嫌われたくないと思った。彼には、彼にだけは。
仲間なんかじゃあないと言われて、邪悪な思想に絡めとられた意思とは関係無く涙がこぼれ落ちそうになった。
本当は、エンプレスの時にも心はちくりと痛んでいた。面白い、という感情でその痛みを覆い隠していた。
彼の視線を独り占めしたいと思った。
彼の愛が欲しいと思った。
彼が、好きだと思った。
ー…
「ん…」
目が覚めると、真っ白な天井が目に入る。
乾いた空気にしては顔には水が流れていて、その数瞬後にそれが涙なのだと気がついた。
のろのろと起き上がり、辺りを見渡すが人影は無く、置いて行かれたのだろうかとぼんやり思った。
「名前さあん、ご容体はいかがですかあ」
間の抜けた看護師の声。なんともタイミングが良いと思ったが、そういえば自分は個室に寝そべっていたなとまだ靄のかかる思考で考えを進めると、多分SPW財団の人達に良くしてもらったのだろうと考えが至る。
「はあ、今丁度起きました」
「あらあ、目が覚めましたのね。先生を呼んできますから、ちょっと待っててくださいねえ」
きゃらきゃらと笑う看護師に思わず苦笑いが漏れる。
可愛らしい人だとは思うのだが、どうにも信頼が置けないなというのが本音だ。
看護師がドアを柔らかく閉じたのを聞き、もう一度ベッドに横たわる。
昏倒する前の自分の発言も、感情も全て覚えていた。彼が、承太郎が好きだという事。
そして、それを勢いで彼に伝えたという事……。
「あ〜あ、刷り込みかってのよ。ねえ」
一部の鳥類は、孵化して初めて見たものを親だと思い込むという。
私の場合、最初に見た人間に恋をした。これを刷り込みと言わず何と言おうか。
「命がけの旅なのに、ばっかじゃないの。」
声が震えてる自覚はあった。自分の考えがぐちゃぐちゃで、同じような事が堂々巡りする。
彼らにとって、親や娘を救う。妹の敵を討つ。過去の自分と決別する。沢山の思惑が一緒くたになって、協力し合い、お互いを高め合い、ここまできている旅だ。
そこに恋愛を挟み込もうなんて、烏滸がましいにも程があるのではないか。
考えれば考えるだけ悪い方へと思考が進む。
恋愛なんて久々なのだ。右も左も分からないと言ってもいい。
それがこんな混濁した物語の途中だなんて、誰が思おう。
「ああ、ああ〜〜…忘れたって事にする?それも無責任か。はあ〜…。承太郎に聞こえてなかったら良かったのに。」
腕で目を隠して、ついでに涙を拭いてそうぼやく。
あの時の承太郎の大きく開かれた瞳がなければ、私も忘れたフリが出来ただろうに。
(…あれ)
そういえば医者がいつまでたっても来ない。ちらりと時計を見ると、もう20分もぼんやり考え事をしていたようだ。
そう考えたと同時に、急に外が騒がしくなる。どうやら急患のようだ。
『上瞼から瞳、頬上部まで刃物のようなもので切られたようです。失明の可能性があります!急いで!』
通り魔だろうか。エジプトの治安なんて知ったこっちゃないが、少しだけ旅のメンバーが心配になる。
いやしかし、あんな砂漠の中では通り魔なんてものは居ないのだろうし、居たとしても承太郎達にかかれば返り討ちだろう。
そんな雑魚よりも心配なのは刺客なのだが。
『患者の名前は!』
『典明・花京院。日本人のようです。身元も確認済みです。』
ぞくりと、した。
今聞こえて来た名前は確かに花京院典明と言っていて、花京院典明とは旅を共にした仲間の名前で。
点滴が打たれている腕なんて今やどうだっていい。
針が抜けるちくりとした感覚に眉を顰めるが、それよりも先ほどの患者だ。
ドアを乱暴に開け、丁度病室の前を通り過ぎたベッドには確かに花京院がいた。
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