01

わかってる。

時が経つのは早い。あれほど待ち遠しかった修学旅行が明日に迫っている。沢田家では奈々緒が持ち物の最終確認をしているところだった。
持っていく荷物を床に広げ忘れ物はないかとメモ帳を見つめる彼女の耳にごそごそと怪しげな音が入る。奈々緒はメモから目を離すことなくそれを摘み上げたそれは人の形をした黒い毛玉だった。

「ぐぴゃ!」

「はいはいランボ君どいてー。荷物入れられないでしょ。」

カバンに潜り込もうとした彼を膝に乗せ、またメモに顔を戻す。膝の上の彼がぷるぷると震えていることを知りながら。

ランボはいつも遊んでくれる姉のような存在が遊んでくれない、まして自分をぞんざいに扱われることに我慢ができなかった。あのテストと言う意味のわからないものがある時でも姉は遊んでくれたしこんな風に扱わなかった。その事実が彼の小さい堪忍袋を破裂させた。

「ランボさんを無視するなーーー!!!!」

振り上げた腕はタイミングの悪いことに奈々緒が持ったメモ帳に当たる。それは勢いよく奈々緒の顔面に叩きつけられた。それがランボの顔に落ちても奈々緒はぴくりとも動かない。

これはヤバイ。幼い子供は空気の機微を敏感に察知した。
部屋の隅まで下がり自分は悪くないと呪文のように唱える。

その時奈々緒も必死に彼は悪くないと言う言葉を反芻していた。悪いのは無視していた自分であると、彼はただ構って欲しかっただけだと。

この時奈々緒は相当なストレスを溜め込んでいた。
親友と別の班になったならいざ知らず。苦手な相手が同じ班になったことを良いことにウザ絡みが激しくなった。そのせいで最近はずっとイライラしている。そしてこれまたタイミングの悪いことに憂さ晴らしにもなる幼馴染みとの挨拶(物理)もなかった。

なにもかもタイミングが悪かっただけだ。

「姉ちゃん。母さんが明日の準備終わったか?だって。」

「うわぁ〜んツ゛〜〜ナ゛〜〜〜〜!!!!」

「ランボ!お前また姉ちゃんの邪魔してたのか?!」

部屋を開けるなり救世主が来たと飛びかかってきた弟分の涙に大体の事情を察した奈々緒の弟綱吉。そこでようやく奈々緒は動いた。

「ツナ…ナイスタイミング。」

「顔が怖いよ!!」

引き攣った笑い顔。頭に浮かぶ青筋を見て情けない悲鳴を上げる二人。逆に奈々緒の精神は落ち着きを取り戻していた。

「ほらランボおいで。怒ってないから。」

「嘘だもんね!!ランボさん騙されないもん!!」

手を広げて己を求める姉にランボは綱吉の服を握る力を強めた。あそこにいったら殺されると頑なに信じて疑わない彼は、

「そっか、じゃあこの飴玉は要らないよね。」

「ランボさんはぶどう味の飴玉がいいもんね。」

「変わり身はやっ!」

奈々緒が取り出したお菓子を見て態度をころっと変えた。

「ランボ君ごめんね…私明日からちょっと旅行に行くからその準備で忙しいんだ。」

「ランボさんも行くの?」

「ランボさんはお家でお留守番。美味しいお土産たくさん買うから我慢できる?」

「ガハハ!ランボさんは我慢の子だもんね!おりゅすばん?くらい簡単にできるもんね。」

「お前絶対意味理解してないだろ!!」

「うんうん。ランボ君は偉いね。じゃあ私の準備手伝ってくれる?」

「ランボさんに任せろ!!」

ちゃっかり手伝わされているランボは綱吉のツッコミなんて耳に入るわけもなく、こうして沢田家の夜は更ける。

深夜。いつも一緒に寝る子ども達がいないので家中を探した奈々緒の母は奈々緒の部屋で一緒に寝る子ども達を見てあらと声を上げる。子ども達に潰されて魘される実の娘の姿を見ておやすみなさいと静かに扉を閉めた。