上がった狼煙

バベル研究施設内の地下。見渡す限りコンクリートの壁しかない部屋。まるで映画の牢獄として出てきそうな部屋だ。

部屋のドアから最も遠い位置に置かれたイス。
そのイスに、座らされている男の背中、はるか高い壁にある窓から光が差し込む。

男は薄汚れたシャツとスーツのズボンという軽装だ。

イスに座らされていた男────皆本が顔を上げる。
汗や埃にまみれたその姿には、疲労が色濃く浮いていた。



「僕は・・・やってない。」

「やったとか、やってないとかそういう事じゃないだろ?世間がどう思うか・・・じゃないかネ?」



皆本の声に、呼応するように部屋の入り口、明かりの射してこない場所から大柄な男性が現れる。

ラグビー選手やアメフト選手も真っ青になりそうな程、大きな体揺らしながら徐々に皆本に近づいて行く。



「「未成年者略取誘拐」。最低の罪状だ。故郷のお母さんはどう思うかナー。」



大柄な男性────もとい、目元付近の顔上半分を真っ黒なドミノマスクで覆った桐壺は愉快そうに笑った。

この状況が愉快でたまらないのか、マスク越しでも表情が緩んでいるのが伝わっている。

皆本は、怒りで全身を震わせた。



「最低はあんただ、局長っ!何その脅し!?悪の化身かあんたは!?」

「ハッハ〜〜〜〜〜ン!?ちがうヨ!?局長などではない!!なんの証拠があって局長!?顔を見たの?」

「なぜバレないと自信たっぷりなのか、その理由が逆に知りてぇよ。」



大きな胸を更に前へと張り出し、前面へと自信を出す桐壺。

目元付近の顔上半分を隠しただけで、スーツや髪型など普段通りであるのに、尊大な態度の桐壺に皆本は困惑した。



「私は君を助けてやろうと言ってるんだ。ネ、九具津クン!」



九具津────と呼ばれた人物は、桐壺の背後にいるらしく、暗がりから徐々に2人へと近づいてくる。

『はい、局長!』と桐壺に応えた声は、スピーカーから発されたような肉声とは程遠い声だった。

「では、頼むヨ?」と背後へと言い放つ桐壺に「言った!!いま局長って言った!!」と皆本は、全力で指摘するが桐壺の耳には届かなかったようである。

桐壺を指差ししていた皆本は、その背後に立つ"九具津"の存在に、思わずイスから立ち上がり叫ぶ。



「うわああーーーーー!?なんですかこの人は!?」



"九具津"は、どうやら人ではないようだった。

女児向け人形のボーイフレンドを彷彿とさせる爽やかな見た目に、一糸まとわぬ姿。
だか、全身の表面は肌色ではなく透明で、体の内部に機械が収まっているのを確認できる。
右手首から先はチェーンソーが装着されていた。

"九具津"によって作られたサイボーグは、皆本の目の前に来ると足を止めた。


1/1スケール
復刻版・変形サイボーグ初号機
製作・九具津隆



「ナ?サインしちゃいなよ?」

「サ、サイン!?え!?ナニ!?」



皆本の背後へと回り込んだ桐壺は、悪の化身らしく薄っすらと笑った。

混乱する状況の連続に動揺が収まらない皆本は、九具津のサイボーグと自分の背後に回った桐壺を交互に見る。



『「異動願」の書類ですよ。』

「「チルドレン」の指揮官に、志願するのだ皆本クン!!」



「B.A.B.E.L.」のロゴが入った、書類を1枚懐から出すと桐壺はニヤリ、と効果音がつきそうなほど笑みを深めた。



「局内から後任さえ出れば、あのクソオンナが教育省から出向してくる理由はなくなるのヨ!!ワシのかわいい「チルドレン」をいぢめるあの女が!!いくら局長命令っつっても、もう局内から志願者が出ないのヨ!!助けると思ってさあ!!」

「ってか、あんたもうその仮面取れよ!!意味ねえよ!!」



桐壺の泣き声が、部屋中に大きくこだまする。
止めどなく涙を流し、皆本へ詰め寄る桐壺。

先程から、身元を特定する発言ばかりする桐壺に皆本は指摘するが、桐壺の耳には皆本の声は届いていない。



「あいつ部下じゃないから、ワシの命令聞かんのヨ!!君だって言ったじゃん!?あの女のやり方良くないって!!」

「それは・・・そうですが・・・・・・僕は研究員としてバベルに入ったんです!!なんで僕がそこまでしてやらなきゃならないんです!?同情の余地があるったって、あいつらがクソガキなのは本当なんだし───────そういうことはもっと他に────」

「「ふさわしい人間がいる」・・・・・カネ?」

「!」



図星を指摘された皆本は、止めどなく発していた言葉を止めた。

桐壺は先程の泣き乱れていた姿から一転し、真っ直ぐに皆本へと言葉を発する。
その表情には、子供たちを────超能力者を守りたいと願う桐壺の気持ちが溢れていた。



「誰だってめんどうだよ。だから誰かがやってくれればいいと思ってる。」

「だけど、そのめんどうな子供は、誰かが来るまでずっと放っておかれるんだ。気づいた人間が、その場でできることをしてくれないからね。」



桐壺の言葉に続けて、高い少女の声が言葉を紡ぐ。

皆本の背後、九具津の近くの空間が歪み1人の少女が現れる。

白髪のショートヘアと華奢な体。
黒のTシャツに、白のスキニーパンツ。
風になびいたロングコートは、少女には不釣り合いの固いデザインだ。

少女の首元の太く重たいチョーカーが、鈍い光を放った。



「なまえクン────!?」

「・・・?特務エスパーですか?(宙に浮いているということは、少なくとも超度5以上の念動能力者か・・・。いや、でも現れたのは瞬間移動能力だった。ということは、かなり超度の高い瞬間移動能力者────?)」



