見つめる瞳、迷う瞳

「無理しすぎ。」

「あう。」


皆本宅のリビングにあるソファに向かい合って座る薫となまえ。

なまえは、薫の頬に触れてため息をついた。
薫はびくりと肩を縮こませ、眉を下げた。


「でもそれ、なまえだけには言われたくない…。あんな爆発の最中に、瞬間移動してくるなんて…。」

「…僕はいいの。予知してたし。」

「っ良くな…「いーの。」


薫の頭に触れていた手を離しながら、なまえはまたひとつ息を吐いた。
眉間にはシワが深く刻まれている。


「とりあえず生体コントロール能力で、傷自体は癒せたけど…。完治したわけじゃないからね。賢木せんせーの言う通り、念動能力使用禁止。傷口にかさぶたができたような状態だから、大人しくしてないともっと悪化するからね。」

「あう。」


ソファのクッションを抱きしめて、肩を落としてうなだれる薫。

なまえは、薫を見つめたまま目を細める。


「…じゃあ、僕は寝るけど…。…なんかあったら起こしてね。」


静かに声を落とすとソファに乗せていた足を下ろし、腰を浮かせるなまえ。

薫は抱きしめたクッションに顔を埋めたまま声をあげた。
なまえは心配そうに薫を見つめているが、クッションに顔を埋めた薫と視線が合うことはなかった。


「うん…、ありがと。」

「(…僕が何を言っても、それで問題が解決するわけじゃない…。)」


ちらり、と薫を振り返るなまえ。
クッションに顔を埋めたまま、薫はぴくりとも動いていなかった。
薫の中で、皆本に言われた言葉が反響していた。


『ダメージが抜けるまで、数日は超能力使用禁止だ。今回はナオミちゃんに来てもらう。』

『君は来なくていいよ。ゆっくり休んでろ。』



「(…皆本のセリフ、気にしてるんだろーけど。)」


リベングから出ていこうと浮かせていた腰を降ろすと、なまえは薫の首へと腕を回し、ぎゅっと隙間なくなるように抱きついた。

目を瞬かせる薫が戸惑いながら、不思議そうな声を上げる。


「なまえ?」

「大丈夫、(君たちのことは、僕が絶対守るから──)」


続くなまえの言葉は、薫の肩口へと吸い込まていった。

柔らかく、だけど消えてしまいそうなほど儚い声に、薫は顔をしかめる。


「…なまえだって、もっとあたしたちのこと、頼ったっていーんだぜ。」

「…ん、ありがとう。」


眉を寄せて、口を尖らせながら薫は静かになまえの背へと腕を回した。

なまえは、なにかを堪えたように小さく礼を述べる。
そうして、ゆっくりと薫から腕を離すとリビングを出て行った。

薫は、しばらくなまえの後ろ姿を眺めていたが、顔面からソファにダイブする。
顔を埋めたクッションから少し顔を出して、ため息をついた。


「…いや違う。そーゆー意味じゃないって。わかってるって。」


『君は来なくていい。』

検査を終えた後に皆本に言われた言葉が、薫の脳裏から離れていなかった。

薫は頬を濡らすものに耐えるように、クッションを強く握り締めた。


「おいコラ、女王…じゃなくて、バカ女!!」

「!」


突如歪むリビングの壁。
超能力により歪められた空間から徐々に現れるブロンドヘア。


「ちょっとツラ貸しなさい────よ!?」


皆本宅のリビングに現れた澪は、ソファに視線を移すと一瞬動きを止めた。

クッションから顔を上げた薫の瞳は濡れていたのだ。


「え……!?」

「み…澪…!?」


薫は素早く上体を起こすと手の項で、乱暴に涙を拭う。

見たこともない薫の姿に、動揺した澪は一、二歩後ろへと下がった。


「………………………な、なんだよ、人ん家にイキナリ!!しょーこりもなく、またやる気か!?」

「バ…バーカ!!あたしはただ、仲間に言われてあんたを呼びに……だから…その…」

『声、裏返ッテルゾ?』


澪の額から、全身から、とめどなく汗が流れ始める。
じわじわと澪の顔が赤くなっていく。

パンツ姿の薫を見たり見なかったりと、視線を彷徨わせている。
泣いている姿を見てしまったり、薫がパンツの上に何も履いていない姿を見てしまった澪は激しく動揺していた。


「あー、もうっ!!いーから何か着なさいよっ!!」

『何ヲ照レテルンダオ前ハ。』


自らの能力で、ソファの背もたれに肘から先を部分的に瞬間移動させた澪は、そのままソファに置いてあったクッションを薫の顔に目掛けて投げつける。


「あたしは、あんたなんかの手を借りたかないんだけどさ、「黒い幽霊」相手にするのに必要だって──────」

「あんたたち、戦うの!?「黒い幽霊」と…!?(エスパーを兵器として使う闇の組織…!!)」

「あっ!シーッ!」

「むがっ!」

「静かにしなさいよ!花嫁が起きたらどーすんのよ!」


瞬間移動で薫の胸から手首を出現させた澪の手によって、口を塞がれる薫。

若干顔を青白くさせた澪が、なまえが眠っているだろう廊下の方向をチラチラと見る。
運良く起きなかったのか、廊下の先は静まり返っていた。


「ぷはっ!…なまえは連れて行かないの?」

「…あいつが来たいって言うなら、べ、別に連れてっても良いけど…(…あの女、なんか…嫌な感じなんだもん…)」


澪の手をなんとかずらした薫。薫の訝しげな問いかけに澪は顔をしかめた。


「いーから行くわよっ!」

「あ、ちょ…!」


澪は瞬きの間に瞬間移動して行った。

2020.04.27

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