山道が泥濘んでいるということもありなかなか速く歩けない。もたもたしているとカルマはすぐに追い付いてしまう。
「着いてこないでよ。」
「途中まで一緒だから仕方ないじゃん。」
それもそうだとはたと気付き立ち止まるとカルマも止まり笑った。
「奈々緒って結構抜けてるところあるよね。」
「う、うるさい!!」
図星過ぎて反論もできない。危険だが走って逃げようとしたら手を掴まれた。体を強張らせ構える私の眼前に何かを差し出す。
「涼花さんがいるから後で誘おうと思ったんだけどさ。」
それを受取り見てみれば、ケーキバイキングの無料券だとわかった。
「…何これ。」
「見ての通りだよ。親が貰ったのは良いけど…俺の親、海外旅行が趣味であんまり日本にいないからさ。だから、一緒に行かない?」
「無理。」
「即答って…まあそう答えるのは知ってたけどさ。今までの嫌がらせとかそういうの謝りたいからって言ったら駄目?」
券とカルマの顔を見比べる。彼の顔は申し訳なさそうな顔をしている。彼なりの誠意の表し方なのだろう。
「本当は涼花さんと一緒にいる時に誘って、奈々緒が断るの知ってるから涼花さんに後押ししてもらおうと思ったんだけどさ、それって中途半端じゃん。格好つかないから奈々緒が一人になるの狙ってたんだ。駄目かな?」
「…………はぁ、わかった。いいよ。」
カルマの目は至極真面目で、悪戯とか、何か企んでいるよう目をしていない。ケーキ食べ放題にも釣られかなり迷ったがOKを出すと凄く嬉しそうな顔をした。
「ありがとう。でさ、ちょっと問題があるんだけど…」
「何?」
「実は奈々緒誘うチャンスがあんまりなくて期限切れそうなんだよね。今週までだからいつ行ける?」
なんなら今から行く?と笑って聞いてくるが生憎用があるので無理だ。しかも今週はいろいろと立て込んでいるので行けそうにない。
「今週は忙しいから無理。」
「マジ?今日も?」
「今日も用があるの。これでも人待たせてるし…」
少し気落ちした様子のカルマに少し罪悪感を感じる。
心の中でケーキと用事を天秤にかけてみた。当然と言った風にケーキ側に傾くわけだが、あとはあいつを説得できるかだ。
「用事…無理かもしれないけど頑張ってどうにかしてみる。だから、いつでも行けるように空けてて。」
「本ト?」
「無理だったらごめん。」
「いいよ。俺のために空けてくれるんでしょ?」
「ケーキのためね。」
間髪入れずに修正すればムッとした顔になる。でもそれはすぐにいつも通りの食えない顔に戻った。帰ろうかとまた手を肩に回してきたが、あいつをどう説得するかで頭が一杯になり振り下ろす気にもなれない。それを都合の良い方に解釈してカルマは鼻唄混じりに歩き出した。
だがその歩みも数メートル歩けば止まることになる。次に私達の足を止めたのは電話の着信音だった。
私のケータイが鳴っていた。それを取り耳に当てれば聞こえてくるのは騒音。堪らず耳から離し、スピーカーにし、様子を見ていれば、騒音、と言うよりは女の子の黄色い声に混じって情けない声が聞こえた。
「せ、先輩!奈々緒先輩助けてくださいぃ!!僕このままだと圧死してしまいます!!」
「あんた...今どこにいるの?」
「先輩の学校の校門です!!お願いします早く助けに…!!」
聞き覚えのある声。当たり前だ。これは私の後輩からの電話なんだから。相手に聞こえるように負けじと大声で聞けば雑音と共にすぐ近くにいると相手は言った。そのままプツリと途切れた電話。大体の原因がわかっているのでそこまで焦らないが、放っておくと本当に圧死してしまいそうだと判断し急ごうとしたらカルマが腕を掴む。
「今の…誰?」
なぜかさっきのムッとした顔が恐い顔になっていた。
「説明する暇ない!急がないと!!」
掴まれた腕を振り解き、また掴まえようとする手をすり抜けて走った。
02
落ち着け。