逢いたくなんてなかった
「はぁ、はぁ!」静けさを孕んだ夜。
僕は人のいない路地を、"力"を使いながら疾走していた。
「もうッ!しつこい!数が多すぎる……!!」
僕が"彼"に会えなくなってから────千年公に逢った日から、僕と千年公の鬼ごっこは始まった。
街に紛れようと森に紛れようと、奴らは必ず僕を見つけてきた。
今日も街中に食料を得るために、資金が必要だからと仕方なく街に降りたときに発見されたし…。
そして────僕は”全力”で逃げる羽目になった。
「…いくら逃げても、絶対いるんだもんなぁ。やんなっちゃうよ…。」
ちらりと、後ろを振り返り溜め息をつく。
すぐに追い付かれるほどではないが、かといって安心できる訳ではない距離。
卵型の"何か"は、僕を捕まえようと追ってきている。
「……ってあれ、ここ、どこ。」
気が付けば、辺りは人家のない暗い闇が広がる森だった。
ついでにいうと、卵型の"何か"の姿も見えない。
「……僕、無意識に"移動した"かなぁ。」
月の光しかない森の中に、僕の呟きが静かにこだました。
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「千年公、」
コツン、コツン、と歩くたびに靴音が響き渡る。
薄暗いこの空間の先。ぼんやりと照らされたテーブルに座った千年公が俺に振り返る。
「やっと来ましたネ―――――――ティキポン」
足を止め、こちらを振り返った千年公に向けて笑いかえす。
「…今度は何の用です?もしかして、そろそろ”始動”…とか?」
「フフ、それはまだですヨ。でも、大事な用があって呼びましタ❤︎────ティキ・ミック卿、あなたに任務を言い渡しまス」
「任務?」
「えエ。内容はとある少女を"保護"することでス。」
にっこりと笑った千年公は、一枚の紙を飛ばしてくる。
俺は人差し指と中指でそれを挟み、ちらりと目をやってから千年公の方を向く。
「へぇ…、結構可愛いじゃないっすか。」
「油断しないほうがいいよぉ。」
女の子との声と共にずしっと何かが、肩に乗り掛かってくる。
だけど女の子らしく軽く、俺には特に負担にはならなかった。
何より、コイツのは"家族"だ。
「ロード。」
「やっほー、ティッキー!」
口に入れていた棒キャンディーを取り出すと、ロードは気怠げに笑う。
「その子にやられたアクマ、結構な数だよー。」
「エクソシストなのか?」
「違うよぉ、ただ────僕と"同じ"ように"空間を移動できる"みたいだよぉ。」
ニッコリと笑うロード。
「不思議だと思わない?"エクソシスト"でもなければ、"僕らの仲間"でもない。だけど、彼女には"何か"がある。」
「だから、ティキポンには彼女に"挨拶"と"保護"を頼みたいのでス」
口元が、上がるのがわかる。
「やっべぇ。興奮してきた。」
抑え切れない興奮が、巻き上がる。
「イジメすぎちゃ駄目だよぉ、ティッキー」
ロードの声も、まるで遠くから聞こえるようだ。
多分、手加減とか無理かもと頭の隅でぼんやりと思った。
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悪寒が走る。
「……なんか起こりそうな気がする、」
自分の体を抱くように、腕を摩る。鳥肌がなかなか戻らない。
「こーゆー時って絶対いいことない……。」
はぁと溜め息をつく。
大体、千年公とさえ逢わなければこんなことにはならなかったのに。
「とか言っても多分、逢うことは必然だったんだろうし。なんかさらに嫌なのに会いそうな気がする…。」
『みぃつけたァ!』
「!!」
迷い込んだ森に、高い声が響き渡る。
振り返った先に奇妙な生物たちがいた。
どうせ卵型の変な生物だと思ったのだけど。
しかし、その生物を見て僕は戸惑った。
「…いつものと、違う………?」
『ギャハハハァ!!俺が1番に見つけたんだぜェ!!』
『いや、俺だし!』
『ちげーよ!俺だろ!!』
何時も追い掛けてくる生物はボール状の大きな奴の筈。
しかも、会話なんてせずに僕や人を見つけた途端に攻撃を仕掛けてきていた。
そして、なにより外見が違う。
今までの奴らはみんな卵型で、全身から大砲のような筒を生やしていて、そこから謎の弾を発射する。
一度逃げている途中に、猫が飛び出してきてその弾に被弾した時に、猫の全身を大小の星型のアザが覆ったと思うと塵となって消えてしまったことに恐怖したことは記憶に新しい。
怖い。
そして、上部によくよく見るとシワだらけの人の顔がハマっていた気がするけど、もう怖いし確認していない。
"透視しよう"と思ったけれど、なんだか嫌な感じがしたので"透視て"いない。
この三匹は、それぞれ異なる外見だ。
「……何が、どうなって───────」
『とりあえずさぁ、ノア様呼ばねぇ?』
『あ、確かに!』
ふと謎の三匹の会話から聞こえた単語。
それに僕は何かを感じとる。
「の、あ?」
『ばーか!そんなの見つけたときからしてるっての!』
ざぁぁぁぁと、風が吹き僕の髪が風に舞う。
絶対に" 何 か 居 る "、最初に浮かんだのはそれだった。
「何?標的見つけたって本当?」
『あそこです、ノア様!』
三匹の後ろ、さっきはなかった人影があった。
体格や声からして多分男性だろう。
その人物はゆっくりと僕のほうへ近づいてくる。
「初めまして────エトランゼ。俺はティキ・ミック。」
彼────ティキ・ミックはすらりと手足が長く、スーツを着こなす青年だった。
彼は額にある聖痕を見せつけるように前髪をかきあげる。
「……エトランゼって僕のこと?僕になんの御用?毎日、毎日追い掛け回されていい加減にしてほしいね。」
ティキ・ミックを睨み据える。
しかし、彼は何がそんなに驚いたのか馬鹿みたいに口をあけていた。
「…やっぱり実物の方がいいな。」
「は?」
「いや、こっちの話。……さて、何が知りたい?なんでも教えてやるよ、エトランゼ。」
ティキ・ミックはそう言ってニヤリと笑った。
きこえるだろう月の死にゆくこの音が
(音をたてて崩れ落ちる何かを、僕はただ眺めていた)
title from ララドール
2018.03.18