泣く意味を知らない

すぅっと、自然に目が覚めた。




「……夜か、」


真っ暗な部屋。

かろうじて、月の光りが届く窓際だけがぼんやりと光っている。

そっと体を起こしてみる。

体は軋むけど、久しぶりにゆっくりと休息がとれたおかげで、サイコキネシスでカバーすれば動くのは問題なさそうだ。
まあでも、この感じは何箇所か骨折してそうだから本当は絶対安静なんだろうけど。

そのまま暖かいベットを抜け出して、部屋へと光が差し込む窓へと近づいた。
澄み切った夜は、ここにくる前の世界と何にも変わらなくて。

“予知"をして、ここに来ることはわかっていたし。覚悟もしていた。

つもり、だった。

でも。


「…帰れるなら、帰りたい……、よ、」


ぺたりと窓の前に座り込む。

閉じた窓に手を置き、おでこを窓につける。
体温の高い僕の体には、外気で冷えた窓は心地よかった。

あまりにも静かで、静寂が耳に痛くて。

本当に世界に1人取り残されたような錯覚に陥る。

ああでも、錯覚なんかじゃない。
この世界には、無条件に僕を守ってくれる人なんていないのだから。

僕は、独りだ。


「馬鹿、みたい。」


ぎゅっと手を握りしめる。

心を占めるのは、自分への侮蔑。

覚悟していたはずなのに、こんなにも苦しいなんて。
世界にただ独りなのが、こんなに怖くて苦しいだなんて。
想像もしてなかった。

“予知”に逆らおうなんて、努力もしなかったくせに。

“この世界"に来てしまった以上、

もう、今更、


「自分の、宿命から、逃れること、なんて……できない、のに────」

「くだらねぇ。」


勢いよく後ろを振り返る。

誰かが、居る。

テレポーターである僕にとって、目で見えない死角にあるものを感じ取ることはぞうさないのに。

気配に、気づかなかった。


「誰、」

「助けてもらった恩人に誰、とは随分な言いようだな。」

「お、ん、じん?」


僕の問いかけに低くてよく響く声が返ってくる。
部屋の入り口から影が、ゆっくりとこちらへと歩いてくる。

月の明かりで徐々に見えてくる姿。

背は高い。
一見したシルエットは、長髪のせいで女性のようにも感じるが、しっかりとした身体つきから男性だと思い直した。


「あ、か、」

「あぁ?」


まず目に入ったのは、毒々しいほどに真っ赤な髪。
無造作に伸ばしているらしい髪は、あちこちにハネながら背中の半ばまで伸びている。

そういうば、気を失う直前に誰かが助けてくれていた気がする。

そして、多分、その人も髪が赤かった。


「あ、なたが、助けてくれた…?」

「そうだ。」


仮面で顔の右半分を隠した長身の男がそこにはいた。

顔は並の人より遥かに整っていたが、生憎怪しさ満点の仮面と、目付きの悪さであまり目立たない。

正直、怖い。
でも確かに助けてくれたのは彼で間違いなさそうだ。

この世界でアレンと彼だけが、僕のことを助けてくれたから。ちゃんとお礼を言いたい。怖いけど。


「あり、が、とう、ござい、ました…、」

「………お前、」


びくびくしながら頑張って言ったお礼をスルー。
傷ついた。思わず顔が強張る。

おまけに、仮面の彼がじーっと僕を見つめる(睨んでるようにしか見えないが多分見ているだけだ)。
更に顔が硬化していくのを感じる。


「な、なんですか?」

「お前のその能力はなんだ。」


紅く鋭い瞳が、すっぽりと僕を覆っている。

助けられたのだ、いつか聞かれると思っていた。

ティキ・ミックに言った時とは違って、僕は自分のことを言いたくなかった。

何故だろう、この人に見放されたくない。助けられたので、無意識に甘えているのかもしれないけど。

僕を見つめるその瞳の鋭さを増して、僕を貫くことを想像しただけで、身体の芯から震えるようだった。

