広がった少女たちの世界
「よくも…葵と紫穂となまえを…!!あんたたちなんか、もう────────」
「努力はしたのに残念だわ。もう限界よ。あんたたちみたいな猛獣は、社会のためにいなくなってもらうしかない。」
薫は心を覆った苦しみのまま、念動力を解放する。
薫の念動能力が、地下通路をうねり走る。
頑丈だったはずの通路の壁に亀裂が入り、電球や壁面に設置されていたパイプが弾け飛ぶ。
苦しみ、悲しみ、怒り────抑えられない薫の感情が、爆発していた。
「(どうなったって知るもんか!!バベルも!!大人も………!!)」
須磨の右手がゆっくりと、挙げられる。
右手に握られた拳銃は、薫へと狙いを定められた。
「(っ…!)」
薫に向けられた銃口を動かそうと、なまえが必死に上半身を起き上がろうとする。
ダメージを流したとはいえ、体半分さえ起き上がらせることもままならないもどかしさになまえは眉を寄せた。
「っ!(動け…!)」
「フン。」
須磨は、僅かに抵抗しようとしたなまえを一瞥し、左手に握られている携帯のボタンを押した。
再びなまえへと、電撃が襲いかかる。
「っあぁ、あ゛あぁ!!」
地下通路になまえの大きな声が響く。
出力を操作されたのか、先ほどよりも強い電撃に、なまえの体から力が抜けた。
「なまえっーーーーーーー!!」
悲鳴に近い、薫の声が響いたようになまえは感じた。
なまえの視界は滲み、頭も霞んで何も考えられない。
「(ああ、また何も変えられなかった────。)」
なまえの胸を覆った絶望感を最後に、なまえの意識は漆黒に塗りつぶされていく。
「(僕は、何もできないんだろうか────)」
頬を伝う感情を、意識を無くしたなまえは認知できなかった。
────パン!パパン!!
────ドサッ!
何かか勢いよく発射される高い音と、何かが倒れる音。
必死にチルドレンを追って、地下通路を走り周っていた皆本は、走る速度をあげる。
崩れた瓦礫によって塞がれた通路が視界に入ってきた。
「銃声────!?あ……!!」
崩れた瓦礫の手前に、女性が1人───須磨の足元に4人、子供が倒れている。
銃声と地面に倒れ伏した子供、ザ・チルドレンの4人の姿。
須磨が右手に握っている拳銃からは、硝煙があがっている。
力なく目を閉じて横たわる4人の顔を見た皆本の脳裏に、考えたくもない予想が一瞬にして浮かぶ。
「まさか────殺っちゃったんですか!?殺っちゃった…!!」
「あんた…!!なんでここに!?」
チルドレンへと駆け寄った皆本は、少し離れた場所に一人だけ倒れていたなまえを抱き起こす。
その信じられない非道な現実を振り払おうと、須磨へと声を荒げる。
「なんてことを────!!」
「おだまり!!」
怒鳴られた須磨は間髪入れずに、皆本へと向かい引き金を引く。
拳銃より放たれた弾は、皆本のやや上空を通り過ぎ────通路の壁に反射して、皆本の後頭部へと直撃した。
「がっ!!」
衝撃で地面に膝をつく皆本。
弾が当たった後頭部をさすりながら、己に当たった弾────ゴムスタン弾を見つける。
「ゴムスタン弾………!!」
「これがこの子たちへの最終警告よ。次は実弾で眉間を撃つわ。」
「ス…スタン弾だからって────撃ったんですか!?そんな脅し繰り返したらこいつらはますます…!!」
「あん!?いい子じゃなきゃ生きてても仕方ないでしょッ!?脅しなんかじゃないわよォォォ!!」
「ひ!?」
ブチブチと、血管がはちきれる音が聞こえるようだった。
まさしく鬼のような表情で、絶叫した須磨はそのまま頭を抱え膝から崩れ落ちた。