驚き一歩後退りする桐壺を横目に、皆本は九具津の横に浮いているなまえを不思議そうに見つめた。

なまえは、皆本の疑問を無言でもって軽く流した。
一同の視線が集まる中、薄っすらと笑みを貼り付けてなまえは皆本の眼前へと近づいた。



「少なくとも────皆本光一、君は気づいた。それでも、何もしないつもり?」

「な、何もしなかったわけじゃない。僕にできることはもうやった。だからもういいでしょう。」



なまえの視線にたじろぎながら、皆本は小さな声で返答した。

最後の方は、なまえの視線から逃げるように、桐壺へ向けて言葉を発していたが。



「それに、君に何の関係が────!」



皆本は逸らした視線をなまえへ戻し、その姿を見、既視感を覚えた。

先日見同じような黒のTシャツと少女にしては厳ついデザインのジャケット。首元のチョーカー。

瞬間移動能力、念動力能力──、もしこの子が、複合能力者だとしたら────!

皆本は、閃くままに口より答えを出した。



「みょうじ──なまえ────!君も「ザ・チルドレン」のメンバーか・・・!!」

「薫たちから聞いてた?初めまして。」



なまえが、ひらりと手を振る。

本日何度目かわからない衝撃に、皆本の頭は混乱するばかりだった。



「あいつらの話じゃ、予知能力以外は使用できないはずじゃ────!」

「あー、もうそのくだりはいいから。局長、さっさっとやっちゃえば?」



なまえは、顔をしかめると場を静観していた桐壺へと視線を送る。

桐壺はひとつ頷くと、「九具津クン!」と一声発する。
『はい、局長!』と九具津が間髪入れずに、返事をすると九具津は手足を取り外し始めた。



「────!!やめろーーーー!!」

『うふふふふふふふふふ。』



九具津は取り外した手足や顔をバラバラに取り付けた姿で、薄気味悪く笑った。

顔が有るはずだった場所に、手があるなど中々心が不安定になりそうな姿である。



「なんかザラっとする!!心がザラっとする!!不安定になるから元に戻せっ!!早くーっ!!」

「ダメだ、よく見ろ!!そして精神的ダメージを受けろ!!」



力の限り泣き叫び、九具津を視界に入れないように必死になる皆本だが、皆本の背後に回っている桐壺が皆本を抑えているため九具津から視界を動かすことが叶わない。



「それともサインをするかネ!?」

「ふざけんなーーーーー!!」

「サインしちゃえしちゃえ〜。」



なまえは、皆本を見下ろしながら棒読みでエールを送っている。

なまえを一瞥し、さらに歯をくいしばる皆本。



「局長!!」



地下室のドアが、勢いよく開かれる。

ドアの前には、息を乱した柏木が立っていた。
柏木は乱れた呼吸を整えるように、少しだけ肺を大きく動かすと、大きな声で叫ぶ。



「「ザ・チルドレン」を乗せたヘリが、炎上中の化学工場に墜落したそうです!!応答は一切なく、全員の生死が不明・・・!!救助の手だてもありません!!」

「な・・・!!!」



柏木の言葉に、地下室の雰囲気が一変する。

桐壺は、まるで抜け殻のように固まっている。




「あの・・・局長!?ショックを受けている場合じゃ・・・・。すぐに対応を────」



柏木の言葉を受け、暫し石化した桐壺だったが、徐々に体を震わせ顔から血の気が引いていく。

そして、柏木の言葉を聞き終わる前に、九具津の腕と皆本の胸ぐら掴んで部屋から瞬く間に飛び出して行った。

廊下の向こうから「うがぁぁぁぁあーーーーーーっ!」という叫び声が聞こえる。



「全局に非常事態宣言!!全部隊とエスパーを緊急召集だーーーーっ!!自衛隊にも応援を要請したまえっ!!」

「は・・・はいっ!でも、あの・・・局長!?」



桐壺の指示により、建物内に非常事態を知らせる警報が鳴り始める。
常人のスピードを超えて廊下を走り抜けながら、桐壺は柏木へと指示を出し、現場へと向かうためヘリに一直線に移動していく。



「局長ーーーーーーーーっ!!」



桐壺が飛び出した衝撃で破壊された部屋の扉から、柏木が困惑の声を掛けるが、桐壺たちには届かなかった。



「・・・まるで超能力者のようだね。もうヘリに着いたみたい。ムダだと思うけど、とりあえず通信してみれば?」

「なまえちゃん────、そうね。」



柏木は息を吐くと、懐から通信機を取り出した。

柏木と桐壺のやり取りを、背景になまえは力なかった瞳に、一つ光を灯した。



「(さて────相手は超度7の超能力者。君は、どんな選択をするのかな?皆本光一。)」


2018.06.07

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