るいは、その日サクラと同じベッドで眠った。 店にいたシキとメルルにサクラの手当てをしてもらい、傷の治りを促すためメルルと1度クロージーをした。サクラはもう何でもない風であったが、あまりに落胆するるいの様子に、逆にシキとメルルが困惑しているようだった。 まだ眠れない。 「…痛い?」 そっとたずねると、窓から入る月明かりに照らされたサクラが、笑顔で首を傾けた。るいが包帯の上から火傷の箇所を触ると、サクラはくすぐったそうに手をパタパタと動かした。あどけないその様子に、るいはほっと胸を撫でおろす。 「エドガーに、謝らないとね」 サクラはじっとるいの目を見て微笑んだ。笑顔なのに、サクラに叱られている気分になる。 きっとエドガーは、大人げないるいの態度に失望しただろう。いくらサクラを心配したからといって、不安になったからといって、怒っていたからといって。話も聞かずに無視するように飛び出してしまうなんて、最低だ。 サロンを出る直前に見た、エドガーの困った顔が瞼の裏に焼き付いている。瞳を閉じるとエドガーの溜息と落胆した声が聞こえてきそうで、まばたき以上の長さで瞳を閉じていられない。 「明日は、ピクニックに行くんだもんね」 自然の恵みの中でマナの力に触れた方が、傷の治りに良さそうだとの結論に至り、メルルが店番を免除してくれた。セイランの工房にお手伝いに行くはずだったアイリスとマーガレット、それにシキと3人で店番をするはずだったスノーも連れて6人で川辺に出掛けることになった。 「早く、寝なくちゃ」 言い聞かせるように呟くと、隣でサクラがもぞもぞと動いた。痛み出したのかと驚くが、意外にもサクラの右手はるいの頭の上に乗せられた。そして左右に何度か動かすと、サクラの手はベッドの中へ引っ込んでいく。どうやら頭を撫でられたらしい。それだけで安心できるのは何でなんだろう、アリスとは本当に不思議な存在だ。 「…ダメだな、私」 目を閉じたサクラに聞こえないように、呟く。目尻に溜まった涙が枕に吸収される前に、るいは静かに眠りに落ちた。 ピクニックは楽しかった。シキが川に落ちるハプニングも合ったが、持って行ったお弁当を食べ、ひなたぼっこをして、同じく遊びに来ていた家族連れとクロージーをして、アリスたちは4人で蝶々を追いかけて遊んだりした。 蝶を追いかけるアリスたちを眺めながら、るいはシキに昨夜の事を相談した。とはいえ、エドガーの説明をちゃんと聞かなかったせいで話せることも限られており、又聞きしたシキが状況を理解できたようには思えなかった。 「エドガー、びっくりしただろうねぇ」 「う…。本当、私最低だよね…!ちゃんと謝らなきゃ…」 「あ、ううん。そういうことじゃなくて」 レジャーシートの上でクッキーを食べながら言ったシキの能天気な言葉を、るいは理解できなかった。聞き返そうとしたが、聞き返す前にシキは立ち上がってしまう。 「うん。僕も嬉しいかな」 「…???」 にっこりと笑うと、シキはそう言い残して蝶を追いかけまわすアリスたちに加わって行った。5分後にうっかり川に落ちるとも知らずに。シキの真意は、るいにはとうとうわからなかった。 ピクニックの帰り、メルルの店の前でエドガーにばったり出会った。エドガーはるいを見て何か言いたそうに目を細めたが、口を開く前にサクラの元へ歩み寄ってその顔を覗き込んだ。 「サクラ。昨日は申し訳なかったな。手はまだ痛むか?」 問われたサクラは、もう包帯が取れていた手をエドガーの目の前に差し出した。自然治癒なのか、マナの循環に関係があるのかはるいにはわからないが、言われてもわからないぐらいにサクラの手の腫れや赤みは消え去っていた。 「守ってやれず、悪かった」 その言葉に、サクラはすぐに笑顔になる。そのやり取りを見て、るいは情けなくなった。生まれたばかりのはずのアリスの方が、自分よりよっぽど大人だ。 「エドガー、ちょっと頼みがあるんだけど」 「シキ!? お前なんでそんな濡れてるんだ!?」 「いや…、これには深い理由があって…」 そこまで言って、シキはちら、とるいの方を見た。え、何?とたずねるより一瞬早く、シキはるいに向かって可愛いウインクを飛ばしてきた。 「ちょっとはしゃぎすぎちゃって。アリスたちお腹減ってるんだけど、僕この通りずぶ濡れだからさぁ。悪いんだけど、るい君に蜜菓子持たせてあげてくれないかな?」 「え、シキ…!?」 「るい君、エドガーと一緒にサロンに行って、蜜菓子買ってきてくれる?エドガー、帰りはちゃんとるい君送ってあげてね」 「あぁ、わかった」 「え、ちょ…!」 そう言うとシキはアリスたち4人を連れてメルルの店へと入って行ってしまった。残されたるいは挙動不審になりながらシキを追いかけようと思ったが、エドガーに 「行こうか」 と声をかけられてしまい、従うしか選択肢がなくなってしまった。 |