流れるは悲しみ
「…まず記憶の方ですが、やはり同じ手口です。記憶野の一部が他と切り離されてアクセス不可能になってる。」
「元に戻すには犯人の能力を詳しく分析して、解析した念波を反転して流し込む必要があるってこと。」
兵部の襲撃から時を置いて、バベル本部内の会議室。
スクリーンに映し出されるカルテを背景に、賢木となまえによって皆本の診断が告げられる。
「要するに私たちじゃ犯人を捕まえないとムリってことか。あのモモンガはそれをやってるわけ?」
不二子の苦々しさを滲ませた声。
なまえは椅子の背もたれに体をあずけただらけきった状態で小さく頷く。
「桃太郎はテレパシーで皆本に接続。京介の仕組んだ催眠プログラムに従って、治療してる。コンピュータのワクチンや修復プログラムみたいな感じ。」
「紫穂ちゃんもなまえちゃんも、俺もこれで元に戻る可能性はあるということで一致しています。当面モモンガには手を出さず、皆本のそばに置いておくのが得策かと。中断させると完全に記憶が壊れるかも……。」
冷静に状況を説明する賢木の言葉に、桐壺は感情あらわに叫ぶ。
「くそっ……!!完全に少佐ペースじゃん!?」
「外見が子供になったのは…?」
「兵部の奴、テレパシーの一部を放出するようにしたのよ。視覚情報を発信して幻を見せてる。あいつ、こういうサディスティックでガキっぽいマネが大好きなのよね!!誰に似たんだか────」
「(そんなの不二子ちゃんしかいないでしょ。)」
柏木の疑問へと呆れた様子で答える不二子。
心当たりがないとばかりの不二子の様子になまえは目を薄くした。なまえには兵部と不二子が姉弟だった時の様子が記憶にあるので。
柏木は、皆本が兵部に催眠能力でザ・チルドレンが大人に見えるようになった騒動を脳裏に浮かべ、ため息をついた。
「前にもこんなことありましたね。」
「皆本は過去10年ほどの記憶が消えています。催眠のおかげで精神と外見が一致してるんです。その方が精神は安定するので、記憶修復は早いと思います。」
「バベルで犯人を逮捕するまでは、このまま様子を見たほうが良いと思うけどね。京介に頼るのは勘に触るとしても。」
室内に重々しい空気が漂う。
なまえはその空気を破るように、いつもの調子で柏木と賢木を見上げた。
「皆本たちだけど…このままだと勝手に出てっちゃうだろうから、柏木さんと賢木せんせーで様子見てくれば?」
「そうね。」
「ついでに皆本のやつの着替えも持ってくか…。」
「捜査に関しては出来ることないし、僕は遠くから4人のこと見てるよ。」
なまえの言葉に柏木が首を傾げる。
「「遠くから」?」
「子供どーしの方が良いでしょ。」
「いや、お前も子供だろ。」
すかさず突っ込む賢木に、なまえは肩をすくめた。
「皆本はそう思わないかもしれないじゃん。」
小さくこぼすように落とされたなまえの言葉。
組んだ腕に顔を伏せてしまったなまえを、不二子は訝しげに振り返った。
「なまえ?」
「なんでもないよ。僕、先に本部から出てるから。」
なまえはいつも通りの様子を繕うと、椅子から立ち上がり部屋から瞬間移動していった。
残された面々は訝しげに顔をしかめていたが、すぐにまた犯人捜査の準備へと戻っていった。
バベルから少し離れた上空を薫、葵、紫穂と皆本の4人が薫の念動能力で飛んでいく。
なまえの予想通りバベル本部を出ようとしていた薫達は、柏木と賢木に許可をもらい街へと出ていた。
薫は興奮を抑えられない声で、皆本へ声をかける。
「リミッター解除するともっとスピード出るよっ!?」
