一人背を向けた

「俺の助手だぁ?」

「そこまで言ってないけど。」



口をあんぐりと開ける賢木になまえは冷たく言い放つ。

診察台に腰掛けるなまえは、ぼんやりとしていてまるで意識がなかった。
壁に頭をあずけているため表情は伺えない。



「なんでまた・・・・なまえちゃんは「ザ・チルドレン」のメンバーだろ?」

「・・・・・元に、戻っただけだから」



感情を抑えたかのように抑圧のないなまえの声。頭を俯かせたまま微動だにしない。
賢木は問う。



「・・・・それで納得できるのか?」

「仕方ないよ、」



仕方ない、と小さな声で繰り返すなまえ。

寂しいだろうけど、嫌だろうけどそれでも仕方ないと言うなまえ。



「・・・僕より辛いのは皆本だと思うよ。」

「皆本がどうかしたのか?」

「不二子ちゃんは皆本を試すよ。本当に彼に、未来を変えるだけの力量があるのかどうか。」

「未来・・・・・?」



無機質ななまえに気圧される賢木。

ごくり、と賢木の喉が鳴った。



「それってどういう・・・・・」

「なぁ、皆本って研究員覚えてるか?」

「あー、あの天才だろ。んで、今は超度7の主任やってるんじゃなかったか?」

「あぁ。だけど昨日、開発部に戻ってきたのを見たやつがいるらしくてさ・・・。」



廊下から聞こえてきた研究者の会話。

賢木は思わず部屋を飛び出して、声を荒げた。



「その話、詳しく聞かせてくれ!!」





























「皆本!?お前、こっちに戻ったんだって!?いったい何が―――――――」



開発研究室の扉を勢いよく開け、飛び込んだ賢木。

不安の表情を浮かべていた賢木だが、研究室のデスクに座る皆本を視界に入れると目を丸くした。



「おい、皆本!?」



机にだらし無く俯せになる皆本。

ほとんど見ない友人の姿に、賢木は戸惑いを隠せないようだった。
皆本を気遣い、優しい声音で話しかける賢木。



「な・・・・何かヘマでもしたのか!?」

「そうだ、賢木・・・!!バベルの支給品じゃないケータイ、持ってるよな!?」



バッと起き上がり椅子から立ち上がり、賢木の胸倉を掴み詰め寄る皆本。

かなり切羽詰まっているようだ。



「あ、あるけど・・・」

「頼む貸してくれ!!」



賢木がポケットから取り出しケータイを奪い取ると、慣れた手つきで番号を押す皆本。

電話からは流暢な女性の声が流れてくる。


『こちらは内務省です。おかけになった番号は、通話が規制されています。国家機密防衛法に基づき、この電話は自動的に消滅します。』



皆本は女性のアナウンスが終わると、携帯を耳から離す。
その数秒後、半分から壊れる携帯。

突然の爆発に驚くことなく、皆本は悔しそうに顔を歪めた。



「くそっ!!これもダメか・・・!!」

「おい、コラ!!女の子のアドレスが入ってたのに・・・!?」



皆本は、地面に落ちて煙を上げ続ける携帯を見ている。

賢木が軽く怒るが皆本はそれどころではないらしい。



「「チルドレン」と連絡がとれないんだ!!奴ら、僕と隔離する気だ!」



その視線の先には煙を上げる携帯や電話がある。
何度も電話をかけようと、必死だったようだ。

ぎりっと皆本は口元を噛み締めた。



「・・・しかし、お前異動になったんだろ?向こうは超度7のエスパーだ。内務省ならこれくらいはやるぜ?」

「・・・知ってるさ。それも僕の仕事の一部だったんだからな・・・!!でも、だからこそ納得いかない!!こんなやり方が許せるか!?あの女がどんなに偉いか知らないが、僕もあの子たちも国の所有物じゃない!!命令ひとつで個人的なつながりまで・・・切られてたまるか!!」



