藤塚涼花は私の大切な親友である。出会いは私が四歳の時。弟と二人で町で迷子になって途方にくれている時に声をかけてくれたのが涼花だ。一緒にいた時間は一年くらいととても短いけれどその一年の出来事は今でも鮮明に、鮮烈に忘れることができない記憶として私の脳裏に焼き付いている。涼花と過ごす一年はそれだけ強烈だったのだ。何せ彼女と出会ってから様々な出会いがあり、見聞き経験したことが今の自分を形成しているのだから。
「スズ久しぶり。元気だった?」
涼花は記憶よりも大人びて綺麗になっていた。当たり前だ。私達は十年近く会っていない。
「うん。お陰様で、色々心配かけちゃってごめんね。」
へにゃと破顔する様も照れくさそうに頬をかく仕草も昔と何も変わらない。それがとても嬉しくて自然と頬が緩む。ふとこれは都合の良い夢を見ているのではないかと錯覚してしまいそうになるほど。彼女の存在を確かめるように私は手を伸ばして彼女の頬をつねった。良かった。本当に今、目の前に彼女は確かに存在している。
「にゃにするの...」
「つい。」
出来心でと言えば仕方ないなーと微笑んでいたずらだって許してくれるのも、私の不安を感じとってか両の手を取り額を合わせて大丈夫だよと優しく言い聞かせてくれるのも昔と同じ。それがとても嬉しくて涙が溢れる。
「もう、私より背が高くなったのに泣き虫なのは変わらないんだね。」
「それだけ嬉しいんだよ。ばーか。」
私がどれだけ心配したと思ってるんだ。甘えるように彼女の肩に顔を埋めると涼花は背中に手を回しぽん、ぽんとあやすように叩く。その好意を甘んじて受け入れされるがままになってしばらく。複数の視線を感じてここが教室だということを思い出す。ぱっと顔を上げると複数人と目が合うがすぐ彼らは何も見てないと言うように顔を逸らした。ただ一人を除いて。
「......何よカルマ。」
「別にぃ......」
なぜか不貞腐れているように見える彼との間に気まずい沈黙が流れる。それを打ち破ったのは涼花の「そういえば」という声だった。
「そういえばナオに渡したいものがあって...忘れちゃう前に渡しておくね。はい、家光さんからのお手紙です。」
家光...それは父親の名前。なぜ、今ここで、今まで会っていなかった親友から父親の名前が出るのか。その衝撃でさっきまで止めることができなかった涙がすぐに引っ込んだ。はいっと私の気持ちを知らず涼花は手紙を差し出すので嫌々受け取る。
それは葉書サイズの封筒に蝋で封をされていた。刻印には父と文字が刻まれている。このふざけた感じ、間違いなく自分の父親がやったものだ。意を決して封を開けると中に爽やかな香りがする二つ折りにされた便箋が一枚入っている。
「なんでしょう...柑橘系の良い匂いがしますね。」
涼花は手を扇ぎ便箋の匂いを嗅ぐ。それを横目に便箋を開くとそれは何も書かれてない真っ新なものであることがわかった。あららと涼花は口に手を当てる。
「...ああ、そう言うことね。」
少し考えて父親の意図を理解したので踵を返して向かうは職員室。
「イリーナ先生。ライター貸してください。」
「へ?いきなりどうしたのよ。」
「何をするんですか?」
「炙り出し。」
後を着いてきた涼花を見てイリーナ先生が誰?と見るが説明は後回しだ。
炙り出しは紙に塩水やミカン等の汁で文字や絵を描く、その紙を火で炙ると書いた物が浮かび上がると言うものだ。ライターで白紙の便箋を炙ると思った通り、文字が浮かび上がる。そこには、
“家の事は任せた 父より”
「なんて書いて...って、燃えてるよナオちゃん!!」
「いいの。こんなもの燃やしてしまえ。」
「いやいや駄目だよ!」
たった一文を伝えるためにこれだけ手間をかけるのは常にふざけた思考をしている我が父親らしい。
涼花は近くにあった花瓶の水をかけて火を消し、真ん中が燃えて穴が空いてしまったがかろうじて読めるそれを読み、苦笑を漏らした。
「家光さんらしいね。」
「あいつ帰ってきたら覚えとけ。」
「家光さんも家光さんで忙しそうだったよ。あんまり責めないであげてね。」
「わかってる。けど一発は絶対殴る。」
腕が鳴るわと組んだ手を鳴らす。お手柔らかにと涼花は笑った。
「で、あんた誰なの。」
「「あ。」」
いい加減痺れを切らしたイリーナ先生の言葉にすっかり存在を忘れていた私たちの声が重なった。
「すみません挨拶が遅れてしまいました。今日復学しました。藤塚涼花と言います。」
そう言って彼女はお辞儀をする。
「今日新しい生徒が来るって連絡なかったけど...」
訝しがる先生。そこで説明はあちらでと殺せんせーが職員室に入ってきた。
投稿日:2018 / 02 / 07
最終更新日:2026 / 10 / 08
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涙は自然に流れるもの。