突きつけられた悪意

「この向こうもダメだわ。化学物質でいっぱいよ。そこを越えてもその先は火の海だわ。」



崩れた壁のガレキによって塞がれた地下通路の一箇所。
ガレキを透視した紫穂は、極めて静かに事実を語る。



「アカンやん!?もーちょっと計画的に逃亡せな!!うちのお母ん金づかいなみやん!?」

「まーまー落ち着きなよ葵。」

「なまえこそ、何あの失言!!政治家ならクビだよ!?」



紫穂の背後では、葵がジタバタと暴れ、それを宥めるなまえとそのなまえに突っかかっる薫の姿があった。

いつも見ていた────けれども久しぶりに見るような光景に、少し心中をあたためながら、そんなことを感じさせない表情で、紫穂は肩を落とした。



「やめなよー。3人ともー。」

「てか、なまえはどうして大人しくしてたんだよ!」



仲の良い友達同士の戯れ合いだった空気が、不意に発された薫の言葉で変わる。

薫は真っ直ぐになまえを見て、眉間に力を込めた。
なまえもまた、真っ直ぐに薫を見つめる。

薫に続いて、葵も強く声を発する。



「せや!脱出できるんやったら、はようすれば良かったんや!」

「あんなばああの言いなりにならなくたって…!あたしやなまえには、そうできる力があるのに…!!」



ただただ、2人を見据えていたなまえはわずかに口を開いて閉じる。
なまえの瞼がゆっくりと下ろされ、小さく、深く、息を吐き出した。



「力なんて、ない。……僕には、選択肢なんてないんだよ、」



微かに震える唇から絞り出されたなまえの声は、酷く小さな小さな声だった。

1人沈黙していた紫穂が、堰を切ったように言葉を溢れさせる。



「なまえちゃん、あの人と私たちのこと取り引きしてたんじゃないの?言うこと聞けば私たちのこと、悪いようにはしないって────!」

「…僕は、いつだってそうするしかなくて…。」



紫穂の言葉により、なまえの表情に、それまでと違った色が混じる。

何かを言おうと、なまえの口が再度薄く開く。

しかし次の瞬間、なまえは体に走った衝撃に大きく見開かれ、傾いた体が地面へと倒れる。



「!!────っぅ!(これは…電撃…!!)」

「「「なまえ(ちゃん)!?」」」



地面へと倒れ伏したなまえへ、駆け寄ろうとした薫たち。

しかしその足は、同じく衝撃に襲われた紫穂の声によって止まる。



「きゃん!!」

「し……紫穂!?」



衝撃に全身を硬直させられた紫穂の体が傾く。
紫穂の体は、地面と接する前に薫に受け止められた。

カツン、とヒールが床を蹴る音がやけに大きく響き渡る。



「…何を考えてるかと思えば…………脱走!?私もナメられたものね。」

「っ、(来たか…!くそ、動け体…!!)」

「須磨!?」

「なんで電撃を…!?リミッターはもうないはず────」



ヒールの音と共に響いた女の声。
ギリギリと音が聞こえそうなほど、怒りで顔に力が入っている須磨。怒りを抑えきれないのか、呼吸が荒い。

かろうじて意識があったなまえは、須磨の登場に急ぎ起き上がろうとするが電撃の衝撃で体はピクリとも動かなかった。

自らの登場に驚くチルドレンたちを睨みつけた須磨は、手に持った折りたたみ式携帯のボタンを親指で押した。



「ぎゃうっ!!」

「っ(しまっ…!)」

「葵っ!!」



紫穂と同じく衝撃───電撃を受けた葵の体が地面へと傾く。

己の耳に入った葵の声に、なまえは目の前が暗くなったように感じた。
なまえは自分を責めずにはいられなかった。



「(なんのために、ここに来たんだ…!僕は何も、何もできなかった…!)」



念動能力で葵を抱き寄せた、薫の顔が絶望に染まっていく。

腕の中にいる紫穂も葵も、弱々しくその瞳は閉じられている。
少し離れた場所ではなまえが地面に倒れ伏している。

大切な、大切な友人たちの姿を見る薫の瞳が揺れる。
薫の中で、ごうごうと怒りが燃え上がっていった。



「てめぇ……!!よくも……!!」



未だ体に力が入らないなまえは、浅く呼吸を繰り返しながら視線を上げた。
須磨は、なまえへと血走った目を向ける。

須磨となまえの視線が交錯する。

どちらも、抑えきれていない激情が宿った瞳だった。



「す…ま、しゅ…にん、」

「これで意識があるなんて、本当に化け物ねあんた…!それに、リミッターが効かないのを黙ってるなんて…!契約は破棄するしかないわね…!!」

「……っ」

「契約って…?」



薫の視線を受けたなまえは、浅く息を吐いた。

須磨の額には、荒ぶった感情を表すかのようにピキピキと音を立てて血管が浮き上がっている。
須磨はゆっくりと、携帯を握っていない右手を挙げる。

薫へと向けられた黒い銃口が、鈍く光った。



「努力はしたのに残念だわ。もう限界よ、あんたたちみたいな猛獣は────社会のためにはいなくなってもらうしかない。」



須磨の指先は、引き金に置かれていた。

2019.01.07

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