12
「おーす、メリークリスマ!」
「そこまで言ったならスまで言えよ」
小田原駅で落ち合った私たちは適当に挨拶をして身を寄せ合う。今日は特に冷え込むらしく、屋根のある駅といえどもかなり寒い。見ればもうみんな揃っていて、私が最後らしかった。
三人に駆け寄る途中、寒そうに手をコートに突っ込んだ三人がかなり周囲の視線を集めているのを確認する。集まって何かをする時はいつもこうだ。三人とも、スタイルも顔もかなり良いから、一見するとモデルやタレントみたいに見えるのだろう。すれ違った若い女性のグループは「声かけてみよっか!?」と浮き足立っていたが、私の姿に気がつきそれを辞めてしまったようだった。何となく申し訳ないような気持ちにさせられる。
「今日むっちゃ寒ない?チャリで家の最寄りまで行ったら死ぬかと思ったわ。つーか手ぇ死んだし」
「ちょっと冷えるよね。適当に店に入ろうか」
「サイゼでいいだろ」
「混んでないといいね〜」
寒い寒いと口々に言いながら駅から脱出する。空はあいにくの曇天で、今にも雪が降り出しそうだ。天気予報曰く、今日は特に降るなんてことは無いらしいが。
駅の中からずっとクリスマスムードだが、外に出るとより一層それを感じる。受験を控えた我々としては、浮き足立った世の中に若干の憎しみすらも覚える。悪い感情を霧散させるようにポケットに仕込んだカイロを出して、より温度を求めて振ると、隣を歩いていたシキバくんとアブくんが音に反応してチラとこちらを見た。
「オレもカイロ持って来れば良かった。こんなに寒いとは思ってなかった……」
「鍛えが足りないな葦木場」
鼻を鳴らすシキバくんを見上げると、鼻の頭がほんのり赤くなっていた。背が高い分、周りが風除けにならない顔の部分は特に寒いのかもしれない。背が高いというのは便利そうで羨ましく思うものの場合によっては不便らしい。
「おまえは鍛えすぎなんだよ。季節感の無え服装しやがって」
「え、そう?ボクにしては着込んでる方だと思うんだけど」
反対に泉田くんは、コートを着ているものの、多分その下は薄めの長袖くらいしか着ていないのだろうと襟元から推測出来る。まだ冬は深まっていないものの、気温は10度を割っているというのに。
持っていたカイロが温まって来たのを確認して、シキバくんの手に乗せる。
「熱なりすぎたから持っといてーや。私からのクリスマスプレゼント」
「えー、熱すぎるの?火傷しちゃうかなあ」
「そこまで熱くなったらちょっとした兵器だろ」
◯
「いただきま〜す」
「はい、どうぞ」
各々が頼んだメニューと、みんなで取り分ける用のお皿とピザが二枚。アヒージョとフォッカチオ、ドリンクバーで取って来たジュース。全員分となると案外机を埋め尽くす。一番の理由は男連中が自分用のメインをそれぞれ二つ頼んでいるからなのだが。
「部活無いんにそんな食べたらマジで一気に太らん?」
「しっかりトレーニングすればいいんだよ」
「あ、そースか……」
「名前ちゃん、筋力ないもんねえ」
「じゃかァしいのぉ〜……。ウチは筋肉つきにくい体質やの!」
カトラリーを取り分けてくれたユキにお礼を言って、グラスを持ち上げる。
話すとすっかり忘れてしまうが、今日はクリスマスイブなのだった。クリスマスって何の行事かちゃんと知っとる?と毎年のように親に聞かれるために、受胎告知から何から妙に詳しくなったこの日にきちんと祝いの意を込めて。私は厳密に言えば不可知論者だが。
「じゃー、カンパーイ」
『カンパイ!』
◯
一通り腹を満たして、落ち着きながらサイドメニューをつまみ出した頃。倒れて来た自分のカバンの重みでプレゼントを用意していたことを思い出した。
「あ、せや。せっかく集まったんやし、私プレゼント用意しとったんやった。感謝してな」
「プレゼント?マメだな」
「ひれ伏せひれ伏せ。……ま、もう卒業やしなー。餞別よ餞別」
「にしては早すぎんだろ」
