上のカプセル。
規則正く並べられたそれは円形状に広がっている。
その一角とは少し離れた場所に、質の良さそうな椅子に座っている少女---なまえの声が静かな地下に響く。
なまえの声とともに天井に設置されたパネルに何かが映し出される。
「生物汚染(バイオハザード)だ。確率は今んとこ70%ってとこかな。」
ひとつ欠伸をしたなまえは頭を覆っていた装置を外す。
頭の中で見た予知を分析するための装置である。
ここ(予知課)にいる予知能力者がつけている装置と同じものだ。
「(久々めんどくさ、・・・おもしろそーな出動だな〜。)」
なまえはとある研究所で、騒ぐ人々を想像して笑った。
「えーーーー、僕、できれば本当に現場に行きたくなかったんだけどなあ・・・・。」
「諦めてくれ。生物汚染の原因もはっきりしてないし、現場で迅速な対応が求められる今回の場合、少しでも情報が欲しいんだから。」
予知課で生物汚染を予知していたはずのなまえは、トラックの固い背もたれに寄りかかりながら眉をひそめて、口を曲げた。
皆本はなまえへと、少し目をやってから眉を下げて苦笑した。
なまえは不安げだが、それとは対照的に他のチルドレン3人はご機嫌だ。
「まあいいーじゃん!なんかなまえと出動すんの久しぶりな気がするし!」
「せやな。最近なんや本部待機多かったしな。」
「なまえちゃん働きすぎだと思うのよね。局長にちょっと言ってこようかしら。」
本当に嬉しそうな3人の表情を見たなまえはため息ついた。
表情はまんざらでもなさそうなので、「まあたまにはいいか。」といったところだろう。
「現場久しぶりだからなー。僕、基本建物の中には入らないからよろしくね。」
「馬鹿なこと言ってるんじゃない!ほら、現場ついたぞ!僕は先に降りて現場の指揮をとるから、そこにある防護服を着たら出てこいよ!」
「はーい」と3人の返事を背に皆本はトラックから降りて行った。
少し空いたドアからガシャガシャとたくさんの人が動く音がした。
一緒に派遣されてきた特殊部隊だろう。
なまえは外の喧騒を想像してからチルドレンへと目を向けた。
「えー。なにコレ。」
「え。ださ。」
「こんなの着たら誰だかわからないじゃない。」
3人は皆本の用意した防護服を手にしながら、不満をこぼしている。
3人の手にしている防護服は、名前通り防護を最優先としてつくられたデザインだ。
ちょっとした薬品では破れなさそうな厚手の白いスーツ。
極め付けに、スーツと同じ素材のフード。
フードと言っても、ヘルメットに近い型で正面からでなければ顔を確認することはできない。
正面にはプラスチックの板が付いている。
可愛くないから着たくない。と3人ともぼそぼそ言っている。
予知しなくても、わかるな。となまえは思いながら笑顔でトラックの隅を指差した。
「そんなこと言うと思って持ってきたよ。」
なまえの指差した先にある白い布の塊をなにか認識したチルドレン。
なまえへのチルドレンの尊敬の念が高まった瞬間だった。
「うっしゃーーーーーーー!!」
「いくでーーーー!!」
軍事用の郵送車から勢いよく現れたザ・チルドレン。
なまえを覗く3人の顔には力が入っている。
本日は気合十分のようだ。
「子供は風の子元気な子ーーーーーーーーっ!!ウイルスなんかに負けないぞーーーーーっ!」
郵送車の扉とともに力強く飛び出して来た薫の声。
現場へと凛々しい目線を送っていた皆本の表情が、チルドレンを視界に入れるとまるで雷を受けたように大きく口を開けて驚きのあまり硬直してしまう。
それもそうであって、4人が身にまとっている防護服は、頭を保護するはずの防護服もなければ、腕は肩から肘の少し先まで素肌が露出されており、足元もいわゆる絶対領域部分が外気にさらされている。
皆本の用意した宇宙服のような頑丈な防護服ではなく、頭部を防護する大きなフードがついたワンピース型の防護服と、サイハイソックスに分類される長さの防護布を足にまとっているのだ。
