開幕
「「無駄な過去なんてない」…か、」
皆本のマンションの屋上でなまえは一人、膝を抱えていた。
ぼんやりと見下ろした先にはタクシーから降りてくる皆本がいる。
目撃者の記憶を消すことができるエスパーが主犯と思われる連続組織強盗犯の捜査のため、警察と一緒に証拠を洗っていたのだった。
「…皆本はどっちを選ぶのかな。やっぱり、今回も予知通りなのかな。」
支払いを終えて佇む皆本の背後から、フードを被った男が近づく。
男が皆本にぶつかってすぐ、皆本は側面から地面に倒れ伏した。
一連の流れをただ眺めていたなまえはゆっくりと立ち上がる。
「僕にはわからない…。だから僕は、僕の大切な人のために生きるんだ。」
すっぽりと感情を落としてしまったような顔をしたなまえは、皆本をバベル本部へと運ぶために瞬間移動をした。
「賢木クンに連絡してきたヨ。…なまえクンが薫クン達と別任務の日で助かった。」
バベル本部の医療室。
護衛の特殊部隊の隊員を引き連れて、桐壺が部屋に入ってくる。
部屋の奥、カーテンで仕切られたスペースに置かれた処置台の上には、皆本が静かに横たわっていた。
自宅マンション前で倒れていたところをなまえに発見されて本部に運び込まれたのだ。
「僕じゃ、とりあえずの診察できないけどね。」
現在バベルの本部内に、高超度の精神感応系超能力者はなまえのみ。
バベルの医療担当者が診察した後、皆本の代わりに柏木とチルドレンの様子を見に行った賢木の代わりに、なまえが透視することになったのだった。
「それでどうかネ、皆本クンの様子は──。」
「やっぱり、今までの被害者と同じく……記憶がなくなっているね。」
神妙な顔で尋ねる桐壺に、なまえはいつもと変わらぬ無表情で答えた。
「ではやはり、賢木クンが来たら───!!」
「ッ!!」
突如、室内に強風が吹き荒れ、人や室内に設置されている医療機器をなぎ倒していく。
医療室の奥、辛うじて念動能力でガードしたなまえと皆本のいる処置台だけが、影響を受けずにいた。
そして室内に瞬間移動してきた侵入者──兵部は、ニヤリと笑った。
「……おもしろいことになってるじゃないか。つくづくマヌケな奴らだ。」
「うぐぐ……!!」
侵入者に立ち向かう特殊部隊の隊員たちだが、片手をポケットに入れたまま余裕な様子の兵部の念動能力で簡単になぎ払われる。
桐壺も兵部へと襲いかかるが、すぐに壁に押さえつけられてしまう。
「兵部京介!!貴様……何しに───やはり事件にはパンドラがからんでいたのか!?」
「いやいや、監視から報告があったんでお見舞いに来ただけだよ。」
「(からかいに来た、の間違いでしょうに。)」
室内にいた護衛たちを気絶させた兵部が、部屋の奥へと足を進める。
いつものように不敵に笑う兵部に、なまえは目を細めて兵部を見据えた。
皆本を背に庇いながら、兵部となまえが対峙する。
「人間の記憶を消す方法はいろいろあるが……君たちが追っている「記憶強盗」は変わり種でね。僕も興味を持ってるんだよ。」
「……。」
にっこりと作り笑顔を浮かべる兵部。
なまえはただじっと静かに兵部を見つめ返す。
「ちょっと透視るだけさ。どいてくれないかな?」
「…嫌って言ったら?」
「桃太郎。」
兵部の一言でなまえの背後に桃太郎が現れる。
なまえの注意が兵部に向いている間に、兵部によって瞬間移動させられていたのだ。
『オウヨ!』
「しまっ!」
『クラエ!』
桃太郎は手に持っていた猫じゃらしでなまえの首筋をくすぐった。
「ひゃっぁ、や、やめ、ももたろ、ぅ」
『大人シクシヤガレーっ!』
「も、や…やめ…!」
首筋がとても弱いなまえは耐えきれず、膝から崩れ落ちて床に倒れた。
顔を真っ赤にさせて悶えるなまえだが、桃太郎は容赦せず猫じゃらしを動かし続けている。
「ずる、いよ…!きょうすけ…!ぅ、ひゃ!!」
「なんとでも。…フン!」
倒れたなまえを通り越した兵部は、皆本の頭部へと手を伸ばした。
皆本を透視した兵部は一息つく。
「(なるほど…ね。たしかに死ぬことはなさそうだ。けど────)!」
「ひょおおおぶ、京介ぇぇーーーーーーーっ!!」
「ふじこちゃん…。」
