01

わかってる。

時が経つのは早い。まだ時間があると思っていた修学旅行が明日に迫っている。沢田家では奈々緒が持ち物の最終確認をしているところだった。持っていく荷物を床に広げ、忘れ物はないかとメモ帳を見つめる彼女の耳にごそごそと怪しげな音が入る。奈々緒がメモから目を離すことなく音の正体を摘み上げたそれは人の形をした黒い毛玉だった。

「ぐぴゃ!」

「はいはいランボ君どいてー。荷物入れられないでしょ。」

カバンに潜り込もうとした彼を膝に乗せ、またメモに顔を戻す。膝の上の彼がぷるぷると震えていることを知りながら。

ランボはいつも遊んでくれる姉のような存在が遊んでくれない、まして自分をぞんざいに扱われることに我慢ができなかった。あのテストと言う意味のわからないものがある時でも姉は遊んでくれたしこんな風に扱わなかった。その事実が彼の小さい堪忍袋を破裂させた。

「ランボさんを無視するなーーー!!!!」

振り上げた腕はタイミングの悪いことに奈々緒が持つメモ帳に当たり、勢いよく奈々緒の顔面に叩きつけられた。それがランボの顔に落ちても奈々緒はぴくりとも動かない。

これはヤバイと幼い子供は空気の機微を敏感に察知して部屋の隅まで下がり、自分は悪くないと呪文のように唱える。

奈々緒も必死に彼は悪くないと自分に言い聞かせていた。悪いのは無視していた自分であると、彼はただ構って欲しかっただけだと。

この時奈々緒は相当なストレスを溜め込んでいた。
親友と別の班になったならいざ知らず。苦手な相手が同じ班になったことを良いことに、いつもより絡んでくるだけでは飽き足らずさりげなく触れてくるようになったからだ。

原因は班決めの際に肩を抱き寄せられたのに何も抵抗しなかったからだろう。抵抗しなかったのではなくあれよあれよと勝手に決められてしまい抵抗する暇を与えられなかったからなのだが、それ以来ことある事に髪や頬に触れようとしてくるのだ。

逃げようにも班の集まりがある時はそうもいかず、必ず隣に座って話の途中で触れてくる。もちろん席を移動したり手を叩いて拒絶はしてはいるのだがそれでも反省せず周りも止められない。二回三回と集まりを重ねる度にそうなるのでついには他の班員に呆れ半分微笑み半分に見守られる。

そのせいでずっとイライラしていて、これまたタイミングの悪いことにガス抜きにもなる幼馴染みとの挨拶(物理)もなかった。

なにもかもタイミングが悪いだけだった。

「姉ちゃん。母さんが明日の準備終わったか?だって。」

「うわぁ〜んツ゛ナ゛〜〜〜〜!!!!」

「ランボ!お前また姉ちゃんの邪魔してたのか?!」

そんな重苦しい空気を破ったのはドアをノックする音で、部屋を開けるなり救世主が来たと飛びかかってきた弟分の涙に大体の事情を察した奈々緒の弟綱吉はこらと叱る。そこでようやく奈々緒は動いた。

