私たちの翼

ジェット機から脱出した黒い幽霊のエージェントは、静かに地面へと着地すると懐から携帯を取り出した。


『私だ。日本にやった「パティ・クルー」だね?どうした?』


電話口から、低く落ち着いた妙齢の男性の声が発される。
その声の主こそ、黒い幽霊のリーダーである。


「乗っていた航空機が爆破されました。私を狙ったと思われます。複数のエスパーに追尾されているようです。指示を。」

『やり方が穏やかでないね。となると相手は「パンドラ」か。』

「私の任務は東京への潜伏、「ザ・チルドレン」監視の支援でしたが…。」

『この際だ、そこにいる連中は皆殺しにしなさい。パンドラは邪魔な存在だ。』

「はい、「黒い幽霊」。」


電話するパティの背後、近くの木陰に潜んでいたなまえは、落下していくジェット機を見上げ、視線を下ろすとパティを静かに見つめた。


「(乗客数十名の瞬間移動だ。僕は葵じゃないし、カガリを除けばパンドラのメンバーは瞬間移動能力ベースの複合能力者。だから、大丈夫…たぶん。問題はそっちよりも…)」


通話が終了し、携帯を閉じたパティは木影に隠れているなまえの方を正確に見た。

暗闇の中、パティの鋭い両眼だけが浮かんでいるようだった。


「…見ているわね。」

「…今日は、僕の出番じゃないんだけどなー。(こっちの方が厄介だ。…時間稼ぎでもできれば、ラッキーかな。)」


木陰から現れるなまえ。
小さくため息をつきながら現れたなまえは、この事態を心底不本意です、といった表情だ。


「お前、花嫁か。」

「どーも。」


黒い幽霊の少女の瞳が怪しく光る。
開かれたパティの口からは、先ほどの声とは別な声が発された。

パティとはまた違う、少女の声だった。


『フフ…、こんにちは、私の愛しいお人形さん?』

「…なに。その悪趣味なあだ名。」

『…またすぐに、お人形にしてあげる。』


あからさまに顔を顰めたなまえに、パティは───パティを操っている黒い幽霊は、うっそりと微笑んだ。

なまえは静かに目を閉じて、ゆっくりと開ける。
その目には強い決意が滲んでいた。


「…君たちの思い通りになるなんて、ごめんだ。僕は──決めたんだ。」

『そう。でも…あなたは何も変わっていない。忘れたいものを、人の気づかれないような深いところに抑えているだけ。』

「…。」

『すぐに、思い出させてあげる。』


パティは、何度か深呼吸をすると自らの体を細かい粒子へと変化させていく。
なまえも、対処しやすいよう僅かに身構えた。

どちらも動かずに、夜風で木々が揺れる音のみが響く。


「…!!」

「!これは、カズラの…、」


睨み合う状況を切り裂いたのは、カズラの瞬間移動ベースの空間変異によってつくられる触手だった。

パティは、背後より伸ばされたそれを回避すると上空を見上げた。


「やっと来たか、パンドラ!」

「そーだ、あたしたちはパンド────むぎゅっ!?」

「パンドラWITH、謎の美女、見参ッ!!」

『美女?』


大きな声で名乗りをあげた澪の口を薫が慌てて塞ぐ。

変装のつもりか、薫は腰に届くくらいのウィッグと、紅葉が着けていたはずのサングラスを掛けていた。
自らを「謎の美女」と称した薫の姿を見てなまえは脱力する。


「…あれで誤魔化したつもりかね。」


緊迫していたはずの場に緩んだ空気が流れる。
薫はなまえの視線も桃太郎のツッコミも意に貸さず、パティへと決意を言い放った。


「あたしたちが、力ずくでお前を解放してやるッ!!」

『アッ、するーシタ!!』

「お前たち──「パンドラ」のメンバーか…!!」

「その通り!!あたしたちはパンぶりゅーーーにゅーーー!?」

「あ、あたしはちょっとちがう!!仲間じゃないよ!?」


再び薫に口を塞がれる澪と、慌てて否定する薫。


「ないけど、じゃー誰かってゆーと、それは実在の人物・団体とは関係ないってゆーか…。」

「うるさい、だまれバカ。んなことどーでもいいのよ!!」

否定したが良いが、何を言うか決めてなかったせいか、薫はしどろもどろに説明を始めた。

澪に罵倒され「お前が言うな!!他の誰かが言うならともかくお前がバカとか言うな!!」「バカなんだからしょーがないしょー!!」と2人のなじり合いは続く。


