現実って恐ろしい

葵の瞬間移動能力により、研究所のトイレの一角に避難してきたチルドレン4人とバベルの隊員2名、ハエに汚染された皆本。

地面に足が着くと、バベルの隊員へ紫穂から「ドアを目張りして!」と鋭い指摘が飛ぶ。
「はッ。」と短く返答すると隊員2名は、素早いコンビネーションによりトイレのドアの隙間をテープで埋め始める。
これにより、外部からのハエの侵入を防ぐのだろう。



「シール完了しまーーーーーーーー!」



隊員たちが、トイレの中央へ目を向けた。
そして、視界に入ってきたあまりにも衝撃の場面に2名とも言葉を途中でつぐんだ。



「キレイダ・・・・・。トッテモオイシソウダヨ・・・・・。食ベテシマイタイ!!」



ハエによる洗脳が溶けていないせいか、皆本はあろうことか男子便器の前に跪き、便器の端にあるハエが大好物な茶色の物体に向かい顔を近づけようとしていた。
声だけはとても澄んでいるが、やろうとしているのは人としてかなり問題のある行為だ。



「わ゛ーーーーっ!!わ゛ーーーーーっ!!」

「ダメーーー!!皆本はんーーーー!!人として終わっちゃダメーーー!!」



顔を真っ赤にしたり、真っ青にしたり、真っ黒にしながら、便器へ近づこうとする皆本を引き止めるチルドレンたち。

彼女たち(なまえはどうか怪しいが)にとって、思い人と言っても過言ではない男性が人としてありえない行動を起こしているのだから、受け入れがく、絶対に阻止したいのだ。

好きな人が、便器にひざまづいて便器の汚れを舐め回している姿なんて誰も見たくない。



「みんなとめてーーーーっ!!」

「イヤーーーーーっ!!」

「皆本ーーーー!!気を確かにーーー!!(生で見ると本当にきついーーー!!)」



わーわーぎゃーひーと、騒ぐチルドレン4人へ、隊員は近くが、なぜかもう一人の隊員は皆本たちへ背を向けて、かがんでいる。
心なしか、少し体が震えている。



「お、お前も手伝え!!」

「いや・・・ちょっと待・・・は、腹いてーーーー!!」



屈んでいた隊員は、どうやら笑いを堪えていたようだが、ほとんど笑い声が防御服のヘルメットから漏れている。



「も・・・もーダメだ!!あはははははははははは!!」



隊員、いや兵部京介は、防御服のヘルメットの中で大笑いしたせいで上気した顔を外気へ晒しだした。
目元に涙が見えるので、相当笑ったのだろう。
憎き宿敵の、人として尊厳もない姿だから、兵部にとっては当然面白くて仕方ないのはその通りなのだろうが。



