万が一

「ついに、きた、」



なまえは、微かに震える手を重ね合わせて身体に抱き寄せる。
背を丸めて手を重ねるなまえは、祈っているようだった。

薄暗い車内を、設置されたモニターだけが照らしている。

なまえは、少し顔を上げてモニターへと目線を動かした。
モニターには、ホテルで行われる武器取引の現場を取り押さえるため、現場へと派遣されたザ・チルドレンの3人と皆本、4人のサポートにあたるバベルの職員や警察官が映し出されている。



「(今回の任務は、「とある組織の武器取引を阻止、そして現場に居る人物を即時逮捕すること。」…今回厄介なのは、用心棒の瞬間移動能力者だ。予知ではこいつのせいで、現場に突入した警官が十数名死亡する。)」



モニターの中では、作戦直前の最終打ち合わせが行われている。

作戦は、ホテルの従業員に扮した皆本と共に、紫穂が取引が行われている部屋まで接近。
室内の様子を紫穂が透視した後、別な場所で待機していた葵と薫が突入・捕縛という流れだ。



「(その瞬間移動能力者のターゲットは、警官の代わりに突入するチルドレンの4人へと移る。…予知通りならほぼ「暴走した」薫が、瞬間移動能力者の攻撃から「ギリギリで」全員を守ってくれる。)」



なまえは、忙しなく動くモニターから視線をズラすと頭を下げて、目を閉じる。



「(…だから、今回も介入すべきじゃない。「この後」の方が大事だから。…でも、万が一、万が一がある。)」



モニターでは、打ち合わせを終えただろう皆本が、紫穂が隠れているはずの食事が載ったワゴンと共に画面の中を移動している。

なまえは、ゆっくりと立ち上がった。
バベルから支給された白いプリーツスカートがさらりと流れる。



「…僕ができることは、少しだけだ。」



なまえの視線は、モニターに固定されている。
まるでタイミングを計っているかのように、何度か深呼吸を重ねた。

モニターでは、皆本が部屋の前へとたどり着き、ワゴンから紫穂が飛び出している様子が映し出される。



「だから、今回は行くって決めたんだ。」



力強く拳を握りしめたなまえは、瞬間移動で薄暗いワゴン車から姿を消した。

















部屋の状況を把握した紫穂の合図で、突入した薫と葵によって始まった制圧。

薫と葵の超能力によって、次々と現場に居た人物たちは制圧されていく。
紫穂の鮮やかな銃撃により、残りの人物も制圧されて最初の部屋での争いが鎮火される。

皆本は、銃を構えながら部屋の奥へと歩を進める。



「残りは続き部屋の奴だ!!気をつけろ!!予知では、奴が爆弾を使ったために大惨事に────なっ…!?」



突如部屋の中へと幾つもの爆弾が降り注ぐ。
走り出した皆本が、たまらず足を止めた。

異変に気付いたチルドレンが皆本へと目を向ける。
だが、爆発直前。さらに爆弾の数も多い、瞬間移動能力も念動能力も間に合うかわからない状況。

薫、葵、紫穂の目が徐々に見開かれる。



「皆本さん────!?」

「あかん!!間に合わへん────」

「皆本ーーーーーーー!!」



瞬間、爆弾が爆発。
部屋の全てが爆炎により、吹っ飛んでいく。



「……薫!!…と、なまえ!?」



吹き荒れる爆煙の中、皆本は思わず反射的に閉じた目を開けて、自身の顔をかばうようにあげた腕も下ろした。

周囲には、薫のシールドによって覆われた皆本と紫穂と葵、そして薫に寄り添い立つなまえの姿があった。

皆本は全員の無事を確認すると、嬉しさに声をにじませながら声を上げる。



「さすがだ、よくやってくれた!!あとは犯人の身柄を────………!?」



薫となまえの奥。
爆煙が徐々に晴れて見えてきた光景は、薫の念動能力によって締め上げられている男の姿だった。
おそらく、こいつが室内に爆弾を瞬間移動させてきた犯人だろう。

超度7の念動能力でもって圧迫されている男の体が酷い音を立てる。

並び立っていたなまえが、薫の体を抱きしめた。



「薫…!!」

「おい!?薫!?よせ、殺してしまう────!!」

「(こいつ、もう少しで皆本を殺すとこ────。でも…ダメだ!!抑えなきゃ…!!)」



薫の意思とは裏腹に、念動能力は男の首を締め上げ始める。

薫は歯を食いしばり、右手首を握りしめた左手に力を込める。
念動力をコントロールしようとするが、意思と反して、薫の念動力は力を増すばかりだった。



「く…力が…力が引っ込まない────!!お願い、皆本!!リミッターを!!早く!!」

「…っうっ…!」



なまえも能力を抑え込もうと、念動能力で干渉しようとするが、暴走気味の薫のパワーが相手ではパワーが足りないようだった。

苦悶の表情を浮かべる薫の目に僅かだが、涙が浮かぶ。



「っ!」



2人の姿を見て、瞬時に自体を察した皆本は懐から端末を取り出し、手早くリミッターの解禁を解除した。

念動力から解放された男の体が、地面へと落ちていく。

なまえは、ゆっくりと薫から体を離し、薫を地面に座らせてやった。

一目散に薫へと走っていく紫穂と葵に引かれて、皆本も薫の側へ立つ。

地面に崩れ落ちた男の側で、なまえは膝をついた。



「なまえ…?」

「……生きてるよ。」



男の手首を取ったなまえは、ぽつりとこぼした。

薫は複雑そうな顔のまま、小さく頷く。
皆本も安堵したのか、小さく息を吐く。

なまえは男の胸の上に手のひらを置いて、目を閉じる。
おそらく生体コントロールを使用したのだろう。
男が小さく呻き声をあげた。

皆本は、ひとつ息を吐いた。



「…とりあえず降りよう。この部屋からの瞬間移動は難しいだろうから、一度部屋を出よう。」

「了解や。」



葵と紫穂は皆本の言葉に1つ頷くと、部屋のドアへと歩き出す。
3人に少し遅れるように薫も後を追い、念動力で犯人を持ち上げたなまえが、またその後を追った。

人影が消えたホテルの部屋では、まだ砂塵が舞っていた。

2019.09.15

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