繋がりは時に恐ろしい
「貴様ラ人類ハ地球環境ニトッテ害悪ニ他ナラナイ!数ニオイテモ、質ニオイテモ我々蝿コソガ地上ノ支配者ニフサワシイ!!ヨッテ本日タダ今ヲモッテ・・・」
「し・・・紫穂ーーーーーーっ!?」
「あんたそんなことを考えとったんかーーーーっ!!」
「いや、違うだろ!!」
大きな声で蝿の素晴らしさを演説する紫穂の姿を見て、涙を流しながら叫ぶ葵と紫穂。
皆本が二人へとツッコミを入れるが、混乱している二人の耳に届いたかどうか怪しい。
「我々ハ人類ニ対シ宣戦ヲ布告シ────」
「あのハエが原因なんだ!!まずは紫穂をあいつの支配下から取り戻さないと─────」
「あ、いや大丈夫だよ多分。」
なまえが気の抜けた声を出すと同時に、紫穂の右手が動いた。
右手に握られている針は右手の勢いのまま紫穂の頭部へと向かい。
紫穂の頭部に止まっていたハエを見事に串刺しにした。
紫穂の表情は先ほどと打って変わり、いたって余裕そうであった。
「え!?」
先ほどまでの喧騒が嘘のように研究所全員の声が揃った瞬間であった。
全員、信じられないものを見たという表情で紫穂へと視線を向けている。
「だから言ったじゃんー。」となまえだけが一息吐いた。
「・・・事情はだいたいわかったわ。あなたにもう用はないから、苦しんで死になさい。」
「紫穂怖すぎ・・・・。」
「あら、なまえちゃんこそ自分の周りだけ守るみたいに風まとってるじゃない。」
クスクスと黒い笑顔をハエへと向ける紫穂。
眉と口を下げ、少し青ざめた表情で呟いたなまえへと紫穂は鋭い指摘を飛ばした。
今回の事件をあらかた予知していたなまえは、絶対に紫穂のような目に合いたくないと風をまとい身を守っていたのである。
指摘されて気まずかったのか、なまえは乾いた笑いをこぼした。
「サイコメトリーでわざと強力につながってやったの。でも、こっちのが一枚上手よ。」
「・・・・・・・・・・・」
なまえから視線を外し、廊下へ入る全員へとにっこりと笑った紫穂を見つめる一同は言葉が出なかった。
「紫穂・・・・・おそろしい子・・・!!」と皆本、葵と薫は思い浮かべたのだが。
「つまり────この施設ではハエを使って、神経回路の研究が行われていた。ところが、たまたま研究員の中に、潜在的テレパスがいたということか。」
「ええ。ハエの神経に電気信号を与えていて、偶然思考がシンクロしちゃったのね。そして────」
「その人の脳の中にハエの外部メモリが生まれちゃったってわけだよ。彼、は今、人間の思考力とハエの意志、さらにテレパシーも持っている。本人はここにはいないんだけどね。」
皆本、紫穂、なまえにより紡がれる説明。
紫穂の説明を受けついだなまえの説明は、予知をしたせいか詳しそうな口ぶりだ。
「人格の汚染・・・・!!それが今回の予知の正体か・・・・!!」
「ちょ・・・・ちょっと待ってください!なら、なぜ彼らはこんなことに!?」
施設を案内してくれた、禿げた頭の研究員は廊下にたんこぶを作り倒れている研究員に目をやりながら異を挟んだ。
「問題の研究員の能力は低超度で、他人にあまり影響はないわ。でも一度結びついたことで、ハエとの相性は抜群によくなっている。」
「だから今はハエならどれでもコントロールできるし────そのハエを汚染させて、汚染を広げることもできる。」
紫穂は何事もないかのような表情だが、なまえの顔には嫌悪感しか浮かんでいない。
よほどこの現場に来るのがいやだったのだろう。
紫穂となまえの説明の最中に、研究員のおじさんの後頭部にハエが止まる。
「こんなふーに。」
紫穂の声が無情に響く。
その瞬間、研究員の表情が激変した。
「オロカナル地球人類ドモメーーーー!!」
「わ゛ーーーっ!!」
「ぷっ!」
バベルの部隊の一人が、上ずった声を上げる。
と、自らが履いていたスリッパを手に握りしめ、大きく振りかぶり研究員の頭部へとスリッパを投げつけた。
研究員がスリッパの衝撃で固まっている間に、もう片方のバベルの隊員はガムテープを取り出した。
一同が衝撃を受け止め終わった頃には、手足と口をテープでぐるぐる巻きにされた研究員が出来上がっていた。
見事な手際である。
「本体を治療するまで、拘束しておくしかできないんだよ・・・。だから僕、現場来るの嫌だったんだ。」
「もう現場に来ちゃったんだから諦めなさい。あなたたちもおし・・・いえ、危なかったのよ。エスパーだから多少の耐性があるけど、皆本さんが気づかなかったら、おもしろ・・・いえ、大変なことに。」
いつまでも愚痴をこぼすなまえへと、小さく釘を刺してから紫穂は薫と葵に微笑んだ。
邪気のない微笑みだけに、言っている内容が怖い。
「お前、敵か味方かどっちだ。」
「まずはここを封鎖しましょう。殺虫剤を取り寄せて、ハエを全部殺してから────」
今後のことを考え始めた紫穂が皆本へと視線を送る。
送った、はずだった。
だが、紫穂の視界に入ったのは、前面をハエに覆われた人だった。
一寸の隙間もなく、頭のてっぺんからつま先までハエで覆われた人だ。
「オロカナル地球人類ドモメ・・・・・!!コレカラハ蝿ノ時代ナノダーーーーーー」
「「「ぎゃーーーーーーッ!!」」」
「皆本ーーーーーっ!!」
ハエに覆われた人から発された声は紛れもなく皆本の声である。
ハエに意識を乗っ取られた衝撃と、なによりありえない量のハエが皆本を覆い尽くすという衝撃にチルドレンの四人は恐れ驚いた。
なまえがひたすらに「現場に来たくなかった」とこぼしていたのも、頷ける気色の悪さである。
なぜかバベルの隊員の一人だけ、「ぷ・・・うぷぷ!!」と口元を抑えて必死に笑いを堪えていた。
だが、現場で一番頼れるはずの主任が恐ろしい姿になってしまった衝撃の中、そんなことを気にする人はいなかった。
「薫!風!風で皆本にくっついてるやつら飛ばしちゃってーーー!!」
「りょ、了解!サ・・・念動ぅぅーーーーーートルネード!!」
なまえの叫びに、衝撃から戻った薫は必死の形相で皆本へと左手をかざす。
薫の念動力で、壁へと叩きつけられるハエたち。
ハエが一匹もいなくなり、見慣れた姿になった皆本。
どうやら意識を失っているようだ。
皆本へ飛び寄った薫は、皆本の肩を掴み床へ倒れるのを阻止する。
「葵っ!!脱出・・・・!!」
「外はダメ!!タマゴを産みつけた可能性もあるわ!!」
薫の指示が果たされる前に、紫穂が声を荒げる。
紫穂の言葉に「げ!」と支えていた皆本の肩から手を話す薫。
「葵!とりあえず、トイレなら!!」
「まかしとき!」
なまえの声を聞くと、葵は一つ頷いた。
葵の瞬間移動能力により瞬時にチルドレンと皆本、バベルの隊員2名の姿は廊下から消えたのであった。