カルマは奈々緒がどうしてこんなことを聞いたのか考え倦ねていた。奈々緒は何か言い淀んでいるようだ。聞かせてと促してみたらしばらくしてからゆっくり語りだした。
「スズの家は藤塚家は...私の師匠の家と同じでかなりの名家でね。スズの祖母が藤塚家の当主だったけど、正直言ってかなりの糞よ。」
その祖母は藤塚の家に異人の血が混じることを毛嫌いしていた。だから涼花の母親が異人と結婚することを反対。涼花の母親は相手と駆け落ちして結ばれたようだ。
涼花の母親はしばらくはイタリアで生活していたようだが治安があまりよろしくないので涼花は母親と妹の三人で日本で暮らし始めた。涼花の祖母は次の跡取りが涼花の母親だったからちょくちょく様子を見ていたようだ。
「スズの妹は黒髪黒目。顔も母親に似たからパッと見、日本人にしか見えない。スズの祖母はその子をいたく気に入ってた。」
「その言い方、涼花さんは違ったみたいに言うね。」
奈々緒の語り方に違和感を感じたカルマが聞くと実際そうよと答えた。
「スズは青目ってのもあるけど、日本人に見えないでしょ?スズの祖母はそれを藤塚の家に異人の血が入った証としか見なかった...」
会えば必ずまだクタバッてないのかと人目を憚らず涼花を罵った。涼花は自分が嫌われるのは目が青いせいだと自分を責めた。
「自分の容姿なんて選べるはずもないのにね。私はスズ自身はもちろんだけどスズの綺麗な青い目が細められる優しい笑顔が好き。最初それを見たときは怒りでどうにかなりそうだった...」
「なんでその話を俺に?」
「...スズはいつも笑ってる。でもそれは自分を隠すために貼り付けられた笑み。本物だけどね。へらへら笑ってる奴ほど暗いものを持ってる。なんて言うでしょ?...だから協力して。」
カルマはその時、初めて奈々緒の目を正面から真っ直ぐ見た気がした。
「私はあんたが嫌いよ。粘着質でねちょねちょしてて、切っても切ってもしつこく絡みついてくる嫌な世界と一緒。あんたと仲良くなるなんて絶対嫌。」
彼女が嘘を言っていることはわかっていた。けれど吐き出された言葉がカルマの心を突き刺す。ずきりと痛む心に気付かない振りをしてカルマはそれで?と続きを急かした。
「...あんたと仲良くなんてなりたくない。でも私はスズを悲しませたくない。あいつは私がクラスに馴染めるようにっていろいろ画策してた。迷惑な話だけどそれを無下にすることなんてこと私にはできない。」
「...奈々緒はどうして一人になろうとするの?」
「あんたに話したってどうにもならない。」
「話してみないとわからないでしょ。」
「話せる訳がない。話したくない。...今は何も聞かないで。どうせこんなことになってるんだ。いつかわかるんじゃない?」
奈々緒は悲しげに顔を俯かせる。その目は涙を押し留めようと震えていた。
「私はスズにずっと笑ってて欲しい。ずっとなんて無理なのはわかってる。でもそうして欲しい。二度とあんな顔させたくない。スズの祖母は大分前に亡くなった。でもスズが辛い状況にいるのは変わらない。だから協力して、スズが笑えるように。」
「...協力してって、具体的に何をすればいいの?」
「もし何かあったらスズをフォローして欲しい。あとはなんでもいい。スズを笑顔でいさせてくれるならなんでも...酷い話だけど、そうすればあんたのこと少しは好きになれるのかもね。」
ぷいっと顔を逸らす彼女の耳は仄かに赤い。素直じゃないなとカルマは思った。彼女は嘘を吐くのが下手だ。自分を騙す嘘は吐けるのに人を騙す嘘が吐けない。仕方ない。カルマは手を差し出した。
「もちろん協力するよ。涼花さんは奈々緒の親友だもんね。」
改めてよろしく。そう言った彼の手を奈々緒はおずおずと握り返す。
「あんたとよろしくするなんて思わなかった...よろしく。カルマ。」
素直じゃないな。今度は口から零れた言葉に奈々緒はせっかく握った手を振り解いた。残念がるカルマに奈々緒は掻き込んで空にした器を突き返す。
まあいいか、これで。修学旅行は終わりに近付いているがこのクラスはまだ始まったばかりだ。焦らずじっくり進めばいい。襖を開けっ放しで出て行った彼女の後ろ姿を見つめカルマは独り思った。
02
素直じゃないんです。