厳しい目付きで賢木に訴える皆本。
その瞳には、強い意志が込められていた。
皆本のザ・チルドレンへの思いはそれだけ強いことが伺える。



「皆本・・・詳しい事情はともかく・・・お前、監視されてるぞ!?あんまり刺激するようなことはするな!」

「う・・・!!なんでここまで・・・!!」



室内には、特殊光学迷彩服をまとった人が5人ほどいた。

顔を青くする皆本に賢木も苦笑いだ。



「さーな、上も本気ってことだと思うが・・・・・これ以上逆らうとクビじゃすまないってか?逮捕・監禁・・・・・まさか射殺の許可までは・・・出てないよね?」



賢木は部屋のあちこちで監視をしている内の一人にペンを差し出す。

監視はペンを手に取ると、短く一言だけ書いた。



『出てます』

「・・・・・・・・」



皆本の顔が引き攣った。

雰囲気を軽くしようと賢木は口を開く。
若干ひっくり返った声で。



「ま・・・まー、給料もらってんだし、ここはおとなしく・・・・・・・」

「そっそぉだな!?連絡はあとでもいいんだ!まずは戻ったこと室長に報告しなきゃ・・・な・・・?」



ふと頭に浮かんだイメージに皆本は口を閉じた。

海の上に一隻の船がうかんでいるイメージ。



「?どうした?」

「いや――――今、何か・・・」

『皆本―――――!!助けて・・・・!!』

「!!このイメージ―――――!!」



皆本の肩に手を置いた賢木は透視したイメージに目を開いた。



「僕の幻覚や妄想じゃ・・・ないな?」

「あいつらテレパスじゃなくても、あれだけのパワーだ。「虫の知らせ」くらい送ってきても不思議はねーぜ。」

「(何かあったのか!?やはり今すぐ行ってやらないと・・・!!)」



接触感応能力者である賢木の分析に皆本は考え込む。



「・・・・・・・・・・賢木・・・・!!手伝ってくれ!!」



小さく賢木に伝えた声は皆本の決意に満ち溢れていた。































「行くんだね、皆本。」

「なまえ!?薫たちと一緒じゃなかったのか!?」



廊下の角から静かに姿を現したなまえに驚く皆本。

なまえは行く先を阻むように立ち、無表情を皆本の一言によって不機嫌そうな物に変える。



「・・・・・そこにいるぼんくら。」

「あ、言い忘れてたー。」



ギロリとなまえに睨まれた賢木は可愛らしく(多分)とぼける。

そんな賢木に疲れたのか、怠そうに口を開くなまえ。



「・・・・・医療研究課に配属されたんだよ。僕は治癒能力があるから。」

「だからってそんな、」

「行きなよ、皆本。君が決断したのなら、だれも止めやしないよ。」



ゆっくりと廊下の先を指すなまえ。

その表情はまるで研ぎ澄まされた刀で。

皆本はなまえの言葉がこの先を暗示しているように思った。



「君は自分の思うように進めばいい。例え、それが険しくてもね、」

「なまえ、」

「安心しなよ。薫たちは死んじゃいない。早く行ってあげな。」

「君は――――――!?」



皆本たちに背を向けたなまえ。

おそらく、なまえを誘うはずだった皆本の言葉は彼女の瞬間移動能力によって遮られる。



「僕は、関わっちゃいけない。」


























「・・・・・・見えた!!あれだ!!着陸して降ろしてくれ!!」

「おかしいな、簡単すぎる。誰も発砲しないし、追跡もないなんて―――――」



ヘリの操縦をする賢木の後ろに立つ皆本。

皆本は煙を上げる船を見て焦るように声をあげた。



「人質のドクター・賢木が大事なんだろ?」

「・・・・・・・・そうかな?」



いつもの皆本らしくない返事に賢木は首を傾げた。



「やはり来たのね。」

「!!蕾見管理官!!」



皆本の背後に悠然と現れた不二子。



「命令を無視したってことは・・・あなたとあの子たちの関係は仕事じゃないのね!?」



プレッシャーを掛けるような不二子の言葉。
いや、実際にかけているのだろう。

不二子の雰囲気が伝わったのか、眉を寄せる皆本そして一度だけ唇を噛み締めた。

皆本は答えを確かめるようにゆっくりと話し出す。



「僕は・・・・そんなに器用じゃありません。命令だけで、あいつらと離れられるわけないじゃないですか!!」

「そう。(今、必要なのはね、運命を変えるほどの強い愛の力よ。)」



最後は力強く言い切った皆本に、密かに満足そうに笑う不二子。



「(小さくても種があるなら、私が育ててあげる。)」



す、と皆本に手を差し出す不二子。



「あの子たちの所まで連れていってあげるわ。」

「・・・・はい。」

「(でも、問題なのはあのコたち・・・・)」



船の廊下を抜け、厨房に辿り着いた皆本は目を見張った。



「き・・・・・君たち――――――!!なにをやってる?」

「(ぜんぜんガキね。)」



ケチャップ塗れのチルドレン達を目にした不二子は思わず額に手をあてた。



「うっ!?」

「こ、これはその―――――」

「一番重傷を演出―――――あ、いや・・・・・・」

















( みんなそこにいる
    いないのは僕だけ )

2018.01.22

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