君が思うよりも世界は優しい
「ほら、もういいぜ。」
「ありがとう賢木せんせ。」
「おー。」
賢木はなまえの胸元へと、あてていた手を退かす。
なまえは一息吐くと、少しはだけさせていたボタンを締め直す。
その顔には、いつも通り恥じらいも何も浮かんではいなかった。
「わき腹と胸に銃弾を受けて、ろくに入院してなかったっていうのに・・・。相変わらず治りが早いんだな。」
「あぁ・・・。体質だからね。」
「(任務しすぎだから休めよって、嫌味だったんだが全然伝わってねーな・・・。)」
賢木の皮肉を、皮肉だと認識できなかったのか、皮肉だと気づいていながら受け流したのか─────自分の意図が伝わらなかったか、判断に困った賢木は、手元から視線をあげてなまえを見つめる。
賢木の超度6の接触感応能力と、その超能力によって得た経験でも予測できないなまえ。
思考に埋もれていく賢木の視線は、なまえで固定される。
「(ぱっと見じゃ、ただの小学生なんだが・・・。体中に細かい傷は多いし、なによりその表情と雰囲気が小学生じゃねー。高超度超能力者とはいえ、いつ透視しても何もわからねーし・・・・。本当は、兵部や蕾見管理官と同じ年くらいなんだよな・・・。)」
賢木が不自然になまえを見つめていたことを気づき、なまえが着替えの手を止めて賢木を見る。
心なしか、なまえが自分へ向ける表情と視線に軽蔑の色が混じっているのを感じた賢木。
賢木は、全身からすごい勢いで汗が吹き出てくるのを感じた。
嫌な予感というやつである。
なまえは視線と同じく冷ややかな温度そのままに、口を開く。
「・・・人の着替えじっと見つめちゃって、賢木センセーのヘンタイ。」
「っえ、あ、いや!そーじゃねーっていうか!」
「・・・薫たちに言いつけちゃうぞ。」
なまえの言葉は、賢木をさらに追い詰める。
ただの「友達に言いつけるぞ」だが、この場合言いつけたあとのザ・チルドレン(ともしかしたら不二子)からの報復を、賢木はその恐ろしさを想像できてしまった。
普段間近でチルドレンの3人(と不二子)の皆本への扱いや、なまえへの溺愛さを汲み取ると、かなり痛い目をみるのは間違いない。
「わ、わりー!わりー!ぼーっとしてて──!!」
「・・・・いーよ。僕のこと、考えてたんでしょう。」
「わかりずらいからね、僕。」とぽつりとこぼされた、なまえの言葉。
賢木の動きがぴたり、と止まる。
なまえの言葉には、苦しみが混じっていた。自らのことを理解されない、孤独の苦しみ。理解されないことの悲しさ。寂しさ。
そして、特異な体質を持つがゆえの苦しみ。
賢木は、ふいに皆本から聞いたなまえの経歴を思い出す。
「(ザ・チルドレンに入る前、管理官が眠りについて、なまえちゃんを保護してくれる存在はなくなった。そして、終戦時の罪を理由に、政府の言いなりになった。政府に高超度複合能力者、予知能力者、そして────身寄りのない利用しやすい超能力者という面に目をつけられて。皆本と出会って、ザ・チルドレンは変わり始めた。だが、なまえちゃんはまだ苦しんでいるのかもしれねーな────)」
賢木は、同情ではなく、親愛の想いでなまえを見つめた。
不遇な環境を経験しやすい高超度能力者同士で感じる想いなどではなく────、数年間共に過ごし、間近でなまえを見守ってきたからこそ感じる────仲間に対するあたたかな想いを賢木はなまえへと向けていた。
「・・・俺は、そーでもねーと思うけどな。薫ちゃんも葵ちゃんも紫穂ちゃんも、皆本だって皆────わかってると思うぜ。(なまえちゃんが、みんなのこと好きだって言うのはよーくわかるしな・・・。)」
「っ!!」
俯いていたなまえの方が震える。
なまえは、賢木の想いをよく感じ取ってしまった。
それは単に、なまえが精神感応能力者だからというわけでなく。
少しだけ肩を揺らして反応した後、微動だにしないなまえ。
「?なまえちゃ────!!」
「・・・────。」
賢木は突然動きの止まったなまえを、不思議そうに覗き込む。
口元を押さえ、耳まで真っ赤ななまえに気づいた賢木は見たこともないなまえの姿に瞠目した。
「あっ、あんまりジロジロ見るなーっ!」
「グヘッ!」
賢木に顔を覗かれたと認識したなまえは、瞬時に念動力で賢木を勢いよく地面に叩きつけた。
潰れたカエルのような声をあげた賢木だが、地面にめり込んではいないので特に大きな怪我はしていない。
「(そんなこと、思ってるなんて・・・知らなかった────。)」
なまえは、落ち着かない気持ちを押さえようとひとつ、深く息を吸った。
胸の中に伝わった、あたたかく優しい気持ちに戸惑いながら。
賢木は、打ちつけられ赤くなった鼻をさすりながら体を起こした。
「ったく・・・。(まぁ、叩きつけられた程度で済んで良かったと思うべきか。)」
「・・・検診終わりなら、僕寝たいんだけど。」
「ん、ああ。って、またしばらく寝るのか?」
今度こそ完全に身支度を整えたなまえに、賢木は怪訝な顔をする。
なまえは、先ほどの衝動を忘れるように一つ咳をして、いつもと変わらない無表情で口を開く。
「薫たちは、皆本や局長、柏木さんを連れて「ザ・ハウンド」の新任指揮官の件で、宿木くん家で相談中。・・・そのまま2日くらい帰ってこなさそうな感じだから、休んでおこうと思って。単独任務もないし。」
「ふーん。なまえちゃんは行かなくてよかったのか?」
「宿木くんと初音ちゃんは好きだけど────、あの家はちょっと、いろいろあってね。(明夫さんとハジメさんのことを、すごく感じちゃうから────。)」
なまえの視線が、遠くを見つめる。
今はもう、戻ることがない過去を。
賢木は、無表情でひとつため息をつくと、利き手をなまえの頭上へと乗せた。
一呼吸の間だけ、なまえはただただ真っ直ぐ────何も知らない少女のような真っ白さで、賢木を見つめた。
「っ!!!!だだだから、そーゆーの禁止!!!!」
「っのわ!?」
だが、なまえが止まっていたのも一瞬の出来事であった。
賢木は今度こそ、なまえの念動力によって地面にめり込まされた。
なまえは赤く染まった顔と荒い呼吸をそのままに、念動力で荷物を寄せ集めると診察室から瞬間移動していった。
「・・・感情が出るようになったと思えば、良いかもしれねーが。結構キツイなこれ。」
皆本の気持ちがわかったように感じた賢木は、1人ため息をついた。