What's your name?

ゆらゆら。ゆらゆら。
まるで揺りかごに寝かされているように柔らかくて。
ゆらゆら。ゆらゆら。
まるで母親に抱かれているように優しい。

目蓋を閉じていても目映い光が目に届き、ゆっくり目を開けば光はいっそう強く届く。

ここは、この場所は..................

◆  ◇  ◆

「っ...ここは......?」

鈍い頭の痛みと共に目を覚ますと巨大な樹木が生い茂る森に寝ていた。見渡す限り視界に入る色は青葉の色とそれを支える幹の色。木々の隙間から申し訳程度に溢れ落ちた日の光が顔を照らしていた。

(ここはどこなんだろう。)

起き上がってきょろきょろと辺りを見れば辛うじて形を残している木箱や樽が落ちていた。まるで高い所なら落とされたような壊れ方。調べてみれば樽の中にはりんごや梨、ぶどう等の果物、木箱には釘やハンマー等の工具類。
どうしてこんな物が森に落ちているのかはさておき、落ちてるものだから別に良いよねと樽の中の果物を食べ渇いた喉を潤し、それが終わるとまた辺りを探索する。

身の周りを調べ終わり、今度は木の向こう側に行ってみようと大きな木の根を乗り越えた。

「檻?」

木の向こう側には中身が空っぽの檻が落ちていた。
こちらも高い所から落とされたのか地面に大きく食い込み、檻の鉄格子は無惨にもひしゃげていた。

「何が入っていたんだろう......」

大きさから大型犬よりちょっと大きい位の動物が入っていたのかもしれないと勝手に推測してみるが分かるわけがない。
一人立ち尽くして考え込んでいるとすぐ近くの茂みが揺れた。風が吹いたせいだろうか。目を覚ましてから今まで、サワサワと心地の良い風が定期的に吹いてくる。そのせいだろうかと考えたが違うようだ。茂みの奥で明らかに風ではない何かが動く音がした。
物音を立てないように気を付けながら慎重に茂みに近付いたらそこにあるのは鳥籠。中に一羽の鷲が閉じ込められていて、鷲はこちらに気付くと羽を広げ低い威嚇するような声を出した。籠に触れようとすると手を突かれそうになったので慌てて手を引っ込める。

「大丈夫。大丈夫だから......ね?」

今度は鷲を刺激しないように腰を屈めてゆっくりと近付いた。鳥籠を茂みから引き出して見てみると小さい割に頑丈に作られていることがわかった。入り口には大きな錠前が掛かっているので鍵を探さないと開きそうにない。

「困ったなぁ......」

どうにかして鳥かごを壊す方法はないだろうかと考え倦ねていると後ろから木の葉を踏む音がした。誰か来た。ぱっと後ろを振り向くと一匹の狼が立っていた。

それは灰色の狼だった。大型犬より一回り大きい位の体格。体毛と同じ色の凛々しい瞳が真っ直ぐにこちらを見ている。
開かれた口からは低い唸り声が漏れて剥き出しの敵意は恐怖心を煽り、冷たい汗が頬を伝う。だがそのあまりの美しさに目を離すことも逃げることもできない。ほぅと自然と口から息が出た。

「動くな。動いたら...殺す。」

時が止まったかのように見つめていた、それを動かしたのは狼の口から発せられた人の言葉。唸り声が出ていた口から今、確かに人の言葉が聞こえた。

いきなりのことに驚くも、狼が喋った事に意思の疎通が図れるのなら、いきなり襲ってくることはないのではないか。
恐怖心はいつの間にか消えていて、その代わりに出てきたのは好奇心。人語を話すかれと話してみたい。
そう思って話しかけてみた。

「ねえ、君は...この子のお友達なの?」

話しかけられると思っていなかったのか狼は驚いたようで目を大きく見開いて、その顔はすぐに威嚇する顔に戻った。

「......そうだけど。」

「だったらこの錠の鍵がどこにあるか知ってる?それがあればこの子を出してあげられるんだけど......」

私の言葉に疑うような視線を向け、狼は少し考え込むような素振りを見せた。風が吹き、狼の耳がピクピクと動く。
しばらくそうしていると踵を返してどこかへ行くと鍵束を咥えて戻ってきた。

