彼女の微笑み
お昼時の教室。
皆本が不在で元気がない薫・紫穂・葵の姿をぼんやりと眺めるなまえは、頭の中で任務のスケジュールを確認していた。
なまえは組み合わせた手の上に顎を乗せながら、足を揺らす。
「(薫たちは皆本がいなくて元気ないけど…。「ザ・チルドレン」の任務が減るから、僕はありがたいんだよな〜。もう数日くらい皆本が出張してくれてもいいな。)」
皆本がいないことを嘆く3人に、微笑むちさと。
大好きな人が数日不在にすることで、落ち込む3人を微笑ましく思ったのだろう。
そんなちさと達をぼんやりと眺めたなまえは、小さく息を吐いた。
「(ちさとちゃんは可愛いらしいなぁ。本当に純粋って感じで…。)」
自分にはないものだ、となまえは苦笑気味に笑う。
見た目は同じでも生きた年数がそもそも異なるため、なまえからすればちさとが無条件に可愛く感じることはあるだろうが…。
なまえはちさと自身の穢れのない性格を美しいと────羨ましいと、感じていた。
ぼんやりとだが、ずっと向けらていたなまえの視線に気づいたちさと。
ぱちりと、曇りのない目がなまえと交わる。
「そういえば、最近みょうじさん可愛くなったよね?」
「へ?」
話の矛先が急に自分に向いたなまえは、一瞬目を丸くして目を瞬かせる。
薫・紫穂・葵は、最近のなまえを振り返るように視線を宙に移した。
ちさとの言葉に、周囲にいたクラスの女子も、密かにクラスの男子の視線も集まる。
昼休みの喧騒とした雰囲気が、少しだけ静かになった。
「それ私も思った!前はクールっていう感じだったけど…。」
「落ち着いているのは、変わりないけど。うーん、変わったよね。」
近くにいたクラスメイトの女子が、口々に賛同する。
どこか近づきがたいなまえの話が本人を前に浮かぶことは、クラスメイトたちにとってはまたとない機会だった。
普段よりも、前のめりに話に入ってきた女子たちを、不思議そうに見つめるなまえ。
そして、じっとなまえを観察していた薫たち3人の姿を視界に入る。
なまえの心の中を、ここ1年ほどで出会った人々の顔が浮かんだ。
ゆっくりとなまえの目が細まり、自然と口元が緩んでいく。
「たぶん…、みんなのおかげだよ。」
静かに紡がれたなまえの言葉の、柔らかさ、その暖かさ、笑顔に、なまえを見た一同は思わず皆、口を開けて時を止める。
「(なんか、みょうじが柔らかい…。)」と全員の顔にはありありと書いてあった。
「?どうしたのみんな?」
なまえの一言に、思わず惚けていた薫たちは勢いよく立ち上がる。
「大丈夫、なまえのことはあたし達が守る!」
「ええ。絶対その辺の奴らに渡したりはしないわ。」
「せや!そんな奴、ウチらがしばいたるわ!」
「んと、よくわからないけど…。よろしく?」
先ほどまで世を恨まんばかりの暗い様子とは打って変わった3人の姿に、いつもの無表情に戻るなまえ。
薫たちだけではなく、なぜかクラス一丸で拳を固く握りアイコンタクトを取り合う姿を見て、なまえは深く考えるのをやめた。
「あ、今日は僕、予定あるから先に帰るね〜。」
放課後の下駄箱。
なまえの何気ない言葉に、薫が首を傾げた。
「あれ?なんかあったけ今日。」
「いや、別に大した予定じゃ…。」
なまえはへら、と笑いながら手を振る。
そして普段より足早に、なめらかに、その場を立ち去ろうとする。
しかしなまえの進路に、超能力のように素早く(実際には瞬間移動能力を使用していないが)、葵と紫穂があらわれる。
二人は互いの肩を寄せ合いながら、なまえへとずいっと身を乗り出した。
なまえの顔に、2人の影がかかる。
「大した予定やないなら言ってもええやん。」
「ええ、今すぐ言いなさい?(また何か内緒でするつもりなら、承知しないわよ…)」
薄目でなまえを見ながら口を尖らせる葵と、笑っているのに笑っていない紫穂。
2人の圧に押されて仰け反るなまえ。
精一杯2人から視線を逸らして、何か弁解しようと口をぱくぱくと開け閉めしている。
「あ、うん、えっと…ひみつ!」
なまえには珍しい大きめな声で、そう放つとぐっと足に力を込めて2人から走り去っていった。
取り残された葵と紫穂、そして様子を見守っていた薫とちさとは目を瞬かせる。
「「あ!逃げた!」」
「あたしたちに秘密の予定ってなんだ!?」
「なんや怪しいな〜。」
なまえが去った衝撃から回復した思わず半目で、口を曲げる薫と葵。
ちさとは頬に手を当てたまま、不思議そうに呟く。
ちさとの脳裏に浮かんでいるのは、今日の昼休みのなまえの様子だ。
「あんな風に笑うみょうじさん、初めて見たし…。最近やっぱりなんかあったのかしら。」
「あったとしても、無かったことにするわ。」
「さ、三宮さん…。」
「あら、冗談よ。…私たちも、帰りましょ。」
「(冗談じゃなさそう…。)」
下駄箱から歩き出し、学校の門を目指す紫穂にちさとは笑顔を引きつらせながら着いていった。
紫穂はやる時にはやる子だと、ちさとは理解していた。
「やっぱり京介か!?京介なのか!?」「あかん!それだけはほんまにあかん!」と頭を抱えて叫ぶ薫と葵は、2人の後ろを歩きながらしばらく唸っていた。