バキバキと医療室の壁にヒビが入った瞬間、念動力により壁をぶっ飛ばした不二子が乱入してくる。
目を釣り上げて、怒気をまとった不二子に引いた様子の兵部となまえ。
「人の庭にノコノコと───いい度胸じゃない!!」
「落ち着けよ不二子さん。あわてたんでメイクが荒いぜ。」
「えっウソ、マジ!?」
今にも攻撃を仕掛けようと肩を怒らせる不二子に、兵部はクスクスと笑い声をあげる。
嘲りの言葉を真にうけた不二子は、すかさずポケットからコンパクトミラーを取り出して自分の顔を確認するのだった。
「それに、もう帰るところさ。来な桃太郎!」
『ナンダ?』
「あだっ!」
余裕そうな表情をした兵部は手のひらを上にかざす。
桃太郎は力尽き地面に倒れていたなまえの頭を蹴り、大人しくその掌に飛び乗った。
『キ!!』
「クックックッ…………!」
「…。」
兵部に何かされたのか、掌に乗った途端に目を見開き、固まった桃太郎。
なまえは兵部の狙いに検討がついているのか、静かに様子を伺っている。
兵部は掌をひっくり返して、桃太郎を皆本の顔の上に落とした。
雑に落とされても、桃太郎は身動きもしない。
「皆本クンに何を────!!」
「治療だよ。バベルには彼を治せないが、僕には可能だ。連れていくと女王が起こるから桃太郎を置いていく。いじめるなよ。」
「あッ、こら………!!」
不二子が兵部を拘束しようとするが、その前に瞬間移動で立ち去ってしまう。不二子は悔しそうに地団駄を踏んだ。
兵部が消えるのと入れ替わるように、荒れ果てた医療室へと葵の瞬間移動によって賢木、薫、柏木、紫穂があらわれる。
「皆本はん!?」
「な…なんだ!?部屋がめちゃくちゃに────」
「ばーちゃん!?」
「局長!?何があったんです!?」
「皆本さんは無事!?」
各々が状況を確認しようと口にした言葉に、不二子は額に指を当てて言葉を詰まらせた。
「え…えーと、何から話せば……。」
「みな…あれ!?桃太郎…!?」
皆本に駆け寄るチルドレンの三人と賢木は、皆本の顔の上でぼーっと座っている桃太郎を発見する。
兵部によって壁に貼り付けられていた桐壺に駆け寄ろうとした柏木は、床に倒れ伏しているなまえに気づく。
他のメンバーは、皆本に視線を取られていてなまえに気づかなかったようだ。
「なまえちゃん?どうして床に…?大丈夫?」
「…えーっと、そこにいる齧歯類のせい…。」
なまえが床に倒れたまま、皆本の顔の上にいる桃太郎に向かう。
その場にいる全員の視線が、どこか様子がおかしい桃太郎に集中した。
背中につけられているランプが点滅している以外は、目の焦点が定まっておらず身動ぎもしない。
皆本の様子を透視ようとしていた賢木と紫穂が、桃太郎へと触れた。
「このコ……!」
「ああ……!テレパシーを接続して、記憶の修復を……?」
接触感応能力で桃太郎を透視た賢木と紫穂の考察に、すかさず薫と葵が反応する。
「京介が来たの!?」
「皆本はんの記憶、戻るんか!?」
「不二子にもまだ事情がよくわかんないけど…兵部は親切で何かする奴じゃないはずよ。何か理由が……。」
期待と驚愕で目を見開く2人。
だが不二子は兵部をよく知っているために、状況を好意的に受け止められないようで慎重な様子を崩さなかった。
奇妙な空気に包まれた部屋に「う………ん?」と微かな声が響く。
皆本が目を覚ましたのだ。皆本は顔面に乗っていた桃太郎を鷲掴み、退けるとゆっくりと上体を起こした。
「皆本はん!!」
「こ…ここは……?」」
「気がついた……!?」
処置台で起き上がった皆本に、全員が駆け寄る。
混乱と深刻な雰囲気に包まれていた室内が一気に明るくなった。
「!?あなたたち誰?僕…さっきまで学校にいたのに────」
皆本の姿が戸惑いの声をあげて周囲を見渡す。
皆本から発された言葉に、同じく戸惑う一同。
一同がかける言葉に迷っている間に──皆本はみるみると薫たちと同じ小学生くらいの姿に変化してしまった。
「なんでこんなところに?」
「んな……………!!」
「皆本はん!?」
なまえ以外の一同は、信じがたいものを見たとギョッとする。そして衝撃でしばらく皆本から目が離せないのだった。