あの日あの時あの場所で

海上を何機もの戦闘機が駆けてゆく。

機体にある星のマークを見るところコメリカ軍のものだろう。

更にその戦闘機を日本の軍服を纏った若かりし頃の兵部が追いかける。

機体との距離が、どんどん縮む。

兵部の口元が勝利に歪んだ。



「ダメだよ、逃がさない。」

「JEE・・・・・」



ボンっと、破裂音の後に機体は黒煙を上げながら墜落していく。

狙った通りに念動力で機体の破壊に成功した兵部は装着していたゴーグルを外した。

その下から現れた顔には喜びが溢れ出していた。



「へっへーー!!見た!?見てくれた、不二子さん!?これで撃墜数首位に―――――――!!」




嬉々とした兵部の表情は少し離れた位置で墜落してゆく不二子を目にして一変した。



「不二子さん!?」

「ゴメ〜〜〜ン、当たっちゃった・・・!!」




慌てて駆け寄った兵部は激しく出血する不二子の右腕に目を見開いた。

傷が痛むのだろう、苦しそうな不二子に兵部は肩をかした。



「何やってんだよ!?すぐに母艦に戻って!!」

「瞬間移動ができないし、念動力ももう・・・・」

「じゃあ、僕が連れてく!!止血は自分でできるね!?」

「・・・・・・・・ええ。」



ゆっくりと、母艦へと向かい始めた二人。

不二子は軽く目を閉じて、弱弱しく口を開いた。

普段の彼女では絶対に見られない姿だ。



「・・・・・・・ここになまえが居たら、このくらい平気なのにね、」

「・・・・・不二子さん、なまえは隊長の元で安全に暮らしてるんだ。こんな、危険な目に合うこともなくね。なまえは、戦場になんて居ないほうがいい。」

「・・・・元気かしらあの子。隊長の元へ嫁いで大分経ったけど。」

「大丈夫だよきっと、そのためにも僕らは――――――!!」



広い海原に響く轟音。

音の方向は兵部たちの目指す方からだ。

たどり着いた兵部たちを待っていたのは炎と黒煙を巻き上げる母艦だった。











『でもね、当時はまだエスパーも少なくて、僕らの力にも限界があった。世の中の流れなんか何ひとつ変えられやしなかったんだ。』




















「・・・・・・隊長!お聞きですか!?昨日の広島襲撃――――――」



蕾見男爵の別邸にある一室に兵部は勢いよく飛び込んできた。

隊長と呼ばれた男はゆっくりと兵部を振り返った。



「・・・・・・ああ、新型爆弾だそうだな。」



部屋の中央へと歩みを進めた兵部は部屋のカーテンで仕切られているスペースを見つめた。

完全に遮断されている空間に、兵部はなぜか目を引かれた。

その先にある、何かの存在を感じたのだろうか。

しかし隊長が話し始めたことですぐにその意識が逸れる。




「君たちはよくやってくれたが・・・・・・この戦争はもう終わりだ。道はもう無条件降伏しかない。」

「無条件・・・・!?そんな・・・・・・!!」

「この国にはもうまともな戦力などない。超能部隊も君以外全員が負傷している。」

「1人でも戦えます!!せめて――――新型爆弾の二度目の攻撃は阻止してみせます!」



必死に叫ぶ兵部から早乙女隊長は顔を逸らした。



「・・・・・・もういい。この先の運命はもう決まっているのだ。敗戦、復興―――――――――そして次の破滅・・・・!!」

「それは・・・・・?」



兵部の目線は隊長の手元にいった。

いくつかのコードに繋がれた鉄の球体だ。

伊‐八號と書かれた札がある。

兵部はそっと球体に触れた。



「死亡したイルカの脳だよ。沖縄で回収に成功した。なまえ君の予知と解析の結果、伊八号は我々に予知の一部を隠匿していたことが判明した。」

「え・・・!?」



兵部は驚きを隠せなかった。

この死亡したイルカは兵部が10才くらいの時から知るイルカであり、彼が予知を隠匿するなど信じられなかったからだ。
元いた国の研究員だけでなく、亡命した日本の研究員も信用はしていなかったようだが・・・、少なくも自分やなまえには隠していることなどないと思っていた。



