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黒い色には気をつけろ。

日はすでに暮れていた。とっくに暗くなって街灯が照らす道を歩く。夕飯時なので左右にある家から美味しそうな匂いと家族が談笑する声が聞こえてくる。

全く、誰かのせいで早く帰れる予定が大分狂った。別にやることは大してない。ただ家で待ってる弟分と遊ぶ約束をしたからできるだけ早く帰りたかった。部活に入ってないし学校に居残ってもやることはないからいつも帰りは早い。きっと遅いと、怒っているに違いない。

(これで少し機嫌が良くなるといいけど。)

手に持ったお土産を見る。幼馴染みの親が経営するケーキ屋で買ったものだ。そこは私はもちろん家族や居候組、地域でも評判で、常連である私はよくサービスしてもらっている。

(にしても、まさかあんなことが起こるなんて......)

不意にあの時起こったことを思い出して足を止めた。最後の授業での話だ。渚が自分の身を犠牲にして先生を暗殺しようとしたのだ。渚がああいった行動に出るとは思えなかった。予想通り、主犯格は別にいて連帯責任で今まで居残っていたと言うわけだ。

人が死なない威力?下らない。あいつ等は命をなんだと思っているんだ。人は呆気なく簡単に死ぬ。確かにしぶとく生き延びるやつもいる。だが本当に呆気ない。ほんの些細なことで死ぬ。
彼らは考えたことがあるのだろうか。いつも隣で笑っている誰かの死を。

揺すっても叩いてもその目が開くことはなかった。顔は青褪めていて体の熱は段々下がっていく......大切な者が少しずつ失われていく。それをただ見ていることしかできなかった。

手の平を見ればあの日の景色が今と重なって見えた。
思い出すな。過ぎたことだ。頭を振る。歩み出そうとした。

その時だった。

ヒュッと風を切る音が聞こえた。咄嗟に後ろに飛び退る。先程までいた場所を何かが通り過ぎる。それは近くの壁にぶつかり地面を跳ねた。それを視認する間もなく黒い物体が急速に接近。気付いた時にはもうすでに間合いに入られていて、何かが振り下ろされていた。両腕をクロスしてそれを受けようとする私の耳にグシャッと何かが潰れる音が届く。

「あ!!!!」

片腕の感覚と音の感じで何が起こったのかすぐに理解した。ふつふつと怒りが込み上げてくる。

「......ねえ、あんた今何したか分かってる?」

先程までの感傷はどこかに消えていて変わりに沸き上がるのは怒り。
冷静に、それでも怒りに声を震わせながら目の前に立つ者へと問う。彼はさあねと答えた。ぷつんと私の中で何かが切れる。

「おまっ!ふざけんな!!弁償しろ!いやそれじゃこいつ等が浮かばれない。謝れ!!ケーキに謝れ!!!!食べ物を粗末にすんな!!!!」

手に持った無惨に潰された箱、ではなく自分の鞄を思いっきり相手に投げる。

「......へぇ、今日はヤる気あるんだ。」

「当たり前よ!食べ物の怨みナメんな!!!!」

鞄は難なく受け止められた。彼は好戦的な笑みで私を見据える。

数瞬の間、相手が向かってくるのを皮切りに覚悟を決めた。

◆  ◇  ◆

教室に入った者を見て何人かの生徒が止まった。その生徒と話していた生徒や、少し遅れてそちらを見た生徒達も同様に動きを止める。
朝の騒がしい教室がその者の登場で瞬く間に静まり返った。

彼女はそれを気にした風もなく、どこも一瞥せずに自分に充てられた席へと歩き座る。
それを見ていた一部の生徒は眉を顰めひそひそと話始めた。

「また?」

「そうみたいだね。」

誰一人良い顔をしない。なぜなら彼女の......

「おはようございます。今日も楽しく暗殺に...ってニュヤーーーーッ!!!!沢田さん!その怪我どうしたんですか?!?!!?!」

彼女の右頬に大きなガーゼが貼られているからだ。