綺麗にラッピングのされた四角い箱をそれぞれに渡す。大したものでもないけれど、ある意味これからもこの関係が続くようにと願いを込めたものだから謙遜することはしないでおいた。
すぐに開けても良いかと聞かれるかと思えば、三人はその箱をまじまじと眺めた後に自分のカバンを取ってくれと言い出した。ソファ席の奥に座っていた私の隣にはまとめておいたみんなの荷物があり、くすぐったい気持ちを押し殺しながらそれらを手渡した。
「俺も用意してんだよ、一応。名前もひれ伏せよな」
「ボクも実は」
「オレも!なーんだ、考えることはみんな一緒なんだ。仲良しさんだね、オレたち」
かもなー、と相槌を打ちながら、それぞれがそれぞれにプレゼントを回し渡す。一気に色とりどりの紙や袋で手がいっぱいになって、思わず口角が上がる。本当に私たちは『仲良しさん』らしい。私がわざわざ願掛けをする必要なんて無かったんじゃないのか。
「開けても良い?」と聞くと、異口同音が返って来る。アブくんからは両手ほどの袋、シキバくんからは細い箱、ユキからは薄くて四角い箱だ。それらの包装をなるべく綺麗な形で剥ぐ。
「あ、むっちゃシュッとしとる。かっこえー!」
「よかった」
アブくんからの袋を開けると、シンプルな銀のイヤーカフが入っていた。すっきりとしたマットなデザインで、どんな服にも合いそうなセンスの良いものだ。
「待ってこれ……私が軟骨開けよとしとったから?」
「うん、骨に穴を開けるよりはカフの方が痛くないし、簡単らしいから良いんじゃないかと思って」
「えー!めっちゃ嬉しい!軟骨開けんのやーめっぴ!今つけていい?ちょ、鏡出すわ」
化粧ポーチに入れていた手鏡を机に立てかけて、もらったイヤーカフを耳につける。髪を耳にかけると思いの外馴染む銀色が照明を反射してキラリと光った。
ユキにはシンプルなカードケース型マネークリップ、シキバくんにはスマートなデザインのキーホルダー(文字通り鍵をまとめておくためのものだ)が贈られていた。そういえば確かに、ユキはよく「重いから」と財布を持ち歩かずに現金をポケットに突っ込んで歩くし、シキバくんはしばしば鍵を見失っている。それぞれに考えられた、しかしどこか揃いのようにも思えるデザインのものが選ばれている。
普段彼がどれだけ私たちのことを見ているのか、改めて思い知らされる。広い視野でもって人を動かす力はこの一年間で彼が獲得したものだろう。
「すごいね、ありがとうほんま……うわ!むっちゃ私に似合う……めっちゃ使うわ。学校にこれ付けてったら没収かなあ……」
「お前ピアス黙認されてっからイケんだろ」
「確かにー。いつか怒られるんじゃないかって思ってたんだけどね」
「や!あー、でも、もし没収されたり落としたら絶対嫌やしあと3ヶ月大事にするわ!!卒業式には絶対絶対付けよぉーっと」
じゃあ次開けるねと言うと、示し合わせたようにアブくんとユキがシキバくんからのプレゼントに手を伸ばす。いつの間にかみんなで送り主ごとに開けるようになっていた。
包装が解かれた箱をゆっくりと開ける。少し重みのある箱は、開くといくつかの小瓶が収められていた。香りの違うバスオイルがセットになっているらしい。見ると二人にも同じものが贈られていて、なんとなくシキバくんっぽさを感じ面白い。
「名前ちゃんは元から実家だけど、塔ちゃんもユキちゃんも冬休みとか実家にいるでしょ?だから家族で使ってほしくて」
「私こういうのむっちゃ好き!多分お母さんも喜ぶわ〜」
「入浴は睡眠の質にも直結するからね。香りのリラクゼーション効果が期待できる。素敵だね」
「俺ンちも女連中が喜ぶわ。サンキュ、葦木場」
小瓶の一つを手にとってライトに照らすと、ほんのりついた琥珀色が透ける。瓶越しに薄く鼻腔をくすぐる華やかな香りに、今日の入浴が待ち遠しい気持ちにさせられる。シキバくんにしてはえらくラグジュアリーなチョイスに若干驚いたのだが、そういえば彼はクラシックオーケストラなどを嗜む文化人で、なんとなくラグジュアリーなのも合点がいった。もしかしたら実家で使っていたのかもしれない。