「そこっ!!アタマ弱そーなケンカすんな!!」

『ウワー、ばかダコイツラ。』

「…。(僕、何しにきたんだっけ。)」


カガリとカズラは呆然とし、年長者の紅葉がツッコミ、桃太郎となまえは白けた目で2人を見つめるのだった。

しばらく静観していたパティだったが、たどり着いた結論は誰もがたどり着くであろう当たり前の意見だった。


「……。…なんだ、お前らバカなのか。」

「「なんだとこの野郎ーーーっ!!」」

「(返す言葉もない…。)」


パティの言葉に薫と澪が怒鳴り返す。
なまえは片手で顔を覆った。


「バカの5人や10人すぐに片づけてあげる。おいで。「黒い幽霊」の許可は出てるわ。」

「そいつらに捕まって、いいように使われてんだよお前は!!」

「目ェ覚ましてやる!!まずはボコボコにしてやんよ!!」


パティへと訴える薫と噛みつく勢いで吠える澪。

カガリとカズラは、周囲を覆っている白いモヤに首を傾げていた。


「なに、この煙…?」

「煙と言うよりホコリか……?」

「っ!ま!!!」

「まとめて燃やしてやるぜ!!」


気づいたら周りにあったソレを燃やそうと、カガリは手のひらで発火能力を発動させようとする。


「!!」

「カガリ!!」


カガリを静止しようと声を上げるなまえだったが、それより早くカガリが能力を発動。

瞬間、カガリは自身の発火能力で起きた爆発に被爆し、黒焦げになってしまった。


「あーぁ。全くもう…」

「「粉塵爆発」だわ!こいつ、体から出した粒子で私たちを囲んでる…!!触って、こっちの手の内も読み取ってるわよ!?」


あっという間にパティの術中にハマってしまった紅葉たちへとため息を隠せないなまえ。

カガリがやられて頭に血が上ったカズラが攻撃に転じようと、触手を伸ばす。


「こいつーーー!!」

「!!」

「次は───お前でいいのね?」


カズラの周囲に漂っていた白いモヤが、集まり人の姿──パティの姿を形成する。
上半身と手首だけ現したパティは、カズラの手首を掴む。


「体そのものを粒子に変える合成能力者…。」

「物理攻撃は効かない相手だわ!どう対抗する、女王!?」


黒焦げになったカガリを抱えながら、薫へと声を荒げる紅葉。

驚きの発言にギョッと目を開いた薫は、渾身のツッコミを即座に返した。


「ちょっと待って!あたしに今聞くの!?作戦とか立ててから呼ばない、フツー!?」

「「ぶっつけ本番」「思いたったら犯行」がパンドラのモットよー!あたしたち健康優良不良エスパーだもん!」

「いきあたりばったりのチンピラじゃねーか!!」

「先制攻撃できれば、相手の能力なんかカンケーなかったのよ!」

「(…適当さがものすっごく京介っぽい…。いや、もとを辿れば京介というより不二子お姉さまなんだけど…。)」


頭上で行われる紅葉と薫のやり取りに、彼らに影響を与えたボスと、そのボスに悪影響を与えた自由奔放な義姉を思い浮かべてしまったなまえ。

紅葉はため息をつくと、指示を出しながら、一同を瞬間移動させた。


「しょーがない、澪、桃太郎はガード!散開!!」


一斉に瞬間移動でパティの包囲網から抜け出す一同。


「!!逃すかよ……!!」

「も〜〜〜。仕方ないな〜〜〜。」


薫と澪の方向へと向かっていくパティを見て、なまえは肩を落とすとパティへと向かう。


「なまえ!」

「あんたはこっち!!」


澪に引っ張られて移動していく薫。

パティと対峙するなまえの前に桃太郎が躍り出る。


『こいつニ近クンジャネェ!』

「っ!桃太郎!?君の能力とは相性が…!」

『クラエ…!!えあみさいる!!』


桃太郎が放った空気砲が、パティの一部の粒子を吹き飛ばす。


「!!このチビ!!」


目を吊り上げたパティの粒子が桃太郎へ襲いかかる。
パティの粒子が桃太郎の体内へと侵入していく。


『キッ!?息ガ……息ガデキナイ!?苦シイ………!?』


キィキィと鳴き声をあげて苦しむ桃太郎を、薫が振り返る。

今にも澪の腕を振り払って、戻ってきそうな薫を見たなまえはため息を吐く。


「桃太郎っ!!」

「もうっ!」

『冬眠もーど!!』


