1人沈みゆく

「かなりキてる無敵のパワー まじでいい感じー」



バベル敷地内の病棟の屋上に静かな歌声が響く。

少女の歌声は細く小さく水面下で空気を揺らす。



「絶対可憐、だから負けないー、」



不意に、少女の歌声が止んだ。

歌い終えたのか、誰かの気配を察知してやめたのか。

少女の目が病棟内へと繋がる扉へと向けられた。

ゆっくりと扉が開く。



「やあ、賢木先生。」

「やあ、じゃねーぞなまえ!」



ここに至るまでずいぶん走り回ったのか、白衣はシワシワだ。

賢木は頬を流れた汗を拭い、恨めしそうな目でなまえを見た。



「お前!ちょっとは自分が重傷だってこと自覚しろ!!」

「こんなのかすり傷だよ〜。」

「わき腹と胸に弾丸を受けておいてかすり傷なわけねーだろ!いい加減病室抜け出すのやめろ!!」



なまえはぼんやりと微笑むと視線を前へと移した。

空を見つめる彼女の瞳にはどこか陰りがあった。

賢木は飄々としたなまえに声を荒げる。


「医者の言うことは絶対です!!」

「え〜。どーせ、すぐ治っちゃうし。臓器は念動能力と生体コントロールのおかげで傷ついてないし。」

「そういう問題じゃ・・・!」

「僕は、要らないなんだよ。」

「はあ?お前、何言って・・・・・!」



荒々しかった賢木の言葉が、ピタリと止んだ。

なまえが泣いていたのだ。

自らが泣いているのも気付いていないのかなまえの視線はいぜん空へと向けられたままであった。

賢木は動揺していた。

兵部や不二子と同じぐらいの実年齢ということもあり滅多なことでは動じないなまえが、むしろ昔から無表情の多かったなまえが、泣いているのだ。



「未来が、始まったんだ。」

「どういう、」

「せんせいも、そのうち理解(わか)るよ。・・・病室戻ろう。薫がそろそろ起きるし。」

「あ、あぁ。」



賢木へと振り返ったなまえはまたぼんやりと微笑んだ。

賢木は生唾を飲み込むと一つ頷いた。

なまえは立ち上がると賢木の前を歩き始めた。

賢木はゆっくりと後に続く。



「彼、バレット助かったんだろう?能力と記憶を代償にだけど。」

「ああ、管理官が引き取るって言ってたが・・・、」

「あの南の島の老人ホームに連れてくんんだろうね。あそこには末摘さんも居るし。」

「なるほどな、」

「・・・迎えに来たのが、先生でよかったよ、」

「あ?」

「・・・・なーんでーもなーい。」



なまえはまた、ぼんやりと笑った。

気を抜けてる、というよりかは、ほとんど魂が抜けたような笑みだ。

賢木は小さく喉をならした。



「・・・・・、(こいつ、なんて目しやがる・・・!)」

「せんせー行こう〜。」



なまえの顔にはずいぶん前に見ることがなくなった笑顔が浮かんでいた。

そう、とても空ろな。

賢木は言葉を咽の鳴る音とともに飲み込んでしまったようだった。






















問題のバレットの病室からは騒がしい声が聞こえてくる。

どうやら薫たちも病室にいるようだ。

病室へと向かう途中に賢木となまえは不二子と局長と朧と出会い、なまえは3人から病室を抜けて現場にいたことを咎められた。

当然といえばそうだろう。

むしろ咎められるだけで済んだだけよかったのだろう。

おもに病室の中へと不二子の意識が移ったのが原因だったのだが。



「あら。なになに!?皆本クンその気になった!?」



病室の扉を開けて皆本に抱き着くチルドレンを見て不二子は嬉しそうに声を上げた。

壁際に立つSPは不満そうに様子を眺めている。



「うんっ!」

「何がだ!?」

「私たちのこと「最高の女」だって!!」

「言ってねえーーーーーー!!」



嬉しそうなチルドレンの声をかき消そうと皆本は否定する。

不二子はにっこりと笑うと、その表情を少し苦いものに変えた。



「ゴメンね〜〜〜〜〜〜〜救援が遅れちゃって。撃たれたエスパーの救助を優先したんでさあ、仕方なかったのよ〜〜〜〜〜〜〜〜。」



あまり謝る感じではないが、眉が下がっているところを見ると申し訳なくは思っているようだ。

不二子は口の端をグイッと上げると小声で皆本へとささやいた。



「ま、皆本クンだけならともかく、兵部がいるなら身の安全は守ってくれるかと思って。あいつ「チルドレン」とあんたにご執心だもんね!」

「敵をアテにせんでください!!それに僕だってもうちょっとであいつを逮捕できたんだ!」



皆本の言うことはもっともだが、不二子はからかうかのように微笑んだ。

だが、後ろにいた桐壺は思わず声を荒げた。



「・・・ってか、化粧なんかに手間取るから!!これからはメイク落とさず寝てくださいヨ!?」

「バカ言ってんじゃないわよっ!!オッサンにスキンケアの重要性がわかってたまるかーーーーーーーー!!」

「まーーーー。まーーーー。」

「おかげでエスパー全員は命をとりとめたんですから。」



口論を始める藤壺と不二子と柏木は困り顔で見つめる。

正直かなり大人気ない。

なまえは相変わらずどこ吹く風だ。

皆本に抱き着いていた薫は柏木の言葉に大きく目を開いて反応した。



「そ、それホント!?」

「ああ。・・・ま、それも本はと言えばこの子のおかげなんだがな。」



賢木は他人事のような顔をしていたなまえの頭に手を乗せた。

置かれたなまえは迷惑そうに賢木の手をどかした。



「なまえ、が?」

「ええ。薫ちゃんと一緒に「黒い幽霊」の元へ駆けつける前になまえちゃんが生体コントロールで警備エスパーのこと助けてくれたから。」

「なまえ・・・!!」



柏木の言葉に目を輝かせた薫はなまえへと一目散に抱き着いた。

なまえはわずかながらに微笑むとゆっくりと薫の腕を離す。



「僕は、大したことしてないよ・・・・、」



薫へと微笑むなまえには暗い色がにじんでいた。



「・・・・不二子ちゃん、僕、しばらく眠るよ。」

「え?」

「「「「「「「は!?」」」」」」」



突然のなまえの寝る宣言に室内は水を打ったかのように静まりかえる。

なまえはその雰囲気に意も貸さず、静かに続けた。



「最近動いてばっかりだったから、そろそろ限界なんだよね。」

「そりゃ、あんた最近無理してばっかりだったからそうしたほうがいいに決まってるけど・・・・。」



普段、休むように言っても聞かないなまえが自ら発した発言に皆騒然とした。

信じられないのも当然だろう。

なまえは室内のそんな雰囲気に意もかさず、くるりと背を向けた。



「おやすみー、」



次に瞬きをした時に、なまえの姿はなかった。

2018.01.22

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