次にユキの箱を開けると、ハンカチが入っていた。それぞれ少しずつ柄が異なり、私たちに合わせてユキが色々と検討してくれたのだと思うとこれ以上ないくらいに嬉しい気持ちになる。特にユキは変に意地っ張りというか、スカした雰囲気で、こういう行事に興味がない風だから余計にだろう。誕生日などには色々と騒いだりはするものの、個人間で何かを渡すことは無かったように思う。
「俺あんまこういうの慣れねーから、面白み無いだろ」
「そんなことないよ、嬉しいよ!」
「せやせや、ひれ伏せて言うとったくせに急に弱気ならんといてーや」
「そうだぞユキ」
妙に照れているユキを見るのも珍しい。照れるにしても、怒ったように照れているユキを見ることが多いからだ。椅子に縮こまるようにして鼻の下をこするユキに声をかけると、余計バツが悪そうな顔をした。
綺麗に伸ばされたハンカチを元通りにして箱に仕舞う。最初は「今年は受験だから」と集まれないかと思っていたクリスマスだったが、直前になってやはり集まろうと言い出したのは誰だったろうか。高校最後のクリスマスが今日この日、このメンバーで迎えられて良かったと心から思う。
「名前からのやつ、開けていい?」
「ええよ。緊張すんなー。お気に召したらいいんデスケド……」
「あ、シャーペンだ!」
「これパーカーのやつか。カッコイイじゃん」
「思えばシャーペンに拘ったこと無かったなあ」
口々に言いながら箱の中に収められた細長いペンを手に取る。握ったり、ノックしたりするのさえサマになるよな、この人たちは、とどこか俯瞰して見ている自分が居た。
大きい手に握られたシャープペンシルは私が買った時よりも一回りほど小さく見えるが、シャープなデザインのお陰か、長い指に馴染んで変な違和感も生まれず安心する。長く使って、使う度にこの日を思い出しニヤリとするようなものをと考えた甲斐があった。
「受験勉強とか、多分大学でも使うと思うし……ペンケースに一本入ってたらかっこええかなって」
「いいね、気合いが入る」
「ほんま?良かった、嬉しい」
「おーこれ、ペン先に重心ある。書きやすそう」
「え、凄いねユキちゃん。ボク重心とか考えたこと無かった」
大切そうにもう一度箱に仕舞われて各々のカバンに収められるのを見てようやくひとつ肩の荷が降りたような気がした。人に何かを贈る時のこの感じは嫌いじゃない。勝てると分かっている試合でもどこか不安を抱えながら出走するように、勝てると分かっている商談に資料を用意する時のように、喜ばれるだろうと分かっていても人にプレゼントを贈る際にもどこかプレッシャーを感じるのだ。しかし、それを踏まえて出る笑顔は本物だった。こんなに嬉しいことは無い。
◯
「そういえばお正月言うてたやつ、行けそうやわ。ほんまに悪いねんけど、遅い時間やから送り迎えだけお願いしてもええかな」
「ああ、それなら最初からそのつもりだったし。ね、二人とも」
「んー?ああ、そうだな」
「うん」
カバンの中が包装紙やリボンで色とりどりになった後、ドリンクバーと席を何度か往復した。特別にどこか行かなくても時間はあっという間に過ぎていく。幸い時間帯なのか、この時期は高い店の方が混むのか、店内が混み合った様子も無く店員も穏やかに仕事をしている様子だ。大騒ぎするでもない我々の時折する注文にもにこやかに対応してくれる。
「いつもありがとうな」
いつも感謝を伝えてはいるものの、改まって言った私に三者三様の表情が返ってくる。そのどれもが暖かさに溢れていて、彼らはどこまで出来た人間なんだと思わせる。私の友人としてはもったいないくらいなんじゃないだろうか。と本人たちに言えばきっと彼らは怒るのだろうが。
卒業まであと三ヶ月とほんの少し。次の環境へはあと四ヶ月と少し。私はどのように生きていけるのだろう。
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