「さー、行こ!」と元気良い薫の声と皆本の目の前を歩き出すチルドレンたち。
皆本は自分の血液が顔へと急激に上ってくるのを感じながら、勢い良く薫の頭上部を掴んだ。
「マスクとソデと足はどーしたあああっ!?」
「いや、この方がかわいいし、」
「かわいさでウイルスに勝てるかーーーーーーっ!!」
3人へと向いていた皆本の視線が、なまえへと突き刺さる。
なまえは目を丸くして、少し首を傾けた。
「僕がどうかした?」というあざとい表情である。
「この防護服持ってきたの、君だななまえ!!こいつらを甘やかすなと何度言えばわかるんだあああっ!!」
「いやー、別に甘やかしているつもりはないんだけどー。」
「まあまあ、皆本はん。せやけどまだ何も起きてへんし、ウイルスと決まったわけでもないんやん?」
なまえへと詰め寄る皆本へと制止の声をかけたのは葵である。
様子をじっと見つめていた紫穂も、顔に添えていた手を外し人差指をまっすぐと伸ばし空中を透視た。
「大丈夫よ。今のとこ、変な菌やウイルスはいないわ。」
「そーそー。大丈夫ダイジョーブ。まあなにより、僕が言っているんだし。」
「いや、しかしーーーーーー」
「いーんだよ!!かわいいカッコの方がパワー出るんだから!」
『バカモノ!!あのコたちは国の宝なんだぞーーーーーーーッ!!万一のコトがあったらどーする!!貴重な「超度7」に何かあったら貴様は銃殺だッ!!防護服を着用させろ皆本!!』
通話をかけたままだった皆本の携帯から局長の脅しが飛ぶ。
「う。」と声を絞り出し皆本は息がつまったような苦しそうな顔をした。
自分も思っている正論なだけに反論できないうえに、「銃殺」という言葉に皆本の顔は青黒くなった。
「イヤなものは・・・・・・」
「いや、あのな・・・」
「イヤなのーーーーーーーーーーーっ!!」
薫の大きな叫びとともに凄まじい力で、皆本の体が郵送車へと叩きつけられる。
バキバキと、皆本が押し付けられている郵送車、押し付けられている皆本が音をたててる。
「うぐああーーーーーっ!!」
『ききわけさせろっ、皆本ッ!!局長命令だーーーーーーーッ!!』
車へと叩きつけられた皆本の手から飛び出したケータイから、局長の声が飛び出す。
葵は、落下して来たケータイをキャッチする。
紫穂は郵送車にめり込んだ皆本の足へと手を触れる。
「「僕を通さず直接話せ」、・・・って思ってる。」
『「憎まれ役はお前の仕事だ」、と伝えてくれ。』
「まあ。皆本ってそういうところあるよね!」
なまえは皆本へと手をかざしながらニコッと笑う。
念動力により郵送車から剥がされた皆本は地面に膝を落とした。
これから任務だというのに、超度7のパワーでおそらく手加減されているとはいえ押さえつけられたのであれば当然だろう。
一人の現場隊員が皆本の肩を支えに小走りに近寄った。
隊員は全身しっかりと覆われた防護服をまとい、頭部もヘルメットのように頑丈なヘルメットを被っており顔は見えない。
「大変ですね。主任。」
「うう・・・・・なんで僕がこんな・・・・!?」
隊員に支えられて立ち上がった皆本は、背筋を走った悪寒に体を震わせた。
立ち上がった皆本を確認してから立ち去ろうとした隊員が一瞬足を止める。
「どうしました?」
「い・・・いや・・・・何か悪寒が・・・なんだろう?」
皆本へと背を向けたまま発された隊員の声には、なぜか緊張の色が浮かんでいた。
自分より立場が上の者と接触していることによる緊張、というよりはなにかを恐れているような緊張である。
皆本は小さく首を傾げ、不思議そうな表情をしたまま自分も防護服を装着するために郵送車へと歩き出した。
隊員は皆本が立ち去ったのを確認すると小さく「フ。」と口を緩めた。
「・・・・・・・・(バレバレなんですけど・・・・。)」
小さく笑った隊員のヘルメットから垣間見える、切りそろえられた銀髪を目にしたなまえは呆れた表情で二人を眺めていた。