体を丸めて煙から身を守る桃太郎。

なまえは念動力で風の壁を作り出しながら手を伸ばし、地面に転がった桃太郎を瞬間移動で手元に引き寄せる。


「はい回収。」

「チッ!」


パティは、薫と澪が視界の外へと瞬間移動していったのを確認すると、少しだけ顔をしかめた。


「ほら、一息つく暇なんてないよ?」

「……すぅハーすぅぅぅう」


カズラの攻撃を体を粒子化させて避けるパティ。

果敢に挑んでいくカズラを援護するように、圧縮した風を放つなまえ。
先ほどの桃太郎のように、体を粒子化させて窒息させようとタイミングを伺うパティだがなまえの牽制によって距離を取らざるを得ないようだ。

戦闘中だということを忘れるようなのんびりとした声で、なまえはカズラに話しかける。


「薫はさ、戻ってくるよ。」

「なに言って…!」

「だって、そういう子だもん。(与えられた愛にちゃんと気づけて、気づいて何もしないでいるような子じゃないから…)」


緩く笑うなまえは、パティの粒子に当たらないように風を纏わせながら距離を詰めようとする。

カズラも粒子から距離を取るために地面から高く跳び上がる。


「このッ!」

「バカのクセにしぶといのね………!」


簡単に片付かないこの状況に、パティは苛立ちを感じているようだ。
距離を詰めようとパティがカズラに向かう。

ビーッと、カズラが手首に着けていたリミッターが音を立てる。

周りに突風が巻き起こり、パティが動きを止めた。


「 !!…く…来たか!!」

「みんなこっちへ!!」


パティの上空、寄り添うように立つ薫と澪の姿。
薫はパティを足止めしようと念動力を発動させながら、声を張り上げる。


「風だけじゃそう長くはあいつの動きを封じられない!なまえが抑えてくれている今のうちに…!ブーストするなら今しかない!!」

「女王!!」

「フフ…!了解っ!」


カズラとカガリを連れて、薫の元へと瞬間移動していく紅葉。
その口元は僅かだが、嬉しそうに緩んでいる。

なまえはまた一息つくと、パティを見据えた。


「僕、なんにもしてないけど…。ま、期待には応えるしかない、よ、ねっ!」


なまえの右手に、炎が点る。
炎によって、なまえの顔がうっすらと照らされる。


「火炎重爆特攻・「屠龍(とりゅう)」。」


伸ばされたなまえの右手から炎が勢いよく吹き出した。
炎は周囲の森林を燃やさないように、小さく圧縮、丸られてパティへと向かっていく。

炎はパティの近くで粒子に当たり、小さな爆発を起こす。


「っ!!」


パティの顔から、たらりと汗が流れた。
青褪めた顔からは先ほどまでの余裕は一切感じられない。

なまえはゆっくりと口角を上げた。


「パティはさ、「燃やされる」とキツいんだよね?僕、知ってるよ。」

「……ッ、」

「ふふふ、火の粉がちょっと心配だけど…。そこまでもつかな?」


うっそりと笑うなまえの表情に気圧されるように、パティは無意識に数歩下がる。


「ブーストモード…オン!」


なまえとパティの頭上では、薫の周りに紅葉たちが集まり薫の掛け声とともに光が辺りを照らした。

薫の背後から、真っ直ぐと光の両翼が広がる。


「「「「!!」」」」

「なに………!?奴らも使えるのか!?」


光を放つ薫たちを見上げるパティ。


「うわ………なにコレ…!?」

「こんなにキツいものなの………!?力が吸われる────!!」


薫に触れてブーストに参加しているカズラと紅葉は、苦しさのあまり声をこぼす。
カガリと澪も声には出さないが、苦しげな表情を浮かべている。


「(羽の輝きが、「チルドレン」でブーストした時よりも弱い…。)」

「(ダメだ……!!力が足りない──!やっぱ紫穂と葵じゃないと──)」


羽を見て、少しだけ険しい表情をするなまえ。

薫もなまえと同じようなことを感じているようだ。


「行けっ!!薫!!」

「念動ぅぅぅーーーーーー強制解放!!」


澪の一声とともに、薫達からパティへと光が一閃に走る。

光に包まれたパティは、体を硬直させた。

2021.08.04

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