覆水盆に返らず

「!!」



葵の瞬間移動能力で研究所の建物へと潜入した薫と紫穂。

一拍遅れて、なまえが皆本や現場に派遣されたバベルの隊員、研究者を連れて瞬間移動してくる。

研究所内はハエが飛んでいる以外は静まり返っており、研究員と思われる人物が廊下に点々と横たわっている。

明らかに異様な状況である。



「こ・・・これは・・・・」

「み、皆本はん・・・・・!?」



異様な光景に驚いた薫と葵が皆本へと抱きつく。

なまえは「本当に現場来ちゃったよ・・・。」とぶつぶつと不満を吐きながら自分の周りの風を寄せ集めて身にまとっている。まるで結界のように。



「おい、どうした!?何があった!?」



定年近い研究者が、廊下に倒れている研究者の一人へと駆け寄り肩を掴み起き上がらせている。

紫穂は何があったのかを確認するため、研究者二人の元へと駆け寄っていく。



「・・・・・・気のせいか・・・・何か急に寒気が!!」

「いやッ!!ウチらこんなカッコで・・・!!なんで腕ずくでとめてくれへんかったん!?」



頬を赤く染め、涙目で袖のない腕をさすったり、絶対領域を隠そうとスカートを手で引っ張って伸ばしたりと体をもじもじさせる薫と葵。

「勝手なこと言うなーーーー!!」と皆本の叫びが廊下に響き渡った。



「いや、予知された時間まではまだ数分あります。これ自体は汚染じゃないでしょう。」

「ま、予知の時間なんていろんな要因で変わることくらいよくあると思うけどね。」

「そ・・・そっか。・・・・(とすると何かーーーーーーーーー考えろ!!もう時間が・・・・・!)」



隊員となまえの言葉を受けて、思考へと集中し始めた皆本の視線が薫の頭へと移る。

視線の先にいたのはハエだ。
先ほどから廊下を飛んでいたハエである。

ハエが薫の頭へと止まる。



「(あ・・・!!まさか・・・!!)薫っ!!動くなーーーーっ!!」

「え。」


思考がまとまり、何かを思いついたのか、皆本は必死な形相で薫な頭を叩く。

かなりのスピードで叩かれた薫の頭が「に¨ゃッ!?」との声とともに揺れる。

衝撃でハエは薫の頭から飛び立つ。

薫は叩かれたことも認識できないらしく呆然と目を見開いた。



「・・・・何すんだーーーーー!!!」



だが驚いて固まったのも一瞬で、薫は逆に念動力で皆本を吹っ飛ばす。

「があああっ!!」と叫び声とともに廊下をすべっていく皆本。

信頼している皆本に突然力強く叩かれた薫は涙目である。




「な・・・何!?どないしたーーーーのん?」

「葵ーーーーー!!歯を食いしばれーーーーーー!!」

「あ、ちょ、皆本落ち着いて!」



薫から飛び立ったハエが葵の頭に着地したのを確認した皆本は、叩きつけられた地面よりバネのような素早さで起き上がり葵へと飛びかかる。

皆本の明らかに平静を失った様子に葵は言葉を詰まらせた。

状況を予知していたはずのなまえも、焦った声をあげるが皆本の勢いは止まらない。

飛び上がった勢いのまま葵へと狙いを定めている。



「!!何すんねん皆本はんっ!?」



葵は皆本の平手が眼前へと迫っているのに気づくと、瞬間移動で横へ避けた。

ついでとばかりに皆本を瞬間移動で廊下の壁へ顔面から衝突させて。
皆本は鈍い音とともに壁へと衝突した後、赤い血をつけながらずるずると力なく廊下の床へとうつ伏せで倒れた。




「嫌い!?ウチらのこと嫌いになったんか!?命令ちっとも聞けへんから!?」

「しょっしゅうからかって超能力でいぢめるから!?そんなことで子供に手をあげるのかッ!?」

「・・・・・・・」

「(・・・今のは皆本が悪い。)」




半泣きで皆本へと声を荒げる葵と薫。

しかし、皆本から反応はない。
壁へぶつかった衝撃で気絶している。

なまえは皆本へ視線を移すと息を吐いた。
大人気なくいきなり叩く方が悪い、といったところだろう。




「まあ、二人とも落ち着きなよ。違うから。」

「なまえちゃんの言う通りよ!」

「「へ?」」

「この人たちーーーーーーお互いどつきあって気絶してる・・・!!」

「ちゃんとみんな頭部にタンコブあるしね。」




廊下に転がっている研究員を透視した紫穂の言葉に、葵と薫の動きが止まる。

なまえは紫穂が透視している研究員の頭部を指差す。

そこには2、3センチほどの膨らみがぷっくりと浮き上がっている。

よほど強く叩きあったのだろうか、髪の毛をどかさなくてもよくわかる。




「みんなそのハエを叩こうとしてーーーーーーー!!!」

「あ。」



ふいに紫穂の言葉が途切れる。
まるで何か衝撃でも受けたかのように開かれた紫穂の目。

なまえは、紫穂の頭部にとまっている1匹のハエを目にすると口を丸く開け小さく声を漏らした。



「ククク・・・・オロカナ人類ドモメ・・・・・・・!!」

「え。」



まるで、映画やドラマに出てくる悪役のようなセリフを口にした紫穂へ研究員の視線が向けられた。
顔は青ざめ、こわばっている。
いわゆる、ドン引きした。という表情だ。



「オ前タチノ時代ハ終ワリダ!!コレカラハ我々、蠅ノ時代ナノダ!!」

「しっ・・・紫穂!?」



力強く拳を握り、目を見開く紫穂に薫と葵は目を丸くした。
驚きと衝撃で汗が止まらないようだ。



「ハエ!?ハエって言った!?ハエにとりつかれたーーーーーーッ!!」

「・・・いや、でもハエはあんなでかいこと考えへんやろ!!むしろ紫穂の本音やったらどうしよう!?」



衝撃が恐怖に変わってきたのか、薫と葵はお互いの腕に縋りながらガタガタと震えている。

親友が、ハエ第一主義的な発言をした事実を受け止められないようだ。
完全にパニックにおちいっている。



「いや違うだろ!!本音がハエの時代ってこたないだろ!!」

「あー。もうほんとヤダ。ほんとにはじまっちゃったよ。」



研究所に響く喧騒のなか、なまえは一人だけため息をついた。

2018.01.22

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