存在しない同級生
誰もが寝静まった深夜、なまえは皆本宅のリビングに瞬間移動で現れる。
なまえはその手に抱えていた一つランドセルを、チルドレンたちの赤いランドセルの側に静かに下ろした。
新品の黒いランドセル、昼間に兵部と買ってきたものだ。
「…。」
なまえは暫くランドセルを眺めていたが、やがてリビングの奥、チルドレンと皆本たちが寝ている方に視線を向けて、またランドセルへと視線を戻した。
しばしの間。瞬間移動で兵部が現れる。だがなまえは少しも身じろぎしない。
兵部は横目でなまえを見て、ランドセルの前に膝をつくと、黒いランドセルへと手を伸ばした。
「これに予定通り、僕が女帝へのメッセージを残しておくよ。」
ぼんやりとなまえはうなずいた。
「で、明日はどうするんだい?」
「…」
「僕はとりあえず、女王たちの教室で様子を見る予定だけど。」
またコクリとひとつうなずいてなまえは沈黙した。
兵部は少しだけ躊躇するように口を開けては閉じ、少し口を開く。
「…迷ってるのかい?」
「ううん…そうじゃなくて、ただ…結構うまく、暗示が効くんだなって、思って…(自分でやっておいて、上手くいっていることを複雑に感じるなんて馬鹿みたい。)」
なまえはそうゆっくり話すとまた沈黙したが、すぐに小さく頭を一振りした。
「…ごめん、なんでもない。僕はこのまま様子を見てるよ。時間になったら屋上で待ち合わせしよう。」
「……。」
「(これでいいだ。みんなを救いたいのは僕の望みだ。だから、これも…僕の望みだ。)」
なまえはランドセルから視線を外し、顔をあげる。そこで初めて、兵部がなまえをじっと見つめていることに気づく。
なまえは兵部へと、努めて笑顔を作った。瞬間、兵部の顔に青筋が浮かんだ。
「…おい。」
「…い、いひゃい。」
なまえの片頬を摘み上げた兵部は肩を怒らせていた。
思わぬ怒気にたじろぐなまえは、とりあえず摘まれた頬の痛みを主張するが、なぜか瞬時に反対の頬も摘み上げられる。
「にゃ、にゃんれひょう、」
「(絶っっっ対なんか間違った方向に何かを決意してる。…けど、なまえも頑固だから今なにか言ったところで意見を変えるとは思えない…、思えないけど、)」
「ひょ、ひょうしゅへ?」
なまえの頬を摘み上げたまま、沈黙する兵部。前髪の奥に隠されたしまった表情を伺えず、なまえは困惑した。
「…僕は、そういう意味で言ったんじゃなかったんだけどな。」
「ひょへ?(ど、どれのことだろう…。)」
兵部の言葉を辛うじて拾ったなまえは目を瞬かせた。が、言葉の意図を汲みとれずにさらに困惑するのだった。
再び沈黙してしまった兵部。
「…ひゃ、ひゃの…ぴゃ!」
「時が来たら、僕が皆本クンを屋上に呼び出す。いいね?」
「うん、」
突然開放された両頬をおさえながら、頷くなまえ。
兵部はひとつ息を吐くと瞬間移動していった。
「な、なんだったんだ…。」
「ラ…ランドセルが4つ…!?」
「これ、皆本はんの分か!?」
「………!!」
朝日が差し込むリビング。
薫たちの赤いランドセルに寄り添うように黒のランドセルが一つ並んでいた。
「誰がいつの間に────!?」
「!!兵部少佐………!?」
紫穂がランドセルに触れて透視すると、兵部の残したメッセージが浮かび上がった。「坊やを頼むよ。楽しんでおいで。」と。
驚き、困惑する4人をよそに、リビングに設置されているインターホンが呼び鈴を鳴らす。
「明石さん三宮さん野上さんおはよーー!」
「皆本ーーーー、学校行こーぜーーーーー!!」
「え!?東野の奴、何を…!?」
「兵部少佐だわ!何かしたのよ………!」
スピーカーから聞こえたきたのは、東野とちさとの4人、知らないはずの皆本を呼ぶ声だ。
「(学校……!?)」
驚きと混乱するチルドレンと皆本であったが、皆本の胸には確かに期待の気持ちが生まれていた。
5-3の教室。
「皆本」と書かれた名札の入った机を前に皆本は呆然とたたずんだ。
「………!」
皆本はしゃがんだり立ったりしながら、色んな角度から机を触る。信じられないようで、真剣な表情で机を見ている。
「これ僕の席……?ちゃんとあるんだ……!?」
「だからそー言ってんじゃん!!お前らおっかしーぞ!?」
顔をしかめる東野と、不思議そうにチルドレンたちを見つめるちさと。
教室を見渡していた紫穂は、教室の後ろに設置された棚の上に桃太郎のゲージが置かれているのを発見する。
「桃太郎のゲージもあるわ。」
「皆本はんは「いきものがかり」……か。設定細かいなぁ。」
