逃れることなどできないのか
静かな廊下に響くヒールの音。
「ナオミちゃん、」
「はい?」
ゆっくりと歩いていたナオミは後ろを振り返り、賢木を視界に捉える。
「どうかしました?賢木さん」
「いや、どこに行くのかと思ってさ。」
「・・・・お手洗いですよ?」
不思議そうに首をかしげるナオミ。
「あぁでも、ナオミちゃん―――――お手洗いはこっちの方じゃないぜ?」
「・・・・・賢木さんこそ――――――そんなに血の匂いを纏ってどこへ?」
眼光を鋭くする賢木。
にっこり笑って言うナオミ。
瞬間、ナオミに向けられる銃口。
「・・・・・おかしいと思ったんだ。誰も入れない、連絡もとれないような場所へ、ただのエスパーが来れるはずがなかった。俺がそう仕掛けたはずなのに。」
「・・・・・・・・・・・・」
「お前は「梅枝ナオミ」じゃない!お前は、誰だ!」
叫ぶ賢木をナオミは無言で見詰めている。
そして、ナオミには似つかない無表情がふわりと緩む。
「・・・・・その程度で僕を欺こうと?」
高い、少女の声だった。
ゆらゆらとナオミの姿がブレる。
「甘いよ。高超度予知能力者を侮るなんてね・・・・・。」
次の瞬間にその場に居たのは、ナオミではなく――――――なまえだった。
「血の花嫁・・・・・・!!なんでここに!?」
驚愕する賢木。
そんな賢木を気にも止めていないのか、どこかさみしそうな表情ななまえ。
「・・・京介は どこ、・・・・彼はこの件に関与していたはずだよ?」
確信を持ったなまえの問い。
賢木は悔しそうな表情をする。
「流石だね――――――なまえ。」
なまえの目が大きく見開かれる。
背後に現れた存在。
「京介、」
「あのボーヤを助けに行くつもりだったんだろうけど、そうはさせないよ。」
腰の辺りに回される手。
兵部はなまえを引き寄せる。
「きょぅ「だめ、記憶が戻ったならわかるだろう?」
「・・・・きょうすけ、」
「この世界が――――どれだけ嘘で溢れているか、」
きゅっと目を閉じて、手を握りしめるなまえ。
ただ名前を呼び続けるなまえ。
まるでそれしか言葉を知らない赤子のように。
「・・・・京介、」
「そして――――普通人が、どれだけ愚かしいか。」
「京介っ!」
耐え切れないとばかりになまえは叫ぶ。
「彼は―――皆本は――――彼らはッ!違う、違うんだッ!!」
「違う?何が違うんだい?」
はっと、嘲笑う兵部。
「あいつらは変わらない―――――僕らを裏切ったあいつらと。」
「ひぅッ!!」
兵部はそっとなまえの耳元に囁く。
びくっと肩を引き攣らせるなまえ。
その表情には色濃い恐怖が浮かんでいる。
「ぼ、僕は、僕は、」
「・・・・・別に君を虐めたいわけじゃない。」
がくがくと震え始めたなまえをそっと動かす兵部。
そして、正面から優しく抱きしめた。
「なまえ、何が大切か――――よく、考えるといい。」
それだけ言い残して、瞬間移動した兵部。
後に残されたなまえは、床にお尻をついてただ虚空を見つめていた。
いつまでも、いつの間にか姿を消した賢木に気付くこともなく。
「・・・・・・消えた。けど、一瞬だけどはっきり見えたわ。車で逃走中よ・・・!!」
壊れた人形の頭に触れ、透視する紫穂。
「やはりな・・・・そいつから逆探知できると思ったよ。銃を撃つ時その頭部を他の胴体につけていたからな。あの場で奴とのパイプが一番太い部品だったんだ。」
「今すぐ追っかけたら捕まえられるで!?」
「行こう!あの裏切り者この手でシメてやる!!」
怒鳴る薫と葵に皆本は冷静に言う。
「ダメだ!!賢木の救助を優先する!!葵のテレポートは病院への搬送に使う!」
「で・・・・・でも!!」
賢木を取り囲む皆本達。
紫穂は、賢木を透視ている。
『いや・・・・・お前のチームは九具津を追え!』
「賢木!?しかし―――――」
精神感応能力で伝わる賢木の声。
『力は弱いが俺には接触感応能力以外にもかくし芸があるのは知ってるな?』
「ああ。念力の変形した合成能力だろ?」
『俺は自分や他人の生命活動をある程度コントロールできる。なんとか生きてるのはそのおかげだ。出血を抑え生命維持に努めている。』
「だからってこれ以上はもう・・・」