"化け物"、と言われるのが嫌だ。




「………。」

「……何考えてるかは知らねぇが、」


近寄ってくる彼。

鼻を擽った匂いは煙草。大きな体が、僕を覆う。

紅い瞳が、僕を覆う。

僕が、赤く染まる。

頬に感じる温かさ。

大きくて、硬い手が僕の頬に触れる。

その一切から、柔らかなものなど感じられなかったけれど。

その頼もしさに、身を委ねてみたいと。
そう、強く惹かれる何かを感じた。


「ちゃんと聞いてやる。約束してやるよ。」


そう言って笑う、この男の人がかっこよく笑うから、僕の胸が大きく震えた。

胸からこみ上げたその震えは、衝撃になって、頬からその衝撃が流れていくのを感じた。

そして気付けば、僕は煙草の香りに包まれていた。

鍛えているのか硬い胸板と、僕を包むその腕。こんな安心感を覚えるのは、人生で”彼”を除いて初めてだ。

この人なら僕の全てを欠けても大丈夫だと、そう思う。


「…僕は、生まれつき、超能力が使えるんです、」

「超能力?」


彼の胸に頭をつけたまま、僕はゆっくりと話し出した。

思いのほか、震えていた声を抑えるために、喉に力を込めた。


「はい…。サイコキネシス(念動力)テレポート(瞬間移動)サイコメトリー(接触感応能力)…そして、プレコグ(予知能力)。…未来の全ては視えません、視えてもほんの一部。それに、予知は自分の意思では行えないんです…。」


そっと目を閉じて、顔を彼に押し付けた。

彼からは反応がない。

やはり、駄目だったのだろうか。超能力を受け入れてもらおうと考えるなんて、無駄なことだったんだろうか。


「…クロス・マリアン。」

「え、?」


顔を上げれば、彼──クロス・マリアンと目が合う。

その澄んだ紅に、心臓が跳ねた。


「俺の名前だ。お前は?」

「なまえ、」

「なまえ。今日からお前は────俺の弟子だ。」

「弟子?」


先程の葛藤をさっぱり忘れる。今、たぶんとてつもなく間抜けな顔をしているに違いない。

というか、弟子って、この人から何を教わるんだろう?


「お前、あのデブに追われてんだろ?」

「デブ?……あ、千年公ですか?」

「そうだ。俺と居たほうが都合がいいだろう。」


ぽんと、私の頭に置かれるマリアンさんの手。

都合が良い、とは確かにそうかもしれない。
あのまま1人でこの世界を逃げて回っていたとして、いつまで無事に逃げられていたかなんてわからない。
実際、今回アレンが僕のことに気づいて、マリアンさんが助けてくれなかったら、あの追いかけっこもきっと終わりになっていたんだろう。

助けられた時の記憶はないけれど、おそらくマリアンさんはかなり強いようだし、この世界のことにも色々と詳しそうだ。


「マリアンさんと?…いいんですか?」

「あぁ。俺のことはクロスと呼べ。あと、なまえ。隠し事せずに、お前のことは全て話せ。」

「わかり、ました。」


ほっと息を吐く。マリアンさん、クロスが私を受け入れてくれるメリットがよくわからないけれど。
とりあえず、受け入れてもらえたことで全身から力が抜ける。

押し寄せる安堵と眠気。
ああ、急激に瞼が重くなってきた。



「眠いのか?」

「はい、」

「ガキは寝ろ。」

「がきじゃ、ない…です、」

「どー見てもガキじゃねーかよ。」


重い瞼と格闘しながら言い返したが、やっぱり駄目らしい。

半分以上になった視界の中央で、クロスが笑ったのが見えた。
それでもう、限界だ。


「おや、すみ──なさ、い、」













 



(理由もなく泣いたの、)(子供のようにね、)




title from ララドール
加筆修正:2018.03.18
2018.03.18

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