女王の片鱗

『ソンナトコデ、何シテンダ?』

「やぁ、桃太郎。」


皆本宅マンションの屋上。
澪に連れられて現れた薫と、待機していたパンドラのメンバーたちが出会うのを見下ろしていたなまえ。

薫たちと一緒に屋上へ瞬間移動してきた桃太郎は、上空に浮かんでいるなまえに気付いて、近寄っていく。


『寝テタンジャナイノカヨ。』

「あんなに騒いでて僕が起きないわけないじゃないか。(この間は、京介にしてやられたけど…。あれは…「黒い幽霊」のこともあるし、ザ・チルドレンの周りで京介が超能力を使える状況にしておくのは好手だったから。仕方なく…。気絶させられたけど…仕方なく…。そして、「今回の経験」も。必要なことだから。)」

『一人デ、ナニ百面相シテンダ。』


先日兵部に隙をつかれて、真木の攻撃を受けて気絶してしまったことをなまえは思い出して、眉間にシワをつくったり、緩めたりと普段よりも表情豊かなことを突っ込まれてしまう。
なまえは少しだけ恥ずかしそうに唇を尖れせると、深呼吸した。

屋上では、待ち受けていたパンドラのメンバーと薫が交戦を始めている。
元の相変わらず色の付いていない表情に戻ったなまえは、再び思考に沈んだ。


「(テレポートベースの空間変異の触手を使用する『カズラ』。念動力・火災発火能力をもつ『カガリ』。)…薫のこと舐めすぎだね。まあ怪我されても困るから…。」

『オ前ッテほんと素直ジャナイナー。』

「うるさいよ桃太郎。」


桃太郎と軽口を叩きながら、屋上へと降下していくなまえ。

なまえに一番最初に気づいたのは、さすがというべきかパンドラの幹部である加納紅葉だった。


「ふふ、やっぱり来たわね。花嫁。」

「なまえ!?」


屋上に降り立ったなまえを、薫と澪、カズラとカガリは驚きに包まれた表情で見つめている。

なまえは向けらたそれらの視線を気にせず、紅葉へと目線を向ける。


「……なに。君たちのところのボスが何か言ってた訳。」

「いいえ?あなたについて、前に聞いたことがあっただけよ。」

「…。」


トゲのあるなまえの言葉に、紅葉は軽く肩をあげるだけで表情を崩さない。

なまえの顔に少しだけ力が入る。
紅葉を見つめるなまえの目には少しだけ苛立ちが入っていた。


「協力してくれるんでしょう、花嫁(あなた)は。」

「…僕は何もしない。好きにしたら良いさ。」


さらに表情を険しくしたなまえは、紅葉から視線をそらした。

そんななまえの態度に、カズラとカガリの表情が一気に怒りで染まる。


「…っ、じゃあ邪魔すんなよ!?」

「そーよ!引っ込んでなさいよ!」


なまえはくるり、と体ごと方向をパンドラのメンバーを視界から外すと、腰に手を当てて薫へと顔を近づけた。


「薫、安静にしてないとダメなんだからね?超能力使いすぎたらダメだからね?」

「わ、わかってるけど…。」

「「無視すんなーっ!!」」

「まあ、私としては花嫁も来てくれるなら嬉しいし、構わないわ。」


にっこりと微笑んだ紅葉を、なまえはチラリと見て小さく息を吐いた。


「…そ。(万が一、万が一がある。だから、僕も行く。)」

「なまえ…?」

「まあ、僕は先に行くよ。あ、薫、気を付けないと…リミッターから皆本に通知が届くからね。」


なまえはいつものトーンで、薫に一言こぼすと瞬間移動していった。


「え…。!!」


─パラーラーリー♪ラリラリラ♪パラパラリ パラリラ〜♪


なまえの忠告に戸惑っていた薫だが、携帯に表示された着信の相手が忠告通りとなり、「げ…。」と呻いたのだった。















「さっすが女王。バベルにチクったりしなくて助かるわ。」


皆本からの追及の電話をなんとか躱し、移動してきたパンドラのメンバーと薫は人里離れた山奥に訪れていた。


「どーでもいいから、早く用を言え!「黒い幽霊」を相手にするってどういうことさ!?」

「あそこ、小型ジェットが見える?」


紅葉の視線の先には、山の上空を飛行する小型ジェット機がある。
通常の旅客機が200人程度乗れるのに対し、20人程度しか乗れない小型タイプだ。


「あれがナニ?」

「あそこに、奴らのエスパーが乗ってるのよ!」


紅葉はポケットから何かの通信装置を取り出すと、ボタンを押した。
瞬間、山の上空を飛んでいたジェット機の両翼が根元から折れる。


「!!!ちょっ……!!」


小型ジェット機から肩辺りで切りそろえられた金色の髪を靡かせながら、女の子が───黒い幽霊のエージェントが降りてくる。
鋭い眼光が、ヌメつけるように薫たちを睨んでいた。


「ほーらいた…♡しかもこっちに気付いてガンくれてる…!!」

「とりあえずフルボッコにするから、手伝いな!」

「いや、ちょっと待って!!なんてことを──────!!」


好戦的に笑う紅葉と、息巻いて手を鳴らす澪。
両翼を失い、煙を上げながら落ちていくジェット機を目を白黒させて見つめる薫。


「ひ、飛行機落とすか!?他の乗員と乗客は!?」


動揺する薫と対照的に、パンドラのメンバーは普段通り…むしろ、薫の態度に理解ができないとばかりの反応ばかりだった。


「予知でわかったのは、あれに目標が乗ってるってことだけ。」

「こーすればどいつが敵かわかるじゃん。」

「乗員乗客といったって、20人くらいよ。多少の犠牲ってやつ?」

「どーせみんな普通人だしね。」

「多少って……!!(こいつら……!!やっぱバベルとは全然違う…!!)」


当たり前だと思っていた考えが、全く通じない。その事実に、薫は愕然とする。
けれど、一瞬の間に拳を握り直した薫は、念動能力でパンドラのメンバーへと衝撃波をぶつける。


「「「「!!」」」」

「先にその人たちを助けろ!!」

「な…」

「でも「黒い幽霊」が────」


強く叫んだ薫に、食い下がるカズラとカガリ。


「あたしの言う通りにするんだ…!!でないと────あたしもあんたたちの敵だ…!!」


薫から放たれる抗いようがない圧力に、納得をしていない表情ながら黙る紅葉。

薫のその姿はまさしく──超能力者を守り導き束ねるという、女王、そのものだった。


「……」

「ほ…ほら〜〜〜!やっぱそう言うって言ったじゃん!!」


苦々しい表情でこぼす澪に、紅葉もどんどんと険しい表情をする。

暫し、薫を見つめた紅葉だったが、薫が全く譲らないことを理解して渋々とうなずく。


「わ…わかったわよ!」

2021.08.04

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