何かがおかしい。
そう思い始めたのはついにエジプトへたどり着いた時だった。
何故か時々あの時出会ったDIOの姿が脳裏をチラつくのだ。それも昼夜問わずに。
しかも鮮明に浮かび上がるものだから心臓に悪い。
しかし心臓に悪いと思っていたのも束の間。段々とそのビジョンが現れるのを心待ちにしている私が居た。
おかしい。おかしい筈なのに、本当にあの姿に安心する。それに、時々承太郎達に敵意を覚えるのだ。
本当にこんな事あってはならない。あってはならない…。あってはならない…?
本当にあってはならないことなのだろうか?
ああ、意識が混濁する。思考が絡まり、視界はぼやける。
仲間の、敵の、後ろ姿が遠く感じる。殺せ、殺せ。ああ、あの広い安心感のある、心底キモチワルイ、その背中に今すぐ飛び込んで、その背中に血を、ああ、なんてこと。
じくじくと痛む額。甘美なその痛みは私の思考を正しい方向へと導くようでいて、安心感があったのだ。きっとそれはあの屈強な背中よりも、強く、強制力のある、そんな。
気がついたら私の手にはスタンド像の一部である拳銃が握られていた。
中には銃弾がフルに装填されており、安全装置のハンマーを下ろし引き金を引くだけで彼らを撃つことが出来る。
彼らは私に信頼を置いたままだ。大丈夫、一人残らず殲滅すればDIO様も驚き、そして喜ばれることだろう。
相手は油断している。撃つなら今だ。今しかない。
「そこまでだぜ、名前。」
あの広い背中から投げかけられた言葉は私に向いている。その声はひどく実直で、耳にすんなりと入って来た。
殺さなければならないというその強制力と承太郎から発せられる親しみのある声に私は狼狽える。
引き金にかけた指が震える。力が入らない。このままではジョースター一行を殺す事は出来ない。
「うるさい、うるさいうるさい…ッ!」
大声を出して要らない思考を排除する。
私の叫び声に承太郎はより一層こちらを睨んできて、私は、排除。愛しい筈のその顔、その声がとても冷たくて、排除!承太郎の声で振り向いた皆の瞳は明らかな敵意を孕んでいて、どこか怖く…排除、排除排除排除!
恐怖なんて、愛なんて、愛しいなんて、全て彼らに向けるべき感情ではない。
私の感情の全てはDIO様に。私の生命はDIO様のものだ。
DIOなんて、DIO様がッ!
「名前ッ」
「うるさいうるさいうるさいうるさい!!!黙れッ黙りなさいッ!『マーメイド・ブルー』!」
口から発せられる言葉はもう私の支配下には無いようで、思考とは関係なく発せられるように思えた。
私本来の思考は私の体を抜け出し、みんなの頭上から見下ろしているようだ。
小さな拳銃は捨て、今度は自分の手を使わずにスタンドにロケットランチャーを持たせる。
ぱしゃりと水音がして、足元が途端に不安定になる。いつのまにか鱗が張り付いた下半身に、『スタンド像を出すと否応無く足は魚になるのか』と冷静に分析する私がいた。
周りの被害なんて知るものか。今はこの煩わしい感情を、煩わしいジョースター一行を殺すことに専念しないと。
ああ、承太郎。どうか躱して……っ!
「『スター・プラチナ』ッ!」
安全ピンが抜かれ、迷わず引き金が引かれる。
ひゅるる、と間の抜けた音を響かせ彼らに着弾を、
「そんな目をしたテメーは名前なんかじゃあねえ。ただの、敵だぜ。」
「ー…」
額から嫌な音がすると同時にロケットランチャーは水へと戻る。着弾スレスレだった。
ぼんやりとしか見えないスタープラチナの手には何かが摘まれていて、それをすぐにジョースターさんは塵に還す。
視界はぼやけたままだったのに、意識だけは何故かはっきりしていた。また倒れるのか。この間だって敵の目の前で倒れたばかりだと言うのに。
ああ、いや。それ以上になんて無様なんだ。自分の感情にさえこんな大きな事が無いと気がつかないなんて。
あまりにも馬鹿げている。そしてあまりにもはた迷惑な話だ。
ああでも、承太郎に怪我が無くて良かった……。
一番に駆け寄ってきてくれた承太郎にだけ聞こえるように、かすれた声で一言
「私、承太郎の事…好きだよ。」
ぼやけていた意識はすっかり暗闇にからめとられ、私は気を失った。
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