足りない世界

身体が重い。

冬だっていうのに熱い。

もしかしたら風邪かも、という考えに辿り着くことはそう遅くはなかった。




「・・っ、・・・けほ、」




頭がぼんやりと靄がかかったようだ。

ほんの数歩先を歩くクロスに、置いていかれないように懸命に手足を動かす。
というか、既に身体の力だけでは無理なので超能力を使ってる。



街のなかだ。

アレイスター・クロウリーから借金をして、クロスの愛人が居るという中国を目指していた。

本来なら汽車に揺られているはずなのに。

「酒がない」、そういうと途中の駅で汽車から降りて歩きだした。




「わがままクロス、・・・・けほ、」




正直言ってもうそろそろ限界が近い。

なんだか頭痛が激しくてサイコキネシスが暴走しそうだし、目の前のクロスが霞んで見える。




「なまえ、」

「なんですか、クロス?」




あれ、?
さっきまで先を歩いていたクロスが目の前にいる。

なんでだろう。

頬に多分クロスの、冷たい手が添えられる。




「・・・・俺の話が、聞こえてたか?」

「・・・・・・・・お酒の話、でしたっけ?」




わかる訳なかった。

後ろをついていくので精一杯だったから。




「・・・・お前、」




はぁ、と小さくクロスがため息をついた。

何か呆れさせるようなことでもしたのかな。

ああ、流石に無理かも、




「・・・・ごめん、なさい、」

「なまえ、!」




身体に力が入らない。

瞼が落ちてくる。

意識が 保て 、 ない よ―――









































よく考えてみれば、アレイスター・クロウリーを訪ねた辺りから既に体調が悪かった気がする。

もともと身体は弱い方だったと思う。

だから体調には気を使っていたつもりだった。



クロスは厳しい。



多分、足手まといになるようなら、迷わず僕をアレンのいる教団へと行かせるはず。


そんなのは嫌なんだ。


僕にとって、クロスは世界なんだ。

この世界で朧げな僕の存在を、はっきりとさせてくれる。


彼は僕を、なまえを見てくれたんだ。


































「クロス、」




目を空けたら広がるのは天井で、見渡す限りにクロスは居なかった。

おそらく、どこかのホテルだろう。
だからクロスは愛人の元に行っているだけだ。
待っていれば、此処にいれば。
彼は戻ってくるはずだ。




「けほ、・・・・?」




部屋の真ん中辺りにある小さなテーブルの上に、何かが光っている。

念動力で引き寄せると、それはネックレスらしかった。
細身のピンクシルバーのチェーンに赤い、真っ赤なルビーのシンプルなバラがついている。




「・・・・・・クロスなの?」




赤いルビーのバラは、彼を連想させるには充分だった。

・・・僕に、くれるんだろうか。



「・・・・・・会いたいよ、」




ぽつりと零れた心を受け止めてくれる人はだれも居ない。

呟きは、冷たく、部屋の壁に吸収され霧散していった。

僕は全てを遮断するように、頭まで布団をめくり上げた。






























「トシいくつ?」

「15くらい。」

「あ、オレお兄さん。18だもん。15ねェ〜白髪のせいかもっとフケて見えんぜ。」




雪だるまを作りながらラビが言う。

・・・・・ていうかなんで雪だるまなんか作ってるんだろう。
てか今、白髪って言いやがったコイツ。




「あ、オレのことラビでいいから。Jr.って呼ぶ奴もいるけど。アレンのことはモヤシって呼んでいい?」

「は!?」




思わず手に力が入って雪玉を壊してしまった。

今なんて言ったんだろうこのオレンジ頭。




「だってユウがそう呼んでたぜ。」

「ユウ?」

「あれ?お前知らねーの?神田の下の名前。神田ユウっつーんだぜ、アイツ。」

「そうなんだ。知らなかったや。みんな「神田」って呼ぶから・・・・・・。」




驚く僕に、ケケケと楽しそうにラビは茶化す。




「今度呼んでやるよ。目ン玉カッて見開くぜ、きっと。まあ、会うのはしばらく先の話になるかもしんねェけどな。」

「どういうことですか?」

「んーーーオレの予感だけどね。」




じぃと、雪だるまを見つめながらラビは続ける。




「今度の任務はかなり長期のデカイ戦になんじゃねーかな。伯爵が動きだしたんだ。ノア一族出現ってそういうことだろ。」




ノアの、一族。

巻き戻しの街で出会ったロードと言う女の子。

彼女は言っていたじゃないか。

『今度は千年公のシナリオの内容でね・・・・・』って。

でも僕は――――――




「気ィーしめていかねーと・・・」




ぎゅっと左手のイノセンスを握る。

あの日の、あの決意を思い出すように。




「僕は・・・アクマを破壊するためにエクソシストになったんだ。人間を殺すためになったんじゃない・・・」

「・・・・・・・おい?どした?」




この場から立ち去りたくて、歩きだした。




「モヤシ」

「アレンです!!ちょっと歩いてくるんで先、戻っててください!」




























三日たった。

クロスは戻ってこない。


ホテルだと思っていたが、此処は病院らしい。


クロスは帰ってこない。



捜さなくちゃいけない。



彼は、僕を置いていったんだ。
















(ひとりぼっちなんていやだよ)




title by 彗星03号は落下した
加筆修正:2018.03.18
2018.03.18

/

[3/8]

章一覧/はろー、エトランゼ一覧/サイトトップ