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「楽しかった?」

戻りの電車は途中までシキバくんと同じだった。なんだ、じゃあ合流する駅で落ちあえば良かったんじゃないか。ああいや、結局シキバくんは遅刻だったのだから結果として落ち合うことなんてのは出来なかったわけなんだけれど。
車窓から流れる空はどこも暗くて、東京から神奈川に向かう度にビルから光って見える光は減り、建物の背は低くなる。

「うん。話すとやっぱおもろいな」
「そっか、良かった」

シキバくんは結局、私たちがなんであの時手をつないでいたのか掘り下げることはしなかった。忘れているだけかもしれないけれど、この二年の付き合いの中で私に対して突っ込んで良い話題と良くない話題がわかってくれるようになっているのかもしれない。
私は周囲の人間に恵まれていると、しみじみ思う。

「ありがとーな、シキバくん」

揺れる電車のリズムに乗るように、なんてことないように、聞こえなくてもいいやと思いながらお礼を言うと、シキバくんは鷹揚とした様子で目を細める。
隣に座って目を合わせると身長の差を強く感じる。私を見下ろすようにするシキバくんの顔には薄く影がかかって、整った顔の陰影を強く感じる。鼻の高さがより際立って見えて、整った顔だと改めて感じる。

「何が?」
「そーいうとこ」

見上げる私はシキバくんの影がかかってどう見えているだろうか。半端な時間、スーツの人と私服の人が混じり合う電車の中で、制服姿の人は誰もいない。休日の夜なのだから、当然といえば当然か。薄青と濃青のストライプ模様は私たちが属する集団の証だ。大学生になったら着られない。ただの布なのに、こんなにも私たちを私たちたらしめている。

「今度はさー、アブくんたちも混ぜて遊ぼな」
「うん、そうだね」

降りる駅が近くなり、パンタグラフからの配電が一瞬途切れたのか車内の電気が点滅する。膝に乗せてたことでずれ落ちていたカバンの紐を肩にかけ直してドアを眺めると、降りる準備をしていた人たちが集まりつつあった。

「ほんならね」
「気をつけて帰ってね」
「ありがと。シキバくんもな。帰ったらまたメッセージ入れるわ」
「わかった、待ってるよ。じゃあね」

プシュ、と音を立てて開いたドアを抜けると、凍るように冷たい空気が頬を擦った。受験も卒業も、もうすぐだと告げているようだった。



(無事帰りました……今日は…ありがとう……次は泉田くんと黒田も交えて遊ぼな……、と)

小気味良い音を鳴らして送信された文面にすぐ既読がつく。グループ全員が既読したと思えば、それぞれが思い思いの労いと曖昧な次回の約束をしていく。唯一青八木くんだけは絵文字とスタンプだけで会話をしていて、それでも会話になっているんだから面白い。

部屋着に着替えながらそれを眺めて、ようやっとスマホを手に取った途端に細かく揺れて、着信を知らせる。画面を見ると、箱学のイツメングループ経由でユキから着信だった。電話なんて滅多に無いことだから、何度かスマートフォンを取りこぼしそうになりつつなんとか緑色のボタンをタップした。

「はァーい、何?珍しいやん自分から電話とか」
『今日総北の奴らと会ったんだろ?話聞かせろよ』
「ああなんや、実家で邪険にされて寂しいんか。大食らいやもんなあ」
『ちげーよ!!』

クローゼットからカーディガンを取り出して羽織る。一言断ってからイヤホンをさして、ベッド脇の棚から読みかけだった漫画を手に取る。話しながら漫画を読み進めることなんて出来ないのだけど、電話だけでは手持ち無沙汰になってしまう。

『もしもしー?どうしたのユキちゃん』
「寂しいらしいわ」
『だからチゲーって!お前らが今日総北の二人に会ったって言うから!』
『ああ、最初はボクらもメンバーだったもんね』
「アブくん。来られへんかったの残念やけど、また都合合わせて会いたいねて向こうも言うてたで」
『そうか。どの道会うにしても春休み以降だろうけど……楽しみだな』

手に持った漫画を読むでもなくめくって絵柄だけを追う。なんてことない古いギャグ漫画だが、絵柄を追うだけでも面白い。えらく人間臭いロボット……否、アンドロイドが腹のコードで飯を炊いている。

「二人は年末年始は去年みたいに家族と過ごすん?」

漫画とカレンダーと壁掛けの時計を順番に眺める。あと10日ほどで年明けだ。つまり、クリスマスが近い。
折角なのでクリスマスイブに飯でも食べに行こう、という話はとっくにされていて、サンタとして渡すつもりで少し良いシャープペンシルを揃いで三本購入した。
もうサンタさんなんてものを信じるような歳ではないが、クリスマス当日には親がクリスマスケーキを予約して、シュトーレンを冷蔵庫で育てている(シュトーレンは日を追う度に表面の砂糖がパンにしみて美味しくなるのだ)。あらかじめ何か欲しいものはあるかと聞かれているし、私も日頃の感謝を込めて親に簡単なプレゼントを用意している。