必死に叫ぶ皆本。
『いや、今は動かした方がヤバい。弾丸が一発心臓の血管にめりこんでやがる。破れたらいくら俺でも即死だ。この場で応急処置をしてくれ。君ら三人が手伝ってくれれば可能だ。』
「!!私たちが・・・・・・・!?」
驚愕するナオミと、ダブルフェイスの二人。
『まぁなまえちゃんが居れば1番いいんだが―――――。本部との通信がダウンしてる以上、追跡できるのは「チルドレン」だけだ。九具津を捕まえてくれ。エスパーがエスパーを売っていた理由はなんだ?口封じに皆殺しにしようとまで・・・・・』
「・・・・・・!!」
『裏があるような気がしないか?』
賢木の問いに皆本は静かに目を見開いた。
「・・・・・見つけたわ!なまえちゃん、この建物にいる!」
「呼びかけてみるわ!」
奈津子が叫び、ほたるが静かに問い掛ける。
「(なまえちゃん・・・・・!賢木さんが・・!!なまえちゃん・・・!)」
『・・・・・ダブル・・・フェイス?』
暫くしてから、なまえの声が届く。
「(お願い、早くしないと賢木さんが・・・・・・!!)」
『知ってる、よ。・・・・・今行く。』
ギュッと手を握り懇願するほたるの前に、なまえは現れる。
「なまえちゃん・・・・!」
「元気、みたいだね。ナオミちゃん。」
力なく笑うなまえに、ナオミは心配そうな顔をするが、それもすぐに元に戻った。
なまえが賢木に治療し始めたからだ。
「・・・・・奈津子さん。透視能力で弾丸の位置を確認。」
「了解・・・・!」
賢木の胸に手を宛てて、目を閉じながら指示を出すなまえ。
「弾丸を確認したわ・・・・!!」
『「その視覚イメージをナオミちゃんに転送」してくれ!』
『合図をしたら二秒だけ心臓を止める。』
「僕が念力で、圧力をかけたままにする。」
『ナオミちゃんは、念動力で入ってきた穴から弾丸を摘出してくれ。』
「やってみます・・・・・!!」
緊張した表情のナオミ。
「『せーの!!』」
「!!」
うまく賢木から飛び出す弾丸。
『助かったぜ・・・・・!!エスパーが一致団結すれば、すげえことができるって見本だな。』
感心したような賢木の声に表情を暗くするなまえ。
しかし、誰一人としてそれに気付いてはいない。
「このまま病院に―――――「いい。僕が行く。ナオミちゃんは、ここでダブルフェイスと本部からの応援を待ってて。」
僕の瞬間移動のほうが早いよとなまえは賢木を念力で浮かべる。
「いいね、賢木先生。」
『あぁ。・・・・・・なぁなまえちゃん。』
建物から瞬間移動で離れ、病院に向かいながら賢木は言う。
「何・・?」
『エスパー側にも普通人との戦いを望む者がいるとしたら・・・・・・って考えたことあるか?』
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・さぁね。」
長い沈黙の後に、なまえから出た言葉は随分と少ないものだった。
「・・・・・無事に九具津の逮捕には成功した。だけど、なまえ。」
「・・・・・わかってる。単独で行動したことでしょ。」
賢木の病室。
窓から足を投げたし、皆本の方を見ようとしないなまえ。
「・・・・・記憶が戻ったって聞いた。」
「!」
びくッとなまえの肩がすくむ。
「・・・確かに、少しは・・・・・戻った、けど、」
「昔がなんだって言うんだい?・・・・なまえ、君は君なんだよ。」
皆本の声音は酷く優しい物だった。
「・・・・何度も言うように、僕は――――――――」
何かを言おうとして、そのまま黙り込んだなまえ。
ぷらぷらと放っていた足を畳み、顔を埋めてしまう。
「・・・皆本、」
「賢木。」
静かになった病室に居心地を悪くしたのか、なまえを気遣ってか―――皆本に声をかける賢木。
「今回はなまえちゃんが居て助かった部分も多い。例えば――――俺とかな。」
だから、そんなに責めてやるなよ。と目を閉じる賢木。
病室は再び静寂に包まれる。
「・・・・何も知らないくせに。知ったって、皆、僕のことを軽蔑するんだ、」
なまえの心を知る人は、ここには居なかった。
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(どんどん混乱していく)