滝のように涙が溢れ、口からは甲高い悲鳴をあげている。
須磨は完全に正気を失った。
「いやーーーーーーーーッ!!出して、ママーーーーーーー!!貴理子いい子になるからーーーーーッ!!」
突然立ち上がった須磨は、通路の壁へと駆け寄ると壁に爪を立て、泣き叫びながら絶叫している。
「あ、あの…須磨さん!?」と小さく皆本が声をかけるが、「こんな暗いところはイヤーーーーー!!出してよママーーーー!!」とガリガリと壁を爪で引っ掻き続けている。
皆本の声など届いていないようだ。
「もしかして、錯乱していらっしゃる!?」
皆本はエリート公務員の女性の哀れな姿に、顔から血の気が引かざるを得なかった。
「!!」
かすかに頭上から感じた異音に、皆本は頭上を見上げる。
通路の天井から大小の瓦礫が降り注く様に、皆本は戦慄した。
先ほどの薫の念動能力の影響だろう。
轟音を響かせながら通路の天井が、崩れ落ちていく。
錯乱していた須磨の頭に、瓦礫が落ち「がっ!!」と一声あげると須磨は地面へと沈んだ。
「まずい!!崩落────────」
意識がある皆本は、なまえを抱えたまま、瓦礫を避けようとするが、瓦礫は容赦なく重力に従い、どんどんと皆本たちに降り注ぐ。
迫り来る瓦礫に、思わず顔の前に手をかざすが────。
ピタリ、と瓦礫が空中で静止した。
「!!」
皆本は、先ほどチルドレンが倒れ伏していた場所を振り返る。
倒れ伏していたはずの薫を中心に、念動能力が発動していた。
「…!!」
「薫ちゃん…!?」
同じく倒れ伏していたはずの、葵と紫穂は目を覚ますと薫を見上げる。
まず、葵が薫の異変に気付く。
念動能力が発動しているにも関わらず薫は身じろぎもせず、目を伏せたままだ。
「気を失ったままや…!?」
「(半暴走状態で、仲間を守ってる……!?)」
「何か言っているわ……!!」
「「心配」、「しないで」「大丈夫…。」「3人はあたしが守るから……!!」「いい子にはなれなくても────」「それだけは絶対失敗しないから!!」」
紫穂によって音に出される薫の言葉に、皆本は自分の中で何かが変わっていくのを感じた。
人々にとって、ザ・チルドレンは、超度7のエスパーでしかない。
こどもには過ぎた力であるし、人々はその力に、恐れ・恐怖・懸念…さまざまな感情を抱く。
そのパワーを持つのが、「たった10歳にも満たない子供」だということには目を向けられることはほとんどない。
だが、ザ・チルドレンは「たった10歳にも満たない子供」なのだ。
皆本の脳裏に、なまえの言葉と、虚無を抱いたその表情が浮かぶ。
皆本の眉間と口元にグッと力が入る。
「(……クソガキには、違いないし、このままじゃ危険な怪物だって僕も思う。けど────)」
皆本は、なまえを腕に抱いたまま、数歩チルドレンへと近づいた。
なまえを少し抱え直した皆本は、そのまま紫穂と葵へと手を伸ばす。
「「!」」
「君たちはいい子だよ。いい子じゃなきゃ、そんなにがんばれるわけないだろ…!!」
静かな皆本の声と、その真っ直ぐと何も取り繕われていない眼差しが薫、葵、紫穂を向く。
「調子に乗って悪さばっかりやりすぎるし、ひどいめにあわされたけど………それでもどーしても嫌いになれないヤツだっているよ。」
「!」
「だからもう────仲間が4人だけだなんて思うな…!!」
薫の瞼がゆっくりと、開く。
皆本は、静かに微笑みを浮かべる。その顔にはもう、迷いも葛藤も恐れもなく、ただ子供を見つめる大人の微笑みがあった。