くうせきひとつ、
「貴女が眠りにつく時って、いっつも何かから逃げようとしている時よねえ。」
微動だにせずに眠るなまえの頬を突っつきながら不二子は息を吐いた。
「今回は何から逃げてるのやら・・・・、ちゃんと言えって、何回言わせるのよ・・・。」
「みょうじなまえさん・・・、は今日も体調不良でお休みですね、」
担任の先生はそう一言だけそえたあとに、ほんの少しだけなまえの席へと目を向け、またすぐ点呼を再開した。
それを背景に薫は頬杖をつきながらなまえの席をぼんやりと眺めている。
葵と紫穂はなまえの机、薫、そしてお互いの顔へと視線をずらし、また同じタイミングで息を吐いた。
薫の頭の中をしめるのは先日の出来事である。
「(なまえ、なんであん時現れてくれたんだ・・・?)」
「(このままじゃ紫穂と葵が―――――――――――死んじゃう・・・・!!!)」
薫は無我夢中でジェット機を飛び出した。
開け放たれたドアに必死にしがみつきながら皆本は薫を説得しようと叫ぶ。
「待て、薫!!飛んだって数分も短縮できない!!消耗するだけだぞ!!」
「(皆本の言う通りだ・・・・!!間に合わない!!)」
皆本の言葉を耳に入れた薫はどんどん顔を青ざめさせていく。
乗っていたジェット機と薫の飛ぶスピードは対して変わらない。
それが薫の力が減少している現在ならなおさら。
いま力を使っていざというときにブーストができなくては意味がない、でもそうしてしまえば葵と紫穂は・・・・・。
薫は一度目をつぶると何かを決意したように通信を始めた。
「・・・・・・・ばーちゃん聞こえる?あたし・・・・・!!」
『薫ちゃん・・・・・!?』
「お願い。紫穂と葵を守って!!どんなことしても!!他のことはもう仕方ないよ・・・・・・!!」
『!!』
『何言うてんねん薫!!あいつ、死ぬまでやる気ィやで!!洗脳と解かへんで倒そう思たら、もう殺すしか・・・・・』
薫の言葉に紫穂と葵は動揺する。
葵の叫びを薫はより大きな声でかき消す。
「だって・・・・!!しょうがないじゃん!!でないと紫穂と葵が―――――!!そんなのヤダ!!」
叫ぶ薫の目には涙が光っていた。
それは絶え間なく流れていく。
皆本も、口を一線に結ぶと眉間に皺を寄せた。
「・・・・・・・・・!!」
「ヤダよ・・・・・!!」
無線の先では不二子がティムを攻撃する決意を固めたようだ。
薫の耳に、葵と紫穂の悲痛な叫びが届く。
『やめて!!』
『薫、ばあちゃんを止めて!!あのコもウチらの仲間なんやで!?』
「・・・・・・・・・・・・(ちがうよ、葵・・・・。だって紫穂と葵は親友で―――――ううん、もっともっと―――――!!)」
薫はたまらず頭を抱えた。
紫穂と葵は幼少期から愛に飢え、能力の孤独を感じていた薫にとって初めてできた仲間なのだ。
二人に出会って初めて自分を好きになれたのだ。
そんな二人を捨てることなど薫にはできない。
「どっちかなんて・・・・選べないよ・・・・!!」
「どっちかなんて、迷わなくていいんだよ、」
「!!」
光が、薫を包んだ。
あまりの眩しさに薫は目を細めた。
徐々に慣れた目でよく光を見つめると、その中心にいるのは、なまえだった。
「!?なまえ!?」
ついこの前眠ると言って消えたなまえが、そこにはいた。
短い髪が、風になびきなまえはゆっくりと顔を上げた。
ゆっくりくちびるが動くのと同時にテレパシーが送られてくる。
「迷うことなんてないんだ。」
『そうよ薫ちゃん!心配いらないわ!』
『せや!やめて、ばーちゃん!!』
葵と紫穂は力強く言い放つ。
葵によってティムを追い詰めていた不二子は離された。
葵は、催眠効果を最小限に抑えるために空間をゆがめて光を捻じ曲げ始めた。
だが、長くは続かない。
それは誰にでもわかることだった。
しかし二人は薫のことを信じて待つことにしたのだ。
「葵、紫穂・・・!」
「・・・・・「君は」、一人じゃない、」
薫を光が包む。
「!?」
「「薫!?」」
「「薫ちゃん!?」」
そう、なまえの瞬間能力によって薫は現場へと一瞬でたどり着いた。
皆の頭へとなまえの静かな声が響く。
「(君には、みんながついてるよ・・・・、)」
「なまえ!?なまえにだって・・・・!!」
「(僕は君たちのために、その思いのために在ると思うんだ・・・・)」
薫を、そして葵と紫穂を温かな光が包む。
それは薫がバレットを救いたいと強く願った時に感じたそれと同じだった。
「待って!なまえ!!」
薫の叫びに、返信が返ってくることはなかった。
「・・・・最近なまえちゃんの欠席多いねえ。」
帰り道、ちさとはぽつりとつぶやいた。
紫穂と葵は顔を見合わせて苦笑いした。
「なまえちゃん、昔から体があまり丈夫じゃないから・・・・。」
「今回も、ちょっと体調くずしてもーただけやって、皆本はんもゆうてたし、」
「そっか、・・・・早く良くなるといいね。」
「うん、」
いつもよりも影の一つ足りない帰り道は、なんだか物寂しさを薫たちに覚えさせた。