「鍵...多分この中にある。」

それを受け取りさっそく錠に合う鍵がないか探し出す。

「これ...違うな。じゃあこれ?」

たくさんある鍵をひとつひとつ確かめていく。数えることを止めた辺りでようやく当たりを見つけた。

「...ギャウ。」

「ありがとう、てさ。」

「どういたしまして。」

鷲君は鳥籠から出ると体を伸ばしてこちらを見、何かを言う。狼君の翻訳だととりあえずお礼を言っているらしい。ジト目なのだが...
言葉と表情が伴わないのに笑うとプイッと顔を逸らす。そして二匹は向かい合い話し始めた。

「キュウキュー、キュウキュイ?」

「ガウ!グルル...」

首を傾げる鷲君に頷く狼君。なんとなく何を話してるのかわかる気がするんだけど...

「えと、何を話してるの?」

口を挟めば二匹は私を凝視した。姿勢を正してそれを受容していると鷲君がやれやれと言いたげに羽を広げて私に近付きじーっと見上げる。その目が少し柔らかくなったように感じて信用してもらえたんだと直感した。
避けられるかなと恐る恐る手を伸ばすと動かずじっとする鷲君に顔が綻ぶ。背中を羽の流れに沿って撫でると目を細めて気持ち良さそうにして、それを見た狼君は触って欲しそうにこっちを見た。

最初の警戒の仕方から人が嫌いなのかと思えばそうではないようだ。念のため触るよと声をかけてから触った。

「僕はロキ!それでこっちはルークだよ。さっきは酷いこと言ってごめんね。ルークを助けてくれてありがとう。」

「鳥籠に閉じ込められてるのを見て放っておけなかっただけだよ。私はコミヤカズハ。ロキ君にルーク君だね。」

「くんはいらないよ。ロキって読んで!」

嬉しそうに揺れる尻尾を見てもう大丈夫そうだったので思いきってロキに抱きついてみた。ロキの灰色の毛皮はふわもこでとても肌触りがよくて気持ちいい。私の突然の行動に戸惑うロキに迷惑だった?と聞くと大丈夫だと言ってくれた。

「そういえばロキって、もしかしてあそこにある檻に閉じ込められてたの?すごく壊れてたけど大丈夫だった?」

後ろにあるひしゃげた檻を指差せばそうだよと肯定の言葉が返ってくる。

「空に飛ばされた時はどうなるかと思ったけど側に悪魔の実があったからね。食べたら喋れるようになったし、小人になることもできるんだ。」

「悪魔の実?」

「知らないの?悪魔の実って言うのはね、食べたらカナヅチになるけど不思議な力が得られる実なんだよ。」

見ててそう言うとロキの体はみるみる縮み始めた。フサフサの耳は人間と同じものに変わり。鼻も低くなった。毛深いのは変わらず、人というより小さな狼人間といったところだ。掌に乗るサイズまで縮んだ彼を手に乗せしげしげと観察する。

「すごい...!!」

「僕はヒトヒトの実モデル“小人”を食べたみたい。だから人の言葉を話せるようになったんだよ。」

「そんな実があるんだ...」

初めて耳にする言葉だけどロキもルークも当たり前のように話すので、私が知らなかっただけで有名な話なのだろうか...?そんな実があるなんて今まで聞いたことない、今日初めて聞いた話だ。

(あれ?そういえば私...)

そこで私は大変なことに気付いてしまった。今まで気付かなかったのが不思議なくらいとても大事なこと...それはそれに気付くのと同じタイミングでロキから問われた。

「ねえ、カズハはどうやってここに来たの?」

「わかんない...」

「えっ?!」

「わかんない...どうして森の中に?どこから?そもそも...そもそも私は誰なの...?」

どうして気付かなかったんだろう。私に目が覚める前までの記憶がなかったことに......
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