ゲージのそばには、当番係の札と担当の名札が並べれている。
葵はやや呆れた声を出しながら、皆本の名札を指差した。
「おはよう。」と教室に入ってきたクラスメイトたちが口々に桃太郎にも挨拶する姿を見て、チルドレンと皆本たちは事態を飲み込み始めた。
「関係者全員に少佐の催眠がかかってるみたいね。」
「どーゆーつもりだろ。」
「本部に連絡しよう!これ、どー考えても異常事態だもん!」
懐から柏木に預けられた携帯端末を取り出した皆本は、バベル本部へ連絡を取ろうと捜査するが頭上から伸びてきた手に端末を奪われてしまう。
「コラ!皆本クン!」
「!」
「学校でケータイは禁止!!ダ・メ・よ♡」
端末を取り上げた人物────マッスル大鎌は唇を尖らせる。
小学校に居たら確実に不審者通報されるはずのスタイル───ピチピチホットパンツと惜しげもなくさらけ出された肉体美を申し訳程度に覆っている袖のちぎられたジャケットとその他メタリックな装飾品───のいつも通り、不審者ルックだ。
「わああああーーー絵に描いたような不審者ッ!!」
「おま…………!!」
「逃げて皆本さんーーーーーッ!!」
違和感しか感じられないマッスルの姿に毛を逆立てて叫ぶチルドレンと皆本。
その勢いのまま、マッスルの金的へと机をぶん投げる薫。痛みもだえてうずくまるマッスル。と、騒ぎを起こした五人にちさとは目を白黒させた。
「ちょっと明石さんたち!!大鎌先生に何するの!?」
「せ……先生!?こいつが!?」
「先生のこと忘れたの!?」
「フィーバーそうよーーーーーー!!」
ちさとの発言に元気よく同意するマッスル。
と、そのとき教室のドアが開いて一人の女の子が入室してくる。
「おはようございます。…ですわ。みなさん。」
いい笑顔で挨拶をした澪。
どこからかハリセンを取り出すと、葵は高速で澪の後頭部を引っ叩いた。
「なにをしとんねんお前も!」
「ああっ、校内暴力!?いぢめ!?カッコ悪いですわよ!?」
「なんだその語尾は!?それでお前のバカが隠せるとでも!?」
普段とは異なる口調の澪を、薫は呆れた表情で見た。
「さ…さわぐんじゃないわよ!!他の生徒がどーなってもいいの!?今日一日は、あたしたパンドラがこの学校を仕切ってるのよ!変な動きをしたら全面戦争なんだから!」
「なんでこんなことを────!?」
マッスルを見上げる皆本だが、マッスルは肩を上げて軽く頭を振った。
「知らない、少佐の命令よ。」
「あと花嫁のや───ふがっ。」
「今日は学校でアンタのめんどう見ろってさ。」
何かを言いかけた澪の口をマッスルは塞ぐ。
皆本たちは訝しげにマッスルを見るが、続ける気はないようだ。
皆本は別な疑問をマッスルに投げかけることにした。
「他の子供も巻き込んでか!?」
「でないとフツーの学校にならないでしょ!!ジャマが入らないための人質をかねて…ね。大丈夫よ。別に何もしやしないわ。今ここはアンタのためにある学校なのよ。だから今日一日は安心して…ここにいていいの♡」
「────!」
得意げな表情で皆本の額を小突くマッスル。
先ほどまでは、パンドラへの疑念や柏木や賢木に預かった責任で固まっていた皆本の表情が少しだけ緩んでいく。
「どうする、皆本さん。」
「え。」
鋭くマッスルを見据える紫穂。
皆本は弾かれたように紫穂を見て、正面に視線を戻すとモゴモゴと口を動かした。
「……ぼ…僕…。つい昨日、学校をやめさせられたばっかりなんだ……。だから───少しなら──つ…つきあってやっても…。」
「やめさせられた……!?なんで!?」
「僕みたいな生徒は迷惑なんだってさ、特別教育プログラムに行けって…。」
薫に笑いかけると、皆本は視線を落とした。
「(僕は──なんでもっとうまくやらなかったんだろう。勉強なんかわざと間違えてればよかったんだ…!!そうしたら──他の子と同じでいられたのに───。)」
唇を軽く引き締めて、黙り込む皆本。
そんな皆本の横顔を見たチルドレンの脳裏に、三人を小学校に通わせようと努力してくれた大人の皆本の姿が浮かぶ。
素行の悪い薫にも諦めず努力して入学まで漕ぎ着けてくれたこと、初めて小学校に行って帰ってきたときに「楽しかったか?」と聞いてくれた皆本───。
三人の心は、何も言わずとも一つになった。
「よし……!了解や、つきあうで皆本はん!」
「うん…!私たちが今、学校にいるのは、皆本さんや局長たちのおかげだしね。」
「へへ…なんか嬉しいね!皆本と、同級生かあ…!!」
照れながらも皆本の腕を組む薫。
三人の胸には、穏やかな気持ちで満たされたのだった。