前夜祭
「・・・・・久しぶりにたくさん寝たから、体の調子がいいや〜。」
大きく背伸びしたなまえは小さくあくびをした。
ぱきっと縮こまっていた体が声を上げた。
「・・・寝てる間に少し成長したのかな、」
なんとなく自分の手のひらに目線を送り、開いたり閉じたりしながらなまえはぽつりとつぶやいた。
不意になまえの目が天井を向いた。
「・・・・ずいぶんはやい来訪じゃないか。」
なまえのその半分あきれたようなセリフの先にいたのは不二子とともに瞬間移動してきた皆本と賢木、それに局長と柏木であった。
皆本と賢木に至っては無理やり連れてこられたのか、あきらかに家を出る前の姿だ。
「当り前よ!!!いつ起きてもいいようにしっかり準備しておいたんですからね!!!」
「俺、まだ歯磨いてる途中だったんすけど・・・・・。」
「僕なんて着替えてる途中だったからな!?」
たしかに不二子はメイクも服もばっちりだ。
本人の言う通りしっかり準備していたのだろう。
「わしらはしっかり準備していたからネ!」
「ええ。予知課からだいたい本日だと連絡が入っていたので。」
局長と柏木の言葉に皆本と賢木は口の端をひくりと上げた。
予知課の予知にも関わらず聞いていなかったようだ。
「・・・ふーん。急いできたってことは予知課は僕が逃亡するとでも予知したわけ?」
「違うわ!わたくしがお願いしたの!」
「そうだヨ!管理官は必死に!!!」
「みんな、心配したのよ?なまえちゃんが起きないから・・・・。」
不二子の焦ったような声に続いて局長も柏木も声を荒げた。
なまえに誤解させないようにと必死だ。
なまえはふっと、顔を緩めて笑った。
「・・・・大丈夫、どこにもいかないよ。」
「なまえ?」
不二子に笑いかけるなまえの顔に、眠る前のような痛々しい笑顔はなかった。
ただ、その笑顔の裏に隠されたなにかに、その場にいた全員は気付いてしまった。
しかし、それがなにか悪いものではないように感じ、そして聞くことさえ拒まれるようなそれに、全員は黙るしかなかった。
「なんだよ皆黙っちゃって。明後日、遠足だろ?だから、ちゃんと行こうと思って起きたんだよ。」
「「「「「は?」」」」」
「・・・・え、参加したらだめだった?」
突拍子もないセリフに、大人たちの顔から力が抜けていった。
意外とでもいうように目を瞬かせるなまえ。
その顔にさっきのようなものはない。
誰もがきっと問題はそこではない。と言いたかったはずだ。
「あ、ああ!」
「い、行ってくるといいんじゃないかネ!」
「そ、そうね!たまにはいい気分転換にも・・・!!」
「遠足なんて行ったことないものねなまえ!」
「きっと楽しいぜ!」
そう?となまえは首を傾げた。
なんだかつかみどころのないなまえに大人たちは、笑うしかないのであった。
「えーと・・・・・・それぞれの注文をまとめるとだな、」
メモ帳を片手に皆本は渋い表情だ。
「葵は「ごはんとカラフルなおかず」。」
「ウチのお母はんの作るやつ、なんか茶色いおかずばっかしやねん。」
「紫穂は「豪華なサンドウィッチ」。」
「スーパーのパンとかイヤよ。具にもパン人も気合入れてね。」
「なまえは「普通の弁当」。」
「僕、弁当も遠足も初めてだからなんでもいいや〜。」
「んで、薫は―――――」
「も、スッゴイやつ!!ひと口食ったら口からビームとか出てさっ!んで背景が宇宙空間とかになっちゃうの!っつーか、一生の思い出にな!!トラウマってやつ?」
薫は口を大きく開けて全力で叫んでいる。
ほんとに口からビームがでて、背景も宇宙空間になってしまったかのようだ。
そんなものはでないのだが。
「トラウマになったらあかんやろ。」
「それ、「心の傷」って意味よ。」
「大げさすぎだよ、薫。」
「とにかくそんなの!!」
「何千年修行したら可能だ、そんなの!?」
皆本の突込みはもっともである。
全力で突込みをいれた皆本はひとつため息をつくと軽く手を振りながら四人から背を向けた。
「もーいい、一応聞いとこーと思っただけだ。てきとーに作ってやるから、文句言わずに食え!」
そんな投げやりな声に四人は、正確には三人は焦って立ち上がりながら抗議の声を上げる。
なまえだけはやりとりをちらりと横目で見ている。
「うちのかーちゃん芸能人で生活能力ないからさあっ、手作りのお弁当って食べたことないんだよ〜〜〜!!料亭の仕出しとかばっかでさあ。」
薫はすがるような目で皆本を見つめる。
皆本は、またため息をひとつ吐いた。
「じゃーなおさらてきとーでいいじゃんか!」
「あれ?」
薫は間の抜けた顔をするが、皆本のいうことももっともである。
『中身』の詰まっていないそんなお弁当ばかりを見てきた薫にとって『誰かの』手作り弁当、というのは心に深く残したいものであるのだろう。
皆本の心を代弁するのなら、なら手作りだから逆に気合を入れる必要はない、だろう。
しかし、薫とまた違う要求のある葵と紫穂は黙ってはいない。
「茶色いのはイヤや〜〜〜」
「そーよ!全力を尽くしてよね。」
「「無理難題をつきつけられて、それでも頑張った精神的苦痛が、最良のスパイス」なんでしょ?」
「さすがなまえちゃん!」
先読みして、紫穂の気持ちを代弁したなまえは苦笑した。
紫穂らしいといえばそれまでなのだが。
紫穂は皆本が苦悩している姿を想像したのか恍惚の表情を浮かべている。
「・・・・空腹とか愛情じゃないんだ?」
「プレイ入ってねーか、それ。」
「お前、ほんまは人間の生き血とか好物なんじゃ・・・」
「違うよ。紫穂の好物は人間の暗い感情のスパイスだよ。」
「あ、いや。そんなに真顔で答えんでもええんやで、なまえ。」
困惑する葵と薫と皆本へそう答えたなまえは至極まじめであった。
常識人である葵はつっこみを入れずにはいられなかった。