「戦後、超能力者は増え続ける。そして・・・・・・・君はそのリーダーとなり、世界を滅ぼす。」

「な・・・何を言ってるんです!?」



戸惑う兵部に隊長は懐から銃を取り出し、兵部へと銃口を定めた。

銃口から逃れるように後ろへと下がった兵部の背中が壁へとぶつかった。



「た、隊長!!」

「君には・・・・感謝している。だが、我々が君のような化け物を作ったことは、占領軍に知られるべきではない。」

「冗談・・・・ですよね?隊長。」



縋るように隊長を見つめた兵部に衝撃が走った。

兵部の体がずるずると下がってゆく。

兵部は呆然と赤く染まっていく自分の胸を見つめた。



「・・・・ひとつ、教えてあげよう。」



兵部へと銃口を向けたまま、隊長は部屋の奥へと歩き出した。

風にあおられてカーテンの裾が浮く。

隊長の足音につられてそっちを向いた兵部の目。



「(・・・・人の、腕?)」

「なまえくんは、私に嫁いでなどいない。彼女が居たのはわが国とドクイツ帝国が共同で始めた超能力研究所だ。」



裾から覗いた手は生気がなく、青白かった。

その白さから、兵部はなぜか目を離すことができない。



「沖縄戦が始まった頃、彼女は突如予知能力に目覚めてね・・・。」



隊長の手がカーテンに掛った。

ゆっくりとカーテンが開けられる。

徐々に見えてくる景色。



「彼女無くしては勝てなかっただろう場面もいくつかあった。」



カーテンの向こう側にはソファーが一つあるだけだった。

ソファーは、血でその大半が真っ赤に染まっていた。

ソファーにもたれ掛かるようにして人影がひとつあった。



「なまえ、」



兵部が擦れた声でなまえを呼んだ。

ソファーにもたれ掛るなまえはぴくりとも動かなかった。

なまえは冷たく、青ざめていた。



「人間同士の戦いはもう終わりだ。次の敵、超能力者も今のうちに始末する。」



何時の間にか兵部の目の前まで戻ってきた隊長は、兵部の額へと銃を押し付けた。

兵部を見る隊長の瞳に、温かさなど微塵も感じられない。

兵部の瞳から、悲しみが溢れた。



「(次の敵・・・・?化け物・・・?そうだったのか・・・・?僕らは・・・・・しょせん――――――――)」



隊長は、ゆっくりと引き金を引いた。

力が抜けた兵部の体はズルズルと壁を滑る。



「おめでとう。これで君は二階級特進だ。他の仲間も今頃は名誉の戦死を――――――――」



兵部へと背を向けていた隊長は背中を振り返る。

殺気を感じ取ったのだろう、隊長からは冷や汗が流れ出ていた。

瀕死の兵部が、起き上がっていた。



「バカな・・・・・!!」



慌てて隊長は銃を構えた。

しかし、超能力者の前に銃はあまりにも無力だった。

兵部は感情の激しさをそのまま隊長へとぶつけた。

隊長は、血飛沫を上げながら地面へと倒れていく。

兵部の目は静かにその光景を捉えていた。



「(僕らは―――――――化け物なのか・・・・・!!)」

「きょ・・・・け、」



声が、なまえの声が部屋に響いた。



「なまえ・・・・!!」



兵部はなまえを抱き上げた。

なまえは、いつ死んでもおかしくない、むしろ今生きているのが不思議な状態だった。



「きょう、すけ・・・・・ご・・め・・・・、」



なまえの頬を涙が伝っていく。

兵部は言いようのない感情に唇を噛みしめた。



「なまえ、」

「わ・・たぁ・・ぃ・が、わる・・ぃ・・・の、」



自分が悪いのだと、涙を流すなまえを兵部は強く抱きしめた。



「わたくし、が・・・」

「ちがう、違うよなまえ」



なまえは兵部の胸元へとおでこを寄せた。

兵部の胸元が、柔らかい光に包まれる。

なまえの生体コントロールだった。

ゆっくりとだが、兵部の傷が塞がっていく。



「!!こんなことしたらなまえが・・・!」

『貴方には、生きて欲しいの』



もう話す気力もないのだろうなまえは精神感応能力で兵部に語りかけた。

兵部へとなまえは儚げに微笑む。

なまえは兵部の襟首を軽く引っ張り、兵部のおでこと自分のおでこをくっつけた。



『私が、予知なんてしなければ、八号の秘密を守ってあげてさえいれば、こんなことにはならなかったの』

「君のせいなんかじゃない、違うよなまえ、」



兵部の怪我は、大部分がなまえによって治った。

なまえの顔は血と涙でぐしゃぐしゃだった。



『私、自分が許せない・・・!!私さえ、いなければ、こんなことには・・・!!』

「なまえ!!」



咳き込んだなまえの口元から、血が溢れる。

なまえの命はもう、限界が近かった。



『私のことは、いいから、みんなの元へ行って、京介、』

「君をおいてなんて・・・!」

『今ならまだ間に合うかも、しれないから、』

「なまえ!!」

『ごめんなさい、京介・・・、』



なまえの体から、力が抜けてゆく。

兵部は慌ててなまえを抱きしめた。

まるでそうすることでなまえを引きとめようとするように。



『ごめんなさい、私は、全てを・・・忘れる、私から、逃げます、』

「嫌だ、嫌だよなまえっ!」



滑り落ちていくなまえの手を、兵部は掴もうとした。

しかし、なまえの手はするり、と滑り落ちた。

なまえの体は、どんどん縮んでいっている。



「な、に、」



数分も経たないうちに、なまえの体は三歳児ほどの大きさになっていた。

兵部は目を瞠った。



「なまえ、?」



そっと静かになまえを抱き上げる兵部。

先ほどとはうってかわって、なまえの体は温かかった。



「生きて、る、」



兵部の頬を涙が垂れていった。

愛おしくてたまらないのだ、というように兵部はなまえの顔へと頬を寄せた。

2018.01.22

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