残された君、先に行く君
「好キナダケ殺シテクレタナ・・・・!!我々ダッテ生キテイルノニ―――――。」
男の周りを何百匹ものハエが、飛び回る。
まるで、黒いオーラのようなそれは統一された意識を持って宙にまとまっている。
感染源である研究員の男に髪をつかまれている紫穂は、ハエ(に精神を汚染された)男を憎々しく見ている。
捕まったこともそうだろうが、紫穂の体の自由を奪うために巻きつけられた布は、すっかり薄汚れた男の白衣なことも相まって、紫穂の嫌悪感を煽っているかもしれない。
「貴様ラ人間ノ知性ヤ感性ナド、ソノ程度ナノダ。相手ヲ「虫ケラ」ト決メツケルコトデ、心ヲ痛メルコトモナク残虐ニナレル・・・・!!」
「虫ケラ扱いってゆーか、あんたたち虫だから!!」
「ウン◯触ってそのままご飯にたかったりする害虫だから!!」
ハエの怒りを代弁する男に、殴られた頭を押さえながら男へ反論する薫。
葵も薫の言葉へ続いて、大きな声で反論する。
男は、口元を歪めると手に持った先の鋭く尖った金具をさらに紫穂へと近づける。
身動きの取れない紫穂は、視線の端で自分に迫る金具を見つめている。
徐々に金具の切っ先は紫穂へと近づき──
「待・・・!!」
薫と葵の焦った声も届かない──。
「虫ケラ扱いで殺される苦しみ?フン。それならもう知ってるよ。今更教えてもらう必要はないね。」
切っ先が紫穂へと届く寸前、緊迫したフロアににつかない声が届く。
声の響いてきた上の方へと、一同は視線を動かした。
2フロア上から、兵部が銃口をハエ男へと向けている。
兵部の特徴的な銀髪が風になびき、露わになった額にかつて刻み込まれた銃痕がその存在を見せている。
銃痕は、くっきりとその存在を残していた。まるで、薄まることなどないと言わんばかりに。
兵部の口元は嘲りを含んでいる。害虫と融合してしまったハエ男に対して──いやハエ男を通して、兵部は虫ケラとして消されかけた自分を嘲っているように見えた。
「ブブ!!動クナ!!」
「思ったよりやるじゃないか・・・・!!反射神経もハエ並みになってるとはね。おチビちゃんたちには荷が重かったみたいだな。」
明らかに先ほどまで対峙していたチルドレン達と雰囲気が違う兵部を、前にハエ男は焦りを見せた。
兵部は一息吐くと、冷静に頭の中で計算をはじめた。
「(さてどうしよう。銃は多分当たらない。超能力を使って、不二子さんたちが来る前にバックレるしかないな。ま、そのくらいのリスクはしょうがないね。君たちのためだもの────)」
ハエ男の反射神経から、向けている銃では状況が打破できないことを計算した兵部は、それでも自らの力を持ってすれば、不二子に捕まることなく、逃亡しきれる自負から、その表情を緩めた。
「ん?」
兵部は、薫と葵の近くのハエが不自然に動いていることに気がついた。
不自然に動いていたハエはやがて、群れを作り何かを表現しはじめた。
どうやら、何かの文字のようだ。
「!?あ・・・皆本!?」
ハエ達は壁に沿って、カタカナでメッセージを作り上げる。
カサイ
ホウチキ ツカエ
ミナモト
「(あいつ・・・!?わずかに残った意識で、ハエの動きに介入したのか!?)」
兵部は思わず、自分が先ほどなまえと皆本を残してきたトイレの方を振り返った。
薫は、皆本のメッセージを受け取ると、フロアに設置されていた火災報知器の非常用ベルを念動力で押す。
あたりいっぱいへと警報が響き渡るのと同時に、天井からスプリンクラーの水滴が降り注ぐ。
高い天井から降り注ぐ、水滴の重さにハエ達はもう為す術はなかった。
「やるときは、やる子でしょ?皆本。」
「なまえ!」
兵部の背後から、ゆっくりと歩いてきたなまえは兵部へと自慢げな笑顔を向けた。
先ほど一瞬振り返った時にはなまえが居なかったので、たった今、瞬間移動してきたのだろう。
兵部はなまえの笑顔を受け入れられないとばかりに、顔をしかめた。
「すぐそーゆー顔する。」
「どんなだよ。」
「(子供が拗ねた時の顔、だよ。)」
兵部へと直接言葉に出さず、なまえは心の中で言葉を零すと笑みを深めた。
兵部が皆本にいっぱい食らわされたのが、よほど面白かったようだ。
なまえは一つ息を吐くと、表情を落とした。
「変わらないね、京介は。」
「・・・それは君もだろ。」
なまえのつぶやきに、哀愁の色を感じ取った表情は、拗ねた表情をそのままに眉間のシワを深める。
2人の間にはただただ、もの悲しい空気が流れていた。