「ツナ…ナイスタイミング。」

「顔が怖いよ!!」

引き攣った笑い顔に頭に浮かぶ青筋を見て情けない悲鳴を上げる二人。逆に奈々緒の精神は落ち着きを取り戻していた。

「ほらランボおいで。怒ってないから。」

「嘘だもんね!!ランボさん騙されないもん!!」

手を広げて己を求める奈々緒にランボは綱吉の服を握る力を強めた。あそこにいったら殺されると頑なに信じて疑わない彼は、

「そっか、じゃあこの飴玉は要らないよね。」

「ランボさんはぶどう味の飴玉がいいもんね。」

「変わり身はやっ!」

奈々緒が取り出したお菓子を見て態度をころっと変えた。

「ランボ君ごめんね...遊んであげたいんだけど明日からちょっと旅行に行くからその準備で忙しいんだ。」

「旅行?ランボさんも行くの?」

「ランボさんはお家でお留守番。美味しいお土産たくさん買うから我慢できる?」

「ガハハ!ランボさんは我慢の子だもんね!おりゅすばん?くらい簡単にできるもんね。」

「お前絶対意味理解してないだろ!!」

「うんうん。ランボ君は偉いね。じゃあ私の準備手伝ってくれる?」

「ランボさんに任せろ!!」

綱吉のツッコミなんて耳に入るわけもなく体良く働かされるランボを姉ちゃんの迷惑になるだろと回収しようとしたが、その手はやんわりと奈々緒に止められた。

「いいよ、最近構ってあげられなかったから。それよりツナはいいの?いつでもお姉ちゃんに甘えていいんだからね。」

「そんな恥ずかしいことできるか!!」

ツナなら年中無休で大歓迎だよと今度は弟を求める姉に弟は羞恥心があるがゆえに断った。そんな弟の反応につれないなーと口を尖らせる。

「ちゃおっす。」

そんなやり取りが行われている部屋に寝間着を身につけた赤子が訪れる。彼は軽い身のこなしで弟の肩に乗ると早く準備しねーと寝坊するぞと声を掛けた。

「もう荷物詰めるだけだからそんなに時間かかんないよ。」

「そうは言ってもな、ナオは一番忘れちゃいけねーものを入れ忘れてるぞ。」

一番忘れてはいけない物がわからずはてと首を傾げる奈々緒に赤子はん、と机を指差す。そこには辞書が置かれていたので綱吉は思わず、

「何言ってるんだよリボーン。あんな辞書は修学旅行に必要ないだろ。」

と笑う。そんな綱吉に奈々緒は違う違うと手を振った。

「あれね、修学旅行のしおり。」

「あんな分厚いしおりがあってたまるか!!あんなに分厚いしおりが必要な修学旅行って何泊?コピー用紙に切れ込み入れて本にしたやつで十分じゃん!!」

綱吉のキレッキレなツッコミに奈々緒はうちの子は芸人としても大成できるのではなかろうかと弟煩悩全開に考えた。

「旅行に持っていくには重すぎるからちゃんとまとめてるよ。」

ほらここにと指差す先は自分は読めるんだと得意気に逆さになったメモ帳を広げる弟分の姿。

「そうか、ならついでにこれも持っていくといいぞ。」

そう言って机の上のしおりから付録を切り出して奈々緒に差し出す。

「付録も大分ページがあるから嵩張るんだよ?まあ地図系の付録は持っていこうかな...あ、ツナにはこの付録あげる。お姉ちゃんが旅行に行ってる間これ作って待っててね。」

「何これ?ペーパークラフト?」

初回特典の組み立て紙工作金閣寺を綱吉に渡し、地図とそうでない付録に仕分けて何かしらの役には立つでしょと手持ちのカバンに詰める。

その後も雑談しながら荷造りをして終わった頃にはとっくに就寝時間になっていた。そろそろ寝るかと弟達を部屋から見送ろうと立ち上がる奈々緒は扉の外で邪魔しないように静かに見つめるあと二人の弟分達に気付いて苦笑した。今日は一緒に寝る?と聞けばぱっと顔を輝かせて懐に飛び込む彼らを愛おしそうに見つめて頭を撫でる。

「ツナも一緒に寝る?」

「だからそんな恥ずかしいことしないよ。」

うんざりとした口調の弟の頭を同じように撫で、おやすみと言えば顔を真っ赤にして子ども扱いするなよと声を荒らげて出て行ってしまう。そんな弟も慈愛のこもった瞳で見つめて部屋の明かりを消した。

こうして沢田家の夜は更ける。

────深夜。

いつも一緒に寝る子ども達がいないので家中を探した奈々緒の母は奈々緒の部屋で一緒に寝る子ども達を見てあらと声を上げる。子ども達に潰されて魘される実の娘の姿を見ておやすみなさいと静かに扉を閉めた。

投稿日:2018 / 02 / 09
最終更新日:2026 / 10 / 17