涼花は意気揚々と道を歩く。そしてある店の前に立ち止まり、振り向くと誇らしげな顔で両手を真っ直ぐに伸ばし差した。
「並盛を案内するならここを外すことはできませんね。ここはラ・ナミモリーヌ。並盛で一番のケーキ屋さんです!!」
「いやナオちゃんは?」
少し疲れた様子の中村が堪らず突っ込む。それはその筈、奈々緒を追い掛けて来たはずなのに涼花は公園や空き地、そして路地裏や山など。さっきから全然違う場所ばかり案内するからだ。そしてお次はケーキ屋ときた。大人しく後ろを着いてくるカルマは我慢の限界が近いのか、少し前から顔を俯かせ一言も発していない。
「まあここにナオがいるわけないんですけどね。」
「うん。だからナオちゃんは?」
あっけらかんとしている涼花どうにも彼女は奈々緒の元に案内するつもりがないらしい。中村や不破も涼花の訳のわからない行動に飽き飽きし始めていた。
「ねえ涼花さん…ちゃんと奈々緒の所に案内する気ある?」
青筋を浮かべたカルマはこれでも理性を保てている方だろう。今にも決壊しそうな彼の様子を見て中村は激オコだね〜と顔を引き攣らせた。
カルマの問いに涼花は静止させると腕時計で時間を確認する。
「えっと…もうちょっと時間がかかります。あと15分ぐらい…ですかね?それまで待ってください。」
「時間がどうしたの?」
「私の予想では…いえ、確実に今行ったらお邪魔をしてしまうのでそれまで待ってくれればなと。」
「お邪魔って、え?何あの2人そういう関係?」
中村と不破は顔を赤く染めて涼花に近寄る。後ろの気配はさらに危ない物に変わり、何やら腕捲りを始めていた。
「あの…皆さん何か勘違いしてませんか?」
「と言うと?」
「ナオと桃君はそんな関係ではないですよ。」
何を言ってるんだろうと涼花は首を傾げる。後ろの危ない気配はピタリと止んだ。
「もしかしてナオと桃君が惚れた腫れたな甘い関係だと思っていたんですか?」
「違うの??」
「はい。そもそもナオにとって年下は恋愛対象外ですよ。」
「ええっ!?だってあんなの見たら、ねぇ?」
不破の言葉に中村は何度も頷いた。
「私達はその桃君とやらが勝ち誇った笑みを浮かべてカルマを挑発してるのを見たんだけど…」
「桃君はナオちゃんが大好きですからね…そうですね。まず、私達の師匠の教えについて軽く説明させてください。
…私達の師匠はまず最初に力とは何か、強さとは何かを説きました。力とは武力だけでなく、強さとは腕っ節の強さではない。その使い方は無限であると。そして師匠は私達にその力で護るようにと教えました。私達は後に産まれる者を護る為に産まれたのだと。私もナオも下に兄弟がいるし、お互い年長者だったからでしょうか、それ以来私達にとって年下は護る対象なんです。」
「…だから恋愛対象にはならないと?」
「はい。それにナオにとって桃君はファミリーみたいな存在なんです。家族みたいでもあるし、桃君はナオの相棒って感じですね。…まあ、桃君は本気ですけどね。」
「それ意味ないんじゃ…」
フォローになってないと2人は呆れる。涼花はそんな2人の顔を見て、でもその逆はあり得ないので大丈夫ですよと取って付けた様な言葉を続けた。そしてコホンと一つ咳払いをして涼花は目の前の店を見上げる。
「ここ、私達の幼馴染みの親が経営しているお店なんです。私は桃君と知り合ったばかりなのであまり詳しくは知らないし、私よりナオちゃんといる時間が長い2人からなら桃君についても詳しく聞けると思いますよ?」
ピクリとそれぞれの肩が動いた。特に中村と不破は少し俯ていた顔を上げたと思えば、それは好奇心に満ち溢れた子供の無邪気な顔に見えた。だがその実、邪な感情がありありと伝わる意味ありげな表情が浮かんでいて、これちょっとやり過ぎたかな?と独り言ちる涼花に対し2人はそれならそうと早く言ってくれと店内に仲良く入っていく。
「長々と時間を掛けてしまいましたね。少し間が空けば落ち着くと思っていたのに逆効果なってしまうとは思いませんでした…振り回してしまってごめんなさい。」
「…涼花さんは何がしたかったの。俺をクールダウンさせるために連れ回したとは思えないんだけど?」
涼花は目を真ん丸と見開き、そしてはにかんだ。
「バレちゃいましたか?実はここ以外の場所は昔、私達が飛んだり跳ねたり遊び回った場所なんです。その殆どが並盛山なんですが…」
手を後ろで組み、空を見上げ、一拍置いて彼の方を見た。
「知ってほしかったんです、私達の町を、私達の思い出の場所を。みんな優しくて、暖かくて、居心地の良い素敵な所なので。」
にこやかな表情を浮かべ、涼花は店へと歩く。すると何かを思い出したのか立ち止まると振り返った。
「カルマさんなら知ってると思いますが、ナオは並盛で年齢性別問わずモテモテなんですよ。密やかに狙ってる人もたくさんいると思います。でも安心してください。ナオとそんな関係になれる人は絶対いないので。」
力強く放たれた言葉に何か心当たりがあるような顔を涼花は静かに見つめた。
01
いろいろ特殊。