「お前は・・・!!」

「「「兵部京介ーーーーー!!」」」



驚き、即座に背中の銃を構えた隊員へ、「おっと、いけない。」と余裕の笑みで兵部は握った左手で隊員の銃をはたき落とし、右手の平手を隊員の顎下から突き上げる。

顎下からの衝撃に、隊員は思わず失神して倒れこむ。



「京介!!」

「あんたーーーー何しにきたの!?」



親しげに兵部の名前を呼んだ薫の腕を掴み、紫穂は険しい表情で投げかける。

失神した隊員を蹴り飛ばして壁際へ追いやりながら、兵部はにこやかに答えた。



「別に、遊びにきてただけじゃないさ。君たちの仕事ぶりを見学にね。」

「それってただのストーカーじゃん。」

「聞こえてるよなまえ。・・・まあ、でもまさかこんな面白いものを見れるとは・・・・ぷぷっ・・・!!」



ボソッとけなすなまえへ、視線を向け、皆本へと視線を移した兵部は再び「あーっはっはっはっはっはっはっ!!」と大きな声でお腹を抱えて笑い出した。

もちろん、皆本が依然「ヒト口!!セメテヒトナメ!!」とよだれを垂らしながら便器へ迫っているためである。



「みーなーもーとー!!」

「天才エリートのプライドを思い出して!!頼むから!!」



全く便器から離れようとしない皆本の姿に、薫と葵と紫穂は涙を流し始める。

なまえはもはや、焦りを通り越してドン引きした真っ青な表情だ。



「笑ってないでなんとかしてよ!!」



しびれを切らした薫の念動能力で、トイレの壁に埋め込まれる皆本。

薫は視線を兵部へ送るが、兵部は皆本を助ける気など全くない。



「やだよ、そんなギリはないもん。君らのそばで超能力使うと不二子さんがとんでくるし。もうこんなスカトロ野郎は捨てて、ウチに来なよ。」

「黙レー!!えころじート言エー!!ナメサセローーー!!」



壁に押さえ込まれながらも、口だけは獣ののような言葉が飛び出してくる。

普段の皆本からは、想像もつかない姿に薫は涙を流すしかなかった。



「大本のエスパーを治療すれば、影響はなくなると思うけど・・・それも確証はないしね。一生このままかもよ?」

「「(一生このまま・・・・!!)」」



葵と紫穂は、「貴様ラナド我々ノ食糧生産装置ニ過ギナイノダーーーー!!口カラ食ベテ尻カラ出セーーーー!!」と壁に貼り付けられたまま、自由の効く首から上だけを懸命に動かしながら叫ぶ皆本(の姿をしたナニカだと思いたい)をぼんやりと視界におさめている。

なまえだけは、「いや、そんなことないない。え?こんなとこで未来変わっちゃうわけないよね?僕なんのためにあんなに苦しんでたの?」とつぶやきながら頭を抱えてしゃがんでいる。



「もしものときはーーーーーーー」




目の淵に涙を溜めながら、薫は何を決意したように唇を噛み締めた。











「・・・ほら、皆本、綺麗だね。」


日が徐々に傾いている空。

穏やかな空気が流れる野原を、車椅子を押した看護師ーーーーー大人になった薫が通る。

車椅子には、虚ろな瞳の皆本が、手足と体を丈夫なベルトでくくりつけられている。

二人の間を、優しく、穏やかに風が通り越していく。



「ウン◯が食べたい。」

「そうだね皆本。いい天気だね。」



虚ろな表情で、皆本がこぼした言葉を、薫は柔らかな笑顔と言葉で受け止めて流した。

それは、まるで聖女のように優しく柔らかな表情と声だった。



「知ってる?皆本。エスパーと普通人が戦争になりそうなんだってーーーーーーーーーーー」

「ウン◯が食べたい。」

「そうだね。あたしたちには関係ないね。」




全てを押し流すような、清らかな雰囲気を纏いながら、暗くなってきた野原から去るために、薫は静かに車椅子を押し始めた。








薫の想像を読み取ったなまえは、またさらに頭を抱え込んだ。
「なんでどうしてこんなことで未来って変わるものなの。どうして僕らのときは変わってくれなかったの。」とこぼしながら。


嗚咽を交えながら、号泣する薫に、同じく薫の想像をのぞいた兵部は、果てしなく困った。



「そ・・・それは困るなあ・・・」

「ウチはいや!!「ウン◯」とか言う皆本はんは見たないっ!!皆本はん殺してウチも死ぬーーー!!!」




テレビや漫画にいるようなヤンデレヒロインに負けずとも劣らない、狂気をまとい、号泣しながらナイフを握りしめる葵。

同じ困り顔でも、何歩か引いたような表情を浮かべる兵部。
自分も同じような狂気を抱えているのに失礼な奴である。



「そ・・・それも困るなー。」

「いーから、助けるの手伝いなさい。残りの人生も男でいたいでしょ?」


カチャッと、音をたてて黒光りする凶器を兵部の足の間へと向ける紫穂。

銃口の先にあるのはもちろん、兵部のアレである。
分身とも言えるアレである。

「あの、紫穂、さん?」となまえの震える声が発されるが、紫穂はにっこり、という効果音がよく似合う笑顔で兵部へと微笑んでいる。

顔を真っ青にする兵部と対照的だ。

いくらかの戦場や修羅場を潜り抜けてきたはずの兵部も、流れてくる冷たい汗に逆らうように力なく笑った。



「それが1番困るな。オーケー、わかったよ女帝。」



兵部は、一つ息を吐いて表情を整える。



「でも・・・・・アドバイスだけだぜ?」

2018.01.22

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