『機会があったらナオちゃんに話しかけてみてください。ちゃんと応えてくれますから…』
そう言って笑った涼花さんの顔が頭から離れない。
私は、私達はずっと沢田さんを避けていたのかもしれない。線引きをしていたのは沢田さんじゃなくて私達…確かに今までちゃんと話してみようと思ったことはなかった。ただ関わらない方が良いと思って何もしないでただそこにいただけだ。
聞いた話では茅野さんが話しかけたら普通に受け答えをしていたらしい。ただそれは茅野さんが渚のように……だからだと思っていた。
今度話す機会があったら迷わず声をかけよう。そう決めたけどいざそれをするとなれば話は別で…なんて話しかければいいのかわからない。今まで避けていたのに急に手の平を返したように話しかけても拒まれると思っていた。
だから涼花さんが倒れて運ばれた後、不謹慎ではあるが今しかないと思った。
「ねえ沢田さん。良かったら私と組まない?」
勇気を出して振り絞った声は上擦っていて我ながら酷い声だと思った。沢田さんは何を考えているのかわからない。でもその顔が怪しんでるように見えて口早に捲し立てる。
「沢田さんって私と同じでタッパあるでしょ。だから組みやすいかなって、それにほら!さっきの涼花さんとの試合で、っていつも思ってたけど沢田さんのナイフ捌きキレがあって、私もそういう風にできるにはどうすればいいのかなって。」
「私は別に…昔からやってるだけで大したことないし。」
「そんなことないよ。良ければ教えてくれないかな?」
沢田さんは少し考えて素っ気なくだがいいよと答えた。
「何が聞きたいの?私が答えられる範囲でなら答えるよ。」
「いいの?ありがとう!…とは言ったものの、何をどうしていいのか私にもわからないんだけどね。」
「じゃあ私に何撃か当てて来て。」
そう言って静かに構えた彼女にごくりと唾を飲んだ。
行くよと言って沢田さんに斬りかかる。何度か攻撃した後で手を止めると沢田さんも動きを止めて考えてこんだ。
「どう?」
また声が上擦った。
「…片岡さんは急所を狙いすぎてる。身長でどうしても高くなるのはわかるけど他も狙わなきゃ。」
「他?」
「今はみんなナイフを使い始めたばかりだから当てやすい胴体に攻撃が集中しやすいの。でも構えて。」
言われるままに構えると痛かったらごめんと言って攻撃される。腕と足に痛みが走り体を屈めた所に足払いでさらに体勢を崩される。起き上がろうと顔を上げた所で首にナイフを当てられた。
「こういう風に腕と足、特に足を狙うと相手の体勢が崩れる。もちろん動きは鈍るから次の攻撃を当てやすい。」
「な、なるほど。」
「経験則だけど特に自分の力を傲ってるヤツは体勢を崩されたり、不意を突かれると動揺して実力が出せない。だからああいうふざけたヤツにも効くと思うよ。」
経験則。その言葉に思うところもあったけどその前に沢田さんのアドバイスはとても身になることだった。
「ねえもう一回やってもいい。」
その声に彼女は嫌な顔をせずに頷いてくれた。
その後言われたことを取り入れながら二回やったが沢田さんに一撃も当てることはできなかった。
「ぜ、全然当たんない。」
肩で息をする私に対し沢田さんは平然と立っている。私よりも沢田さんの方が動いてたはずなのに…
「どうやって避けてるの?」
「慣れって言うのもあるけど一番はやっぱり片岡さんの目線。」
「私の…」
「目線でどこを狙うかわかるから…違う方向を見たりフェイントかけたり。相手に次の動きを気取られないようにすると良いよ。」
「そうなんだ…私全然駄目ね…」
力の差が歴然としてつい弱気になってしまう。そんな私に沢田さんはそんなことないと思うけどと呟いた。
「最初より動きが良くなったよ。リーチが長い。それにもともとナイフを振るの速いから練習すればもっと良くなる。」
「沢田さん…」
まさか沢田さんが気遣ってくれるなんて…正直に言うと意外だなって思った。
「あんた達集まりなさい!烏間からの伝言よ。涼花の向かえが来るからナイフ隠しなさいってね。」
ぼーっとしているとビッチ先生が来たので集まる。伝言通りにすると黒塗りの車が猛スピードでやって来た。
車から出てきたのはスーツを着た長身の女性。右目を前髪で隠していて腰より長い髪を後ろで一つに結んでいる。
「若いな。涼花さんの姉ちゃんか?」
「でも似てないよ。」
涼花さんの目は穏やかな弧を描いているが女性の目は切れ長でつり目。固く結ばれた口といい性格がきつそうな印象を受けた。
「あ、涼花さん出てきた。」
顔は青白いままで足取りも覚束無い。烏間先生に支えられながら出てきた彼女を見て女性はわなわなと震えた。
「お、お嬢様!!!!」
「「「「お嬢様?!?!?!??」」」」
「ああお嬢様ご無事でしたか?倒れたと聞いて心臓が止まるかと思いました。」
「ご、ごめんなさい…無理しないって話なのに。」
「良かった…あなたが無事で。これ以上はお体に障ります。さあ今日はもう帰りましょう。」
烏間先生から涼花さんの荷物が受け取り彼女を支えて車へと促す。涼花さんはふらふらと車に乗り込んだ。女性は烏間先生と私達に頭を下げると帰った。
「ねえねえ沢田さん!今のどういうこと!!」
「お嬢様!お嬢様なのか?!」
「…そう、それもかなりの。」
車が去った後沢田さんに説明を求める声が上がる。沢田さんは嫌そうに顔を歪めるとしばらくして答えた。
「でもじゃあなんでここにいるんだ?」
このエンドのE組に。お嬢様なら体裁とかあるんじゃないのか。その声に彼女はスズの意思だと答えた。
「あいつの義親があいつの意思を尊重してこうしてるんでしょ。じゃなかったら大金積んで本校舎に戻してる。」
「……………」
「何よ。」
「いやなんか…今まで悪かったな。」
「はぁ?」
「あれぇ〜奈々緒が珍しく人と馴れ合ってる。」
「その口、二度と開かなくしてやろうか?」
私達の視線に沢田さんは怪訝な顔をする。それはすぐに怒りへと変えたけど。
私達はずっと思いこんでたんだ。沢田さんは誰とも関わらないだろうって、私達に一線を引いてるって、でも違った。涼花さんの言う通り、彼女はちゃんと応えてくれた。
「沢田さん!次は私に教えてくれないかな?」
「お!俺達も教えてもらおうぜ!!」
「いいなそれ。沢田!俺達にもなんかアドバイスあったらくれよ。」
自然と人の輪ができる。その中心で眉間にシワを寄せて嫌そうにしてるけど前みたいに怖そうだ。なんて感情は生まれなかった。