ところで先ほどからイギーの姿が見えない。
きっとあの犬の事だろうから、自分のルールで自由に動いている事だろう。
ちなみにイギーの紹介はだいぶ前に済んでいる。犬なのにコーヒーガムが好きと聞いた時は、コイツは本当は人間で誰かのスタンドで犬に姿を変えられているのではないかと疑った程だ。
私たちはアヴドゥルさんの知り合いという乞食の人(お金持ち)に頼んで写真を渡し、その場を少しうろつく事にした。
よくよく思うと今日の宿も取っていない。どうせなら宿も取ってしまおうという話になった。
部屋割りは今回もあみだくじで決められる。
筈だった

「俺と名前は今日は同じ部屋にしてくれ。話がある。」
「えっ」

丁度部屋の開いていて、安心の出来る宿が見つかって一息つくかと部屋割りの話をしていた時の発言だ。
基本的にジョースターさんとアヴドゥルさんは同じ部屋になる。これからの行程の話し合いをするのに好都合だという話だ。
時折承太郎やポルナレフや私がそこに加わる。
ジョースターさんとアヴドゥルさん達と同室になった時はゆったりとした時間が流れ、落ち着ける大人の空間に仲間入りしたような気になった。
といっても、ジョースターさんは精神がとても若いからか、時折ポルナレフと居るときと同じ様な空気を感じることもあったが。

「おいおい承太郎さんヨォ、急に強気に出たじゃねえか。どうしたんだよ」
「つまらん勘違いしてんじゃねえぜ」
「そ、そーだよ!」
「ムキになんなって」
「ちょっとお…」

そうこうあって何故か私と承太郎は同じ部屋、それも二人部屋になってしまった。
何でこんな事になったのかは分からない。
部屋の鍵を回す手がいやにかっこよく見える。
部屋の独特な香りに目が宙を彷徨う。
皺の無いベッドが目に入ると急に心臓が大きく跳ねる。
視界の端がぼんやりぼやけている。
承太郎の呼吸ひとつひとつが耳元で行われているようだ。
手が僅かに震えている。涙が出そうだ。
私は一体何をこんなに緊張しているのだろう。


何をこんなに期待しているのだろう。




荷物を部屋の隅に置いて大きくのびをする。
そうすると少しだけ落ち着いて、それからため息をひとつ承太郎に気がつかれないようについた。

「で、話って何?」

小さな鏡台の椅子に腰掛けて承太郎に問う。
承太郎も自分の荷物を隅に固めてベッドに腰を下ろした。それだけでも緊張が戻って来てしまうのは、あまりにも初心だと人に笑われるだろうか。
承太郎は小さく深呼吸して、それからその喉を震わせた。

「…テメー、俺の事を好きだとかなんとか…言ってたな。」

ぎゃあ
叫びそうになった口を慌てて塞ぐ。
何を急にそんな事を蒸し返すんだと思ったが、そうか、ゆっくり出来るのもきっと今日くらいなのだ。
明日、明後日にはDIOの館が見つかる事だろう。そこからは、今まで以上に危ない、命を落とす危険も今まで以上にある、そんな戦いになるのが予想される。
それまでに心の重りを下ろしておきたいのだろう。
ああ、私の告白は承太郎の心を重くしていたのだろうか。
それでも少しの間、ほんのちょっぴりでも彼の心を支配していられたのであれば重畳だろうと思えてしまうのはあまりにも性格が悪いだろうか。

「覚えててくれただけで嬉しいよ。ありがとう」
「それでお前は満足なのかよ」
「は?」

「俺と付き合うとか、そういうのは要らないのなら…それでいい」

珍しく拗ねた様な感情の乗った声で返って来たその言葉に一瞬思考が追いつかなかった。
今承太郎は何て言ったか。
俺と付き合うとか、そういうのは要らないのならそれでいい、と聞こえたけれども。
聞き違いでもなんでもなさそうだ。
いや、でも私の考えが違うのかもしれない。
ここでそんなへまをしたら終わりだ。

「ねえ承太郎、それって…」
「俺と、付き合わないか。」
「じょ、あ、う…あの…私で、いいの?お情けとか…そういう、嫌々だったら…」
「俺は嫌なことはしねー主義でな」
「はぐっ…じゃあその、お、おねがいします…」

お願いしますってなんだ、と自分に突っ込みを入れつつ顔を手で仰ぐ。
ああ、これから寝るまでの時間をどう過ごせばいいんだ。分からない。
とても気まずい空気を肌に感じる。いや、それもきっと私がただ気まずいだけだ。
私個人の感情に過ぎない。
ああ、どうすれば…

「あまり気張るなよ、落ち着け。」

その一声で肩から力が抜けるのだから、人間っていうのはなんだかよくわからないものだな。
無駄に気を張ってた自分がおかしくて、つい口元が緩む。
そうだね、と息を漏らすついでのような声を出して眠るように目を伏せた。別に眠る訳でもなんでもないのだが、落ち着くにはそうするしかないかなと。
気分は最早菩薩の如し、だ。

「満たされた気分だよ、承太郎」
「そうかよ」
「そうだよ」

  
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