03

人生そんなに甘くない。

一人の少女が机に向かっている。老婆と見間違う程真っ白で長い白髪はくはつに透き通る白い肌、長い睫毛、ぱちりと開かれた眼はピンクに近い薄い赤色。百人中九十人以上が振り返るであろうその容貌は明朗快活なように見えて儚げでどこか物哀しげ気な雰囲気を醸し出していた。

彼女がいるのは広い窓から燦々と日の光が入る明るい部屋。少女が座る椅子と机の他に申し訳程度の調度品が置かれた殺風景な部屋だが、窓の側に置かれた観葉植物がいきいきと青葉を茂らせている。

手に持った用紙を見つめ、時折何かを書き足しては捲るという一連の動きを繰り返す。用紙を捲る音と風で揺れたレースのカーテンが植物の葉をさわさわと揺らす音以外何も聞こえない。

静寂。

そこへ音が流れ込んだ。

「お嬢ー入りますね、失礼しまーす。」

ノックもせずに茶髪の青年が部屋に入る。少女は彼を一瞥すると近くに置いてある時計を確認しあれ?と首を傾ける。

「まだ休憩時間じゃないよ。」

その言葉に男はははっと笑った。

「流石にバカ真面目に仕事し過ぎじゃないですか?お嬢ぐらいの年の子っておしゃれや友人とのショッピング、恋バナに花を咲かせたりって...すみません忘れて下さい。」

両手を広げ肩を竦めて放たれた言葉はある一点から急に失速した。彼は気不味そうに少女から目を離すとぽりぽりと頬を掻くとそれに対し少女は緩く、少し寂しそうに笑った。

「なんで?ロイが言ってることは本当のことじゃない。」

「いやあの、本当にすみません。」

「気にしてない。それにしても、ロイがそんな風に思うなんて...なんか意外。」

目を伏せて少女は言った。ロイと呼ばれた青年はまた頬を掻いた。

「心外ですね。確かにそうですけれども...俺は先輩方より短い付き合いだ。けど、それなりにお嬢を見てきてるんですよ?いろいろと思うところはありますって。」

「そうなんだ。私は...まあ寂しいと思うこともあるけど、別にそこまで気にしたことはない、かな?だって私にはロイやみんながいるもの。......はい!この話おー終い。」

少女は考える素振りを見せた後恥ずかしそうに顔を俯かせる。そしてそれを払拭するようにぱっと顔を上げるとパンッと手を鳴らした。その様子を彼は目を細めて見つめていた。

「そ、それで、ロイはどうしてここに?追加の書類でも来たの?」

「書類云々はシャオイェン先輩のお仕事ですよー。はーい、お嬢は一旦お仕事から離れましょうか。」

そう言って机に置かれた書類を片付け彼は窓辺に近付く。それに倣って少女も隣へと歩いた。彼は外を覗いて今日は見えないかーと呟いた。

「何が?あ、そっか、確か明日で月が爆発してちょうど一月だね。」

「んん、お嬢は察しが良いですね。そうです。もうあれから一ヶ月経つんですよー。早いですよね。」

懐から煙草を出して口に銜える。火を着けようとしたところで少女の手がそれをやんわりと止めた。

「おっと、つい癖で失礼しました。」

「室内禁煙って私が決めたわけじゃないから別に吸っても良いけどね。」

「いやいや、お嬢に臭いが付いちゃいますから。俺が先輩に怒られます。」

「屋外だと私の前でも遠慮なく吸う癖に。」

「それはそれってことで。」

悪戯っぽく笑う彼に釣られ少女も笑う。

「それで、ロイはどうしてここに?今日はいつもみたいに遊びで来てるわけじゃないし......何かあった?」

少女の問いに普段の様子からは想像できないような難しい顔でそうですねと腕組みをして唸った。

「俺からどう説明していいのかわからないのでそれはあちらに丸投げさせて頂きます。...あの人がまたあなたに会いたいと仰っていましたよ。」

「また?この前会ったばかりじゃない。」

彼の言伝に眉を顰める。
あの人とはなかなかお会いすることができない方。会えるのは半年に一度あるかないか。後はロイを介して手紙のやり取りがあるくらいだ。

最後に会ったのは二ヶ月程前。立て込んでいた為ほんの二、三言交わして別れたがそれでも充分過ぎるくらい。それをこんなに早く会いたいと言うだろうか。
お互い忙しいのはわかっていて今までこの様に言われた例がない。少女にはその言葉がとても不思議なものに思えた。

「少し話があるそうで、今度あちらに行くときについでに会ってあげてください。」

「うん。ついでにもっと会いたいな〜って言ってみようかな。」

「それは良いですね。実現できるかはさておき、あちらもきっと喜ぶと思いますよ。」

「そうだといいけど...」

「大丈夫ですって、だってあなたは。」

そこまで言うと肩を竦め外を見て物思いに耽る少女の頭に手を置にこれでもかと言うくらい掻き乱す。

「わっ、もう!ロイのせいで髪の毛ぐちゃぐちゃ。」

「ぼーっとしてるお嬢が悪いんですよ。お嬢にはもうちょっと自分に素直になってほしいね。もっと我が儘言っていいんですよ。俺や先輩方、あとあの人も、みんなそうなることを望んでる。」

「我が儘なのに?」

「ええ、他がやったら巫山戯んなって怒られるけど、あなただからこそ、ですよ。」

「そっか。」

髪の毛を直す手を止めて少女ははにかんだ。
彼はそこで一つだけ言い忘れたことがあることを思い出した。

「そうだ。ここに来る前に良い匂いがしたから厨房を覗いたんです。そしたらシャオイェン先輩がお菓子をたくさん作ってましたよ。」

「!!」

「あれは休憩時間に持って来るつもりですね。他にも人がいたし、どうせお嬢は部屋から出て来ないって話をしてたんです。こっちから行って驚かせたらどうです?」

「そうする。」

少女は目を輝かせて言った。そして話は終わったと踵を返して出ようとする彼の服を掴んで止める。

「まだ何か?」

「ロイも一緒に行くの。」

「俺が行っても白い目で見られるだけですって。」

「ロイが一緒じゃなきゃ嫌だよ。」

怪訝な顔をする彼にさも当然とばかりに少女は答えた。

「いやでも、」

「それに言えって言ったのはロイだよ。」

我が儘。その言葉に思わず目を見張る。
しばらく経って仕様がないお嬢さんだと抑えがたい喜びが溢れた顔で少女の手を取った。