一通り私のスタンドを見て満足したのか、二人はいつの間にか散り散りになって行動している。
承太郎は煙草を吸いに行ったし(ここで吸えばいいのにと言ったのだが、海を汚したく無いだの何だのと言っていた)花京院は仮にと建てられていたアヴドゥルさんの家でゆっくりすると言っていた。
私も花京院に着いて行こうかとも思ったのだがせっかくの無人島なのだから、多少彷徨いても咎められやしないだろう。
地面一面に生えている何やら名前も分からない草を革靴で踏むとざくざくと良い音が鳴った。
何やら鳥の鳴くような音が聞こえたが、きっとそこらを飛んでいるカモメだと目を細める。
不意に背後。全く警戒をしていなかった私に落ち度がある。しかし無人島でよもや顔も知らぬ人間の腕が伸びてくるとは思わなかった。
そうだ、私は一戦敵と刃を交えた身。ジョースターさんと同じく…いや、情報が無い分もしかしたら彼らよりも刺客に襲われやすいのだ。
ああ、なんてこと。口に押さえつけられたハンカチからは薬品のツンとしたにおいが漂う。
やられたと思った次の瞬間には私の意識は遠のいていた。
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「ん…」
肌寒さに身じろぎしたところで目を覚ました。未だ少し重い瞼を上げる。
地面に付いた背中は冷えきっていて、つるりとした地面に手を付けたらここはどこか建物の中なのだと見当がついた。
…上げた筈なのだけれど、依然視界はブラックアウトしたままだ。
照明が落ちているのだろう。壁にぶつかるまで体を移動させたら、目が慣れるまでその壁に縋るように立ち上がる。
「ジョースターさあん……居る訳無いよね」
自分は何者かに捕まったのだった。もし誰かが既に助け出してくれているのならそれこそジョースターさんや承太郎が近くに居てくれる筈だ。
鮮明になってきた意識と、段々と暗闇に慣れてきた視界が目の前を映し出す。
私が今すがりついている壁には、手の届きそうな位置には窓があった。しかしそこから光が漏れている訳では無く、三重程にまで重ねられた重い遮光カーテンを開ければ外は宵闇に包まれていた。
(…遮光カーテン?)
普通よりもかなり分厚く、重く、暗いそのカーテンをもう一度確かめる。これは間違いなく遮光カーテンだ。
つまり、近く…否、この建物に光が弱点な何かが居るという事で。
光が弱点で、自分は何者かに拉致されていて、しかしここから逃げようと思えば逃げられる。
ああ、しかしこの館の主が吸血鬼ならば、DIOであるならば。
逃げようとすれば即刻殺される事は間違いない。ましてや今は奴らの活動時間だ。あまり派手に動き回るべきではない。
下唇を噛み締め悔しく思っていると、背後からがちゃりと音がする。
(しまった、さっき声を出したから…)
ドアの前に誰かが居る事なんて少し考えれば分かるだろうに。きっと私の声を聞くや否や報告に行ったのだろう。
「目が覚めたかな?」
「……」
ああなんと白々しくわざとらしく憎たらしい声であろうか!
部屋を訪れたのは写真で何度もその姿を確認したDIOそのものだった。えらく緩慢な動きでこちらににじり寄るDIOには余裕が感じられる。
彼の姿は本当にシルエットでしか見ることがかなわない。それもこれも分厚い遮光カーテンのせいだ。
こちらに囁きかける声は酷く艶やかで、甘美であった。私が承太郎達と旅をしていなかったらものの数秒で陥落していただろう。
「口を開こうともしないか。それも良いだろう、賢い選択だ。」
遮光カーテンにしがみついてDIOを睨みつけるがDIOはそれさえ意に介さない。私を殺す事なんて一瞬だと言いたげだ。
悔しいが事実なのだろうけれど。
「さて名前。君が何故ココに拉致されているか、聡い君ならば分かるな?お前は今我々にと
って危険分子だ。少しでもその不安要素を取り除いておく必要がある。そして…そうだ。声を失った人魚姫は声を取り戻す為に王子に刃を向ける。王子を殺さぬ限り『声』は失われたままだ。」
そのまま私の方へ向かうのかと思えば、DIOは横に備え付けてあるベッドに座り込み落ち着いて話そうとばかりにこちらに微笑みかける。
DIOが何を言っているのか理解出来ない。声?なんの事だ。私の声帯はきちんと機能していると言うのに。
視界がぐらりと揺らいで、DIOの方へ向かいそうになる頭をぶんぶんと振って諌める。
なんてカリスマだ。彼の一言がこの世界全体の一言であるような気にさえなってしまいそうだ。
このままずっとDIOと話し続ければきっと自我は崩壊するだろう。
「なあ名前。友達になろう」
DIOがその言葉を言い終わる前に私はスタンドを出現させる事無く、手に拳銃を構える。
その時大きく風が吹いて重たかった筈のカーテンが揺らぐ。月が出ていない事が功を奏した。私は既に外には少しの風も逃さぬよう風見鶏の如く水で出来た球体を浮かせておき、更に少しの風でカーテンが揺らぐようにとカーテンを水で覆っておき、少しの動きを大きな動きに変換させるように用意をしていた。光が無かったお陰でDIOにも気がつかれなかったようだ。
大きく銃声が響く。肩にくる衝撃は並大抵のものではないが今はそれどころではない。
命中するという保証は無いし、逃げ切れるかも分からない。DIOのスタンド能力は未知、いつ捕まるか分からない。
月の明かりがほんの少しDIOを照らす。大きく開いた襟ぐりから見えたその傷は、この旅に加わったときに聞いたジョースターさんの祖父の体とDIOの首のつなぎ目であろうか。
吸血鬼であるというのにその傷跡が大きく残っているというのは不思議で、とても印象に残ったのだ。
スキューバダイビングでもするかのように窓から飛び落ちて、水をクッションにして着地をし地面を駆ける。
水に対してだけ無駄によく利くようになった鼻で海までの道を辿る。
後ろからDIOが来ているかなんて分からない。私はただただ必死だった。
「ああ、もう!」
人気の無い道だ。スタンドくらい出してもどうとも思われない。目撃者が居たとしても夢として捉えてくれるだろう。
そうやって信じて自分の目の前にブロック状に水を張る。そこに迷いも無く飛び込み、自分の周りにのみ水を出現させ泳ぐ。
私の泳いだ後は勿論水浸しであるのだが、明日の朝には乾いていることを祈ろう。
今は海へと逃げる事が最重要事項だ。海に逃げてしまえば私だと逃げ切れるだろうという自信がある。
大丈夫、大丈夫だとぐらついたままの視界を無理矢理落ち着かせて海水の方へと泳ぎ続けた。
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