01

涙は自然に流れるもの。

チッチッチッと一定のテンポで秒針が進む。それと並行してカリカリと文字を書く音が。タイマーの時間があともう少しで0になると言うギリギリでそれは勢いよく叩かれた。

「ま、間に合った!!」

げっそりと疲れた顔で彼女は歓喜の声を上げる。その様子に隣に座る者がつまらなそうな顔をした。

「なんだ。あともう少しだったのに。」

「そのあともう少しであんたの教え子が怪我するところだったんだけど?」

はいと奈々緒は数字や記号がたくさん殴り書きされた紙を彼に渡す。

「......結構難解な問題を出したつもりだがまさか時間内に解くとはな。前より問題の取っ掛かりを掴むスピードと解くスピードが上がった。良い調子じゃねーか。」

「そりゃあ自分の命が懸かってるもん。」

ちらっとタイマーを見る。本当にギリギリだった。あとカンマ数秒であれが爆発していたらと思うとぞっとする。

「本ト疲れた。もうしばらく数学は解きたくない。」

「よくやったな。今日はこれで終わりだ。」

「ヤッター...」

糸の切れた人形のようにがくりと机に突っ伏す。
何分かそうして働き詰めだった脳を休ませていると下から電話のなる音が聞こえた。それはしばらくすると止んだのでお母さんが取ったのかなと思っていると部屋の扉が叩かれる。どうぞと言うとそこから弟が顔を出した。

「姉ちゃんいる?浅野さんって人から電話。」

「...今行く。」

弟の口からまさかの人が出た。おおよそ明日の話だろうと当たりをつけ下に下りるとお母さんが相手と話していた。

「今来ましたので換わりますね。」

受話器を受け取りもしもしと応対すると聞き覚えがあり過ぎる彼の声が聞こえた。

◆  ◇  ◆

「私としては是非とも君に本校舎に復帰して貰いたいんだが...」

「はぁ...」

今私の前に座っている人は浅野學峯。この学園の理事長で昨日の電話の相手だ。先程まで行われていた集会が終わった後に理事長室に来てほしいと言われた。終わった後すぐに理事長室に向かい入ると一言目に言われた言葉がこれだ。

「君はかの有名な武道家、雲雀源隆げんりゅう先生の弟子。彼は素晴らしい教育者だとも聞いてる。そんな彼から教えを乞うた優秀な人材がE組に埋もれていいはずがないと思ってるんだが、どうかな?」

「まあ私はあまり実感がないですが...師匠はかなり素晴らしい人だと言う話は何度かお聞きしたことがあります。ですが私がE組に落ちたのと師匠の話は全く別ですよね?」

雲雀源隆とは私の師匠の名。知り合いの紹介で四歳の頃から武術や礼儀作法等色々なことを学んだ。師匠は元々家が名家で顔が広く、浅野理事長と知り合ったのも師匠が縁である。

「君がE組に落ちるきっかけになった件、あれは赤羽業君が原因で君は不本意に巻き込まれたそうじゃないか。」

「そう...なりますかね?でもそれはただの言い訳でしかないと思っています。確かに無理矢理引っ張られて巻き込まれましたが...いつでも逃げることができましたし、先生を呼んで止めることもできたと思っています。」

「君にも責任があると言いたいのかな?」

「はい。それに私は今まで大野先生に庇ってもらいましたが数々の暴力事件を起こしてきました。なのでE組に落ちたのは然るべき罰だと...少なくとも私はそう思っています。」

御託はいいから早く終わってくれ!その時私は切に願った。
その願いが通じたのか理事長はそうか気持ちが変わったらいつでも連絡してくれと言って解放してくれる。もうこれ以上本校舎の空気に浸かって堪るかと思った私は理事長室から出るとすぐ近くの窓から出て旧校舎に戻った。

集会に出るよりどっと疲れた。あの場所だけはあまり行きたくないなと一つ息を吐いて教室へ向かう。

教室に入るといつもより少し賑やかで、ある一点に人が集まっていた。するとそこから軽やかな足取りで近づいてくる者がいた。

「ナオ!」

「スズ...?」

その者が誰かわかると開いた口から自然と彼女の名前が出てきた。

「え!ちょっとどうしたんですか?!?!!」

「え?」

頬に何かが伝う。それが自分の目から溢れた涙だとわかるまで随分時間がかかった。懐かしさと嬉しさが込み上げハハッと笑い声が漏れる。
駆け巡るのは今でも鮮明に覚えている十年前の記憶。

「また会えるから。」

そう言って消えてしまった少女、藤塚涼花が目の前にいた。