おかしい。昨日から静かすぎる。
新幹線以来カルマが大人しいのだ。あれほどしつこい相手が何もしてこない。その事実が奈々緒を警戒させた。何か企んでいるのではないかとそれが杞憂とも知らずに。
「沢田さん、気分悪いの?大丈夫?」
「うん…ちょっとね。」
彼女の様子がおかしいことに逸早く気付いた渚は奈々緒の体調が悪いのではないかと心配したが奈々緒は要領を得ない曖昧な返事をするだけだった。
実際は涼花に釘を刺されたカルマが行動を慎んでいるだけなのだが、寝ていた奈々緒がそのことを知るはずもなく時間だけが徒に過ぎていく。
近江屋の跡地を通り、八坂神社を回り、少し休憩を取って祇園へ、その道の途中でも何もなく、奈々緒の不信感はますます増した。
「本当に大丈夫なの?」
やはり何かおかしい。いつもの彼女らしくない。
渚は訝しむ。いつもの彼女なら何を考えているのかわからない無表情で後ろを着いてくるはずだ。なのに今はそわそわと落ち着かない様子で周りを見ている。
隣で奥田が止めた方がいいのではと声を潜めて言うが奈々緒の様子はそれほどおかしかった。
「カルマ君沢田さんと何かあったの?」
「別にぃ。何もしてないよ。」
班の一番後ろを歩く一番事情通であろう彼に聞いてみた。彼はそう答えているがその顔はにこにこと実に嬉しそうに笑っていた。
「カルマ君…一体何をしたの?」
「俺は何にもやってないよ。」
白い目で見る渚。彼はカルマの言葉を信じていないようだ。だが彼は本当に何もしていない。
何かしたとしてもそれは涼花に言われた通りしつこく絡むのを止めただけだ。彼女には何もしていない。それだけなのに奈々緒は明らかに動揺している。その事実が彼を喜ばせた。
昨日からと言うもの、カルマは今までと違う接し方と言うものを模索していた。如何せんサドっ気の強いカルマは何をしても奈々緒が嫌がることしか考えられなかった。だから敢えて何もしないことを選んだ。押して駄目なら引いてみろと言うわけだ。結果は予想以上のものでカルマの笑みをより一層強くする。
悪寒を感じて身震いした奈々緒が辺りを見回すと満面の笑みでこちらを見るカルマの姿。ニタニタと笑う彼に鳥肌が止まらない。
本当に何をする気なのだ。いや、まさかもう何かされた?
奈々緒の思考は堂堂巡りを始め収拾がつかなくなっていた。
彼女は別の場所で観光を楽しんでいるだろう親友に助けを求めたが来るはずもなく、最悪な状況は続いていくのだった…
誰かに助けを求められた気がした。空を見上げるが澄み渡る晴天が目に入るだけ。気のせい?いや違う。ならばこれは、
「ナオちゃん…?」
これは彼女からのメッセージだ。
すぐ隣で赤面の寺坂があ?と声を出すが涼花はどこか遠くを見るだけ。
「それよりこれどうにかしろよ。」
「あ、そうでしたね。ごめんなさい。」
カルマが何かしたのではないかと不安になるがまずは目の前のことをどうにかしないといけない。
涼花は心の中で謝り彼女に話しかける外国人の話に耳を傾けた。