01

初めての。

彼女の家は住宅街の一角にあった。
平凡な造りの一軒家の玄関口で揃いの雨合羽に雨靴を来た三人の子どもと一人の女性と話をしている。子どもの内二人は泥塗れで、女性は苦笑混じりに彼らに付いた汚れを落としていた。

知った声がしたので顔を上げる女性。その顔は少女に似た顔立ちをしていた。門の先を見ると口元を抑え、眦に大きな滴を浮かべ、その先の光景を凝視する。

何を大袈裟な。その瞳に少女の溜め息混じりの呆れた声は尻切れ蜻蛉となって消えていった。

・ ・ ・

「とりあえずシャオイェンさんがいつ来れるかわからかいからこっちに着替え置いとくね。ランボとイーピンはお母さんを呼んだら後はやってくれるから、スズは逆上せるぐらい風呂に入ること。」

「流石に逆上せる程は入れないよ…でも体はちゃんと温めるから。」

鼻をかみすぎて赤くなった顔はくしゃみのし過ぎでダルそうだった。夜になったら熱が出そうだと早く風呂に入れと彼女を急かす。お風呂場からは弟達のはしゃぐ声。彼女を呼ぶ声にスズは笑顔で応えた。

自分の分と汚れた弟達の服を洗濯機にかけて廊下に出れば家がやけに静かだ。あの三人が大人しく帰る訳もなく、またお母さんが彼らと話さない訳がなく、不自然な程誰の立てる音もしない。まさかと思いダイニングに入ればフゥ太が一人、ケーキを食べていた。

「あ、ナオ姉!ママンが回覧板が来たからお隣に行くって言ってたよ。」

「あーそうなんだ。所で後の三人は?」

「先にナオ姉の部屋に上がったよ。」

想像通りの答えに天井を仰ぐ。ここで待ってろと念押ししたのに、待つはずがないのだ。今頃きっと私の部屋を漁っているに違いない。見られたく無いものに鍵をかけてはいるがそれ以外でも堪ったもんじゃない。
部屋へ急げばやはり、莉桜と不破さんがクローゼットの中を覗き込んでいる所だった。

「ヤッホーナオちゃん、ちょっと部屋の中見せてもらったよ〜。にしても飾りっ気のない部屋だね。ファンシーな部屋だと思ってたのに。」

「期待通りの部屋じゃなくて悪かったね。それで、なんで私の部屋漁ってるの?」

「知らないの?初めて入った部屋は漁るものなんだよ。」

「私は自分が非常識だってことはよーくわかってる。でもね、人の部屋を漁るのが常識な訳ないでしょ!!」

常識だと豪語する莉桜。そんな常識あって堪るか。
唯一、なぜか大人しいカルマになんで止めなかったと視線を送れば両手を上げて何もしてないよと主張してくる。だが残念、止めなきゃお前も同罪だ。

「ねーねーナオちゃん、私はクローゼットの中に日本刀が置かれてることに突っ込みたいんだけど。」

その言葉に心臓がどくりと音を立てた。不破さんの手に持たれたそれを奪い取る。一瞬の出来事に彼らは目を丸くして驚いた。

「鞘に納まってるけど刃物は刃物。少し扱い方を間違えれば他人も、自分自身でさえも簡単に傷付けるの。心臓に悪いから勝手に触らないで。」

「あーうんごめん。紐で縛られてるからなんでかなって気になったんだ。」

ほら妖刀とかそういうのみたいで体が疼いちゃった。と視線を泳がせて不破さんは言う。莉桜も手を止めてこちらを伺っていて気不味い空気が流れる。

「…こっちもいきなり驚かせてごめん。紐は…まあチビッ子達が怪我しないためにだよ。前に一度振り回されたことがあったから。」

鞘が簡単に外れないようにしたのも、クローゼットの奥に隠すのも、全て誰かを不用意に傷付けないためだ。
勝手に持ち出されてチャンバラごっこなんてされた日には本当に心臓が止まると思った。幸いにも、ちゃんと言い聞かせたことでそれ以来やることはなかったが…

相棒かたなを元の場所へ戻しクローゼットを閉めて息を吐いた。
家に上げる前から、三人が家に来るって決まった時点でこうなることはわかっていた。だから何があっても動じないようにと思っていたが、さすがにここまでは想定できなかった。
クローゼットの奥、それも隠してあるからちょっとやそっとのことで見つかることはないのに、二人の執念深さに思わず舌を巻く。