「い…いや、十分だよ!!「非常時だけ」って言われてただろ!?」
小さくなっても変わらない皆本の言葉に、薫たちはどこかうれしそうに顔を緩めた。
「ちぇーっ、つまんねーー。子供になっても皆本がボスかよ──」
「しょーがないでしょ。皆本さんは皆本さんだもん。」
「なんせ天才少年で、ただの子供とちゃうもん。」
表情とは逆に憎まれ口を叩く3人だったが、葵の言葉に皆本は力強く否定の言葉を発した。
「そんなことないよ!!」
「!?」
一際大きな声を出した皆本に、3人は目を丸くして瞬かせた。
皆本は弱々しく、切なそうに続けて呟く。
「僕は…ただの子供だよ……………………。」
そんな4人の様子をビルの一角から兵部が見つめていた。
「その通りさ皆本クン。君はただの子供だよ。そうだろなまえ?」
「…。」
兵部は顔だけで背後を振り返った。
兵部と背中合わせで空を見上げていたなまえはぽつりと呟く。
その表情はいつも以上に凪いでいた。
「京介は、死ぬつもりなんだね。」
「…本気を出すだけさ。」
「本気…「生命エネルギーを全て使う」っていうのはそういうことだ。」
「…。」
兵部に背を向けたまま、肩越しに振り返るなまえ。
悲しげに笑い、肩を竦める兵部。
なまえはまた顔を正面に向けると、ゆっくりと言葉を続けた。
「…協力、してあげる。あの未来を変えたいのは、薫に幸せになって欲しいのは…僕も一緒だ。」
「…そうだね。」
兵部の柔らかさが滲んだ声に、なまえは思わず破顔した。
「実際ちょっとお願いしようと思ってたでしょ。」
「…。」
「いいよ、最初から…予知を視たときからそのつもりだったし。」
なまえは兵部の横に並び立つと、皆本たちが消えていった方向を眺める。
ふたりの間には普段にはない、穏やかな空気が流れていた。
「じゃあ、早速だけどランドセル買いに行ってもいいかい?」
「…いいけど。(一緒に買いに行くことは予知してなかったな。)」
“いい雰囲気”はあっという間に霧散し、なまえが肩を落とすのも仕方がなかったのだった。
夜。帰宅して夕飯と入浴を済ませたチルドレンたちと皆本は、一緒に入浴するかどうかで一悶着あった(皆本が一方的に揶揄われた)。
入浴は別に入り、平穏に寝れると思っていた皆本だったが…なぜかチルドレンの寝室のベットで一緒に寝ていた。
「でも寝るのは一緒な♡」
「まあ…そのくらいやったら…。」
「それもマズいだろう!!7歳すぎたらもうダメ!!」
「何がマズいってゆーの?紫穂わかんなーい♡」
ニヤニヤと笑う薫、恥じらいながらも満更ではなさそうな葵、力の限りツッコミをする皆本をくすくすと嘲笑う紫穂。
大人の皆本のツッコミになれているせいか、子供の皆本に怒鳴られてもチルドレンは余裕そうである。
しかし、皆本が反論する言葉を選んでいる少しの間に「ぐー」「かー」「すー」とチルドレンたちの健やかな寝息が聞こえ始めた。
「うっわ、もう寝てやがる。」
思わずげんなりと肩を落とした皆本は、一息つくと布団から抜け出す。
「やれやれ……。僕が使ってた部屋は…、!」
ベットを抜け出そうとした皆本は隣で眠っていたはずの薫に人差し指を引かれて立ち止まる。
起こしてしまったかと焦る皆本だったが、薫を振り返りそっと息を吐き出した。
「むにゃ……もっと……遊ぼうぜ───」
無防備に眠る薫は、いかにも幸せそうな顔で幸せそうに呟いた。
思わず笑った皆本は目覚めてからの驚きの今日一日を振り返った。
「…………(もし…このまま元に戻らなかったら、ここには僕の居場所があるんだろうか…。)」
皆本の胸に、切なさと少しの欲が生まれた瞬間であった。