09
「うぁ……あちゃ〜……。ドォモ……」
「あ、ああ。どうも……。あ、手嶋です。手嶋純太。こっちが……」
「青八木一」
丁寧に挨拶をされて少し躊躇う。多分見られていたのだろう。失敗したな、まさかこんな昼間に援助交際を持ちかけられると思っていなかったし、それを目撃出来るほど近くにこの二人がいるとも思っていなかった。
苦し紛れに衣服を軽く整える。今日は初対面の相手なのだし、と黒いワンピースを出してきた。あまりドレッシーなものも変だと思い、厚手のロングカーディガンに白いスニーカーを合わせている。二人が私を見つけられた今日の特徴でもある。
手に持ったままの催涙スプレーを手早く鞄に仕舞い込んで再び目の前に立つ男の顔を見て笑う。
「や、お見苦しいとこお見せしてもーてごめんなさい。名字名前です」
「あ、いや、名字さんのせいじゃないってか、……」
手嶋さんが髪をいじる私の右手を目ざとくとらえる。手が小刻みに震えていることは自分でも分かっていた。なるべく自然に右手を支えて震えを止めようとする。情けない。どれだけアブくんに苦言を呈されたことか、どれだけ私がそれらを受け流してきたことか。今まで出来たことも、少しの綻びで失敗する。分かった上で、私は私の信条を第一に動いている。
だからって怖くないわけがないじゃないか。
手を上げられる可能性はもちろん考えていたし、そのために催涙スプレーに手をかけていた。もしも何か、密着された時はスタンガンを使用する心構えだってしていた。だからといって正気を失った、力では勝てない相手の脅威を一身にうけた。肌を切るような威圧感、下手をすれば死ぬかもしれないなという諦め、痛みへの心構え、周りの人間が助けてくれない絶望、何もかもが怖かった。
「名字さん」
手嶋さんが手を差し出していることに少し経ってから気がつく。軽く広げられた手にはいくつもマメが出来た跡があって、たゆまぬ努力を感じさせた。
掌から肘、肩を通って手嶋さんの顔へと視線を滑らせる。彼は困ったように眉を下げて笑っている。青八木さんへと視線を移すと、彼は小さく頷いた。一体どういうことだ。
「出会いの握手」
「ええ?はあ、えっと、はい」
「はい、よろしく」
指に掛かった髪を下ろして、差し出された手に手を重ねる。流石に冬だからか、お互いの指は冷たい。それなのに緊張した心は解けて、暖かくなったように感じた。
軽く握られて終わりかと思うと、握ったまま薄く微笑まれる。私が困った声を上げても離される気配はない。
「ん」
反対側から青八木さんが手を出す。これも握手だろうか。
戸惑いながらも手を出すとためらいなく握られて「よろしく」と簡素に返ってきた。
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