その言葉に起きていることを伝えようか迷っている間に君は規則的な寝息をたてた。もし起きていることを教えたらどんな表情をするのか、ちょっと残念だと思い顔を覗くと穏やかな顔だった。
気にしてもいなかった。ただのクラスメイトの一人、数年経ったらそういう人もいたなと思い出すくらいのそんな存在。けれどある時から彼女の印象がガラリと変わって興味を持つようになった。
そんなある日中学のある地区の隣に彼女が住んでると知ったから興味本位で見に行ってみた。するとどうだ。どんなに相手の数が多くても強気で攻めていく、その顔に気付けば魅了されていた。
気になり出したら止まらなかった。彼女を知りたいと思っても一匹狼状態の彼女と知り合うのは難しくて、どう近付こうか考えているとチャンスは来た。クラスメイトの一人が彼女と仲良く歩いていたと人伝に聞き、それを利用してしばらく、ようやく彼女の瞳に映ることができた。
それから彼女がどんな顔をするのか見てみたくて悪戯を仕掛けて、全然驚いてくれないからムキになっていくうちにすっかり嫌われた。もう一人には簡単に笑顔を見せるくせに俺にはまるで親の仇だと言わんばかりに睨んでくる。
だからネタ探しをしようと思って並盛町を歩いてた。家に親は居ないし暇、ただの気まぐれで始めたそこでまさか会えるとは思わなかった。
見つかったらまた睨まれると思って隠れていればすぐに様子がおかしいことに気付いた。ふらふらと頼りない足取りで歩いてしゃがみ込んで、そこまで見て物影から飛び出した。
「奈々緒!!」
力なく倒れた体は予想していたよりも遥かに熱い。
背負って近くの病院を調べて連れていく途中も治療を受けた後も彼女は熱に魘されていた。
「...スズ............お父、さん...............」
置いていかないで、一人にしないで、寂しい、怖い、何度も何度もうわ言を言って彼女は泣いた。眦に浮かぶ涙を拭っても苦しそうに歪んだ顔は楽にならない。
「なんで俺こんなことしてるんだろ。」
別に彼女の弱味を一つ見つけられたらそれで良かった。こんなに弱ってる姿を見るつもりなかったんだけど。病院に届けたし帰ろうと思えば帰れるのに帰ろうとしないで彼女の側を離れずにいる...違う、離れたらいけない気がする。
「なんでだろうね。」
彼女の手を取って開いたり閉じたりと遊んでみた。
タコができていて女の子にしては武骨な手だ。自分の手と重ね合わせて、絡め合わせて、そうやっているうちに彼女の手がピクリと動いたからいけないことをしている気になって、咄嗟に寝たふりをした。
「...ここ...............びょ、いん?.........なん、で?」
数秒後に目覚めた彼女の声が聞こえた。よく考えたら寝たふりする必要なかったなって起きようとしたけど、寝たふりを続けてたら彼女の知らない一面を見れるんじゃないかって、湧いたのはちょっとした好奇心。
バレないかヒヤヒヤしていると彼女はなぜか髪の毛を触りだした。最初は手が動いただけだったのに、梳かして指に絡めて撫でて、さっき彼女の手で遊んでたみたいに遊ばれて、本当は起きてたんじゃないかって聞きたくなった。
「綺麗...」
髪を弄られてたらそんな言葉が聞こえて心臓が音を立てる。優しい声だ。今まで聞いたのは怒ったり、呆れたりした声でこんな声音は初めて聞いた。
こんな声も出せるんだって思っていると声にならない悲鳴が聞こえて、今どんな表情なのか想像してたら重ねた手が動くからもう離れてしまうのかと、もう少しこのままでいたかったと馬鹿みたいなことを考えた。
その思いが通じたように手が繋ぎ直されたから心臓がまた五月蝿くなって、
「ありがとう。」
その言葉で我慢できなくなった。
起きよう。でも気不味い。そうやって葛藤していれば寝息が聞こえてきて拍子抜けしてしまう。何も知らない顔が憎らしいから悪戯でもしてやろうか。
...例えば、例えばその頬に手を添えて君の顔を覗きこむ。少しずつ近付けて、肌と肌が触れ合うギリギリまで近付けて、そうやって君を見つめていたら君は起きてくれるだろうか。
もし起きたらどんな表情をするんだろう。訳がわからずぼーっと惚けた顔をするのか、それとも気付いて羞恥で顔を染めるのか。もっと、もっと君の顔を見たい。君のいろんな表情を見てみたい。
コツンと鼻があたると君が身動ぎをして正気に戻った。今何をしようとしていたか、それに気付いて顔を離すと君の顔は変わらず無垢で全てが馬鹿馬鹿しくなってきた。