『あー、どうすっかな。今年くらい集まるか?俺ら』
「え?ええのんそんな事して」
『いーんじゃねーの。ウチはどうせ日付変わる前にみんな寝てっから。塔一郎ンとこも最近そうだろ』
『ああ、そうだな。一応親には話通すけど……男子高校生が元旦に外出歩くくらいでどうこういう言う親でもないし。どっちかというと名前が反対されるんじゃ……』
「あー、そうかもしれん」

私は、多分、他人から見ても親には愛されて育っていると思う。家庭なんて千差万別で、比較なんてできるものでもないのかもしれないけれど。
私の仕事に関してはいつも『知り合いの会社を手伝っている』と嘘とも本当ともつかないことを言ってごまかしているけれど、それも心配をかけないためだ。私はまだ未成年だし、親に保護されているから何か問題が起きた時にはどうしても親へ連絡がいくことを考えると、いつか打ち明けなければならないとは思っている。中々タイミングが掴めないだけだ。いや、あの親のことだから、私が何をしているかくらいうっすらと気がついているかもしれない。ある程度私の意思を尊重してくれる親ではあるのだ。
しかし、愛する娘が(途中で友人と合流するとはいえ)深夜外出となると、苦言を呈するくらいはするかもしれない。年末だから人通りがいつもよりも多いだろうと予想は出来るが、だからこそ危険とも言えるわけで。「お参りなんて、朝に行けばええやんか」と言われればそれまでだ。

『じゃあオレたちが名前ちゃんの家まで迎えに行くよ。おばさんたちもオレたちの顔知ってるし、安心なんじゃないかな』
「そんなん悪いわ。家やってそんな近いわけちゃうんやし、近所の神社にしたって日付変わってまうよ」
『いーよどうせ暇なんだし。変に遠慮とかすんなよ、らしくねーぞ。どーせあんなの、日が登るまでに行けりゃいいんだよ。歩く途中で日付変わったって誰も気にしねーだろ』
『二年参りとかで早くに行く人は多いけど、ボクらはそんなに信心深い訳でもないしね』
「……ありがと。いっぺん親に聞いてみるわ」

彼らは、基本的に私が女だからといって対応を変えない。
しかし世の中は全くそうもいかずに、今回のようにいくつかの障壁が生まれてしまう。その多くが自分の行動に由来するものでなくても、女という属性だけで自衛を求められ、気遣いを求められ、従属を求められ、いろいろな行動に制約が生まれる。いくらそれに反対の姿勢を取っていたとしても、犯罪には巻き込まれたくないし、時と場合によっては従わざるを得なくなる。それらの不便に彼らは柔軟に対応して、面倒だと口に出さずに付き合ってくれる。
珍しい人たちだと思う。普通、こういう時にはめんどくせーなの一言くらい言われるのだろう。その言葉を私は是としたくないが、面倒をかけてしまっているのも事実だ。私だって自分で自分に課される制約に対して何度も歯噛みしている。
彼らが私に対して何も変えずにいられるのは、彼らの今までの経験か、それとも理性か。家庭も、友人との巡り合わせも、私はひどく恵まれた環境にいる。
勿論彼らの内心を私が知る訳でもないから、私のことを面倒だと思ったこともあるだろうし、私に対してどんな感情を抱いているかなんてうかがい知ることはできないのだが。多分、私が自分でもやるせなさでいっぱいになっていることを彼らは知っているからこそ、私を慮ってくれるのだろう。
私は彼らに少しでも感謝を行動で示せているだろうか。



「ああ、自転車部の子らと?わざわざ迎えに来てくれはるなんてええ子らやなー。ええんちゃう。行っといで。」
「ちゃんと合格祈願してくんねやで」
「なんや、むっちゃ説教されるんかと思てましたわ」

翌日の朝、各々自分の朝食を用意しながら両親に昨夜の電話のことを話すと、思いの外ポジティブな反応が返って来た。
父が鮭を焼いているフライパンに横から卵を割り入れ、少量水を入れて蓋を閉める。父が小突いてきたが知るものか。ちょうど焼けたらしい母のトーストと入れ替わるようにして自分の分の食パンをトースターにセットして、ヨーグルトを用意しながらそう言うと、二人は顔を見合わせて「やってなあ」と続ける。

「名前さん、自転車部の子らとえらい仲良しやんか。最初は男の子ばっかやし、ちょっと心配やったけど……。遅なったら送って来てくれはるし、むちゃくちゃ礼儀正しいし、それに何かあったら名前さんも連絡入れてくれるやろ」
「お正月やし、外も人多いやろうしな。あ、わかってると思うけど、帰りも送ってもらいや」
「うん、大丈夫」

自転車部のみんなは、いつの間にか両親にひどく気に入られていたらしい。あの中に彼氏は居るのか、学校は楽しいのか、一人だけ方言で浮いたりしていないか、もう転校してきて一年半以上経っているのに根掘り葉掘り聞こうとしてくる親をトースト片手に受け流し、身支度をして、近所の図書館で自習すべく家を出た。



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