13


月も眠る23時。そろそろ着くと言うメッセージを確認して、すでに眠った両親を起こさないように家を出る。十分に充電されたスマートフォンの明かりと、私の家の玄関灯だけが煌々とあたりを照らしていた。
少し離れた場所にある街灯は暗闇を切り裂いて誰もいないアルファルトにスポットをあて続けている。正月だから周りの家も起きているだろうと思っていたが、電気がついている家は見渡す限りわずかで、今日が終わっても明日があり、日常があるのだということを語っているように思えた。
いつもより少し華やかなピアスをして、暗闇に紛れないように明るい色の服とコートを着た。多分寺に行く頃には交通量もこんな住宅街よりはよっぽど増えているだろうと推測されるからだ。分厚いスヌードに口もとを埋め、昔両親に貰った革の手袋をした手を擦り合わせて暖をとる。防寒をばっちりしたからといって、真冬の夜中だ。寒さは平時よりも厳しい。

遠くからぽそぽそと聞こえてきた話し声と足音は三つ分。思っていたよりも早い到着だ。普段駅から家まで送ってもらう時は今よりも数分時間がかかるはず。そこまで考えて、いつも彼らは私の歩幅に合わせて歩いていてくれたのだろうと気がつく。身長も足の長さも彼らと私では比べ物にならないのだから当然の話なはずなのだが、どうも彼らが自然なものだから失念してしまっていた。
さっさと合流してしまおうと、玄関で止めていた足を声のする方向へ進めることにする。

「こんばんは」
「わ、びっくりした。名前ちゃん、外で待ってたの?」
「うん。折角やし。月も綺麗やし、冬は空気が澄んでて気持ちええね」
「寒かったろ?鼻真っ赤だぞ。俺らが着いてから出てくりゃよかったのに」
「しかもこんな夜中に……危ないことは無かった?」
「無かった無かった。さっきまで玄関のすぐそこおったしね。大丈夫やよ、ありがとうな」

なら良いけどね。と心配の色を引っ込めたアブくんを見て、私も二人も破顔する。いつも私や彼らを心配するのはアブくんの役割だからだ。気遣いがよく出来るし、自分にも他人にも厳しく、まっすぐだからこうやって心配の言葉もすぐに出てくるのだろう。
笑い合う私たちに不満げな顔をしたアブくんは、誤魔化すように「行こうか」とだけ言った。

「ウチこっち来てからお寺さん行くん初めてかもしれん」
「そうなの?て言っても、願掛けなんてしそうに無いか、名前は」
「うるさ!京都におった時はようけ行ってたで。近くに無いから行かへんようなっただけで……」

向かうのは近所にある大きな寺だ。京都に住んでいた頃は気がつかなかったが、今住んでいるところには神社仏閣が思いの外少ない。歩いていれば名の知れた神社仏閣にはち当たる京都とは違い、目的を持って有名な寺などに行く必要があるらしい。
とはいっても、近所にはどうやら御誂え向きにそこそこ名の知れた寺があり、今日は出店も出ていると聞く。おそらく甘酒や豚汁の配布も行われているのだろう。早く到着して、冷めきった体を温めたいものだ。

「そういえばお前、時々自分のこと”ウチ”って言うよな」
「え?嘘や、言うてへんよ」
「さっき言ってたよ」
「関西の人っぽいよね、なんか」
「マジで?関東の人に合わせてかなり関西弁抑えてんねんけどな」
「それは絶対嘘だろ」

点々と等間隔に光る街灯の下を歩きながら、他愛のない言葉を交わす。声を発するたびに呼気が白く浮かび上がって暗闇へと消える。寺からの帰りだろうか、それともこれからどこかへ行くのかすれ違う人もちらほら居て、その誰もが寒そうにポケットや隣を歩く人の手から暖を取っていた。

大きな鳥居をくぐると、出店や鐘の音での賑わいが肌を震わせる。もう百回近く鳴らされたであろう鐘の列は短く、最後尾にはこの寺の一番偉い人であろうお坊さんがお弟子さんか誰かと談笑している。年が開けるまでに107つ、明けてから1つ突かれる鐘ももう疲れているようにさえ見える。人が多く鐘の上の方しか見えないが。
ちなみに鳥居があるのも、巫女がいるのも大抵神社なのだが、この辺りは神仏習合というか、神仏混淆というか、話を聞くたびに日本人の適当さが分かって面白い。実際、神も仏も似たようなものだと素人の私は思っている。口に出すと人との軋轢が生まれかねない話題でもあるため、誰かに言うことは無いが。

「なんだかんだ年越し前には着いたな」
「思ってたより近かったよね」
「あ、甘酒配布まだやってる!」
「やった、貰お貰お。むっちゃさぶいわー」

テントの前で大きな釜を混ぜている巫女さんが、紙コップに甘酒を注いでくれる。手で包むとじんわりと暖かい甘酒を少しだけ口に含むと、ほんのりとお酒と生姜の香りがする。
京都に住んでいた頃は知り合いのいる神社で正月巫女のバイトなんてものをやったものだ。広い境内の巡回や、迷子の保護、甘酒の配布など様々な業務を任され、最後には神主さんからお給金と労いのお菓子が配られた。適宜甘酒などの暖かい飲み物もバイト同士で飲みあったりもした。神主さんが寛大だったな、と今になって思う。

「うめえ〜」
「飲み終わったらお参りして出店回ろーや」
「そうだね」



「みんな何お願いしたの?」
「言わねー」
「葦木場、こういうのは言うと叶わなくなるらしいよ」
「え、そうなの?じゃあオレも言わないでおこう……」
「店のたこ焼きむっちゃ久しぶりに食べたかもしれん。ウマッ」

各々が夜食にと買ったプラスチックの入れ物を片手に境内の適当な場所に座る。あと五分もしないうちに年が明ける。周りで話している人たちもしきりに時計やスマートフォンを眺めて年明けを今か今かと待っている。私たちはというと、あまり日付が変わることに興味が持てず、屋台のご飯とお互いの願い事ばかりが気になっていた。

賽銭箱に五円玉を投げ入れ、神妙な顔をした私は手を合わせてから何をお願いしようか決められずにいた。学業成就の祈願はするにしても、もっと頼めることや頼みたいことだってあるんじゃないだろうかと思ったからだ。学業なんて、神に頼らずとも成就するだろうという自信もあった。
結局私は学業成就を祈り、すぐさま五円玉を追加して大学でも楽しく過ごせるようにと祈った。側から見れば欲張りな女に見えたことだろう。

目の前のたこ焼きの上に乗っている鰹節がゆらゆらと踊っている。よく冷まして口に入れれば、ほくほくの生地とコリコリとしたタコが舌や歯を刺激する。屋台で食べるたこ焼きは家で作るたこ焼きよりも特別感があるように思うのは何故だろう。業務用のコンロと鉄板だと火力が違うのだろうか。

「シキバくんシェアしよ」
「いいよー」

割り箸を逆さにしてシキバくんのトレーにたこ焼きをひとつ乗せれば、シキバくんはお好み焼きを適当に分割してこちらのトレーに乗せる。お好み焼きを外で食べるのも思えば久しぶりかもしれない。お店があるにはあるのだが、どうしてももんじゃ屋さんにばかり行こうとしてしまう自分がいて、未だ観光客気分かと変な笑いが出る。


「腹減らね?」
「今食っとるが……」
「近所のラーメン屋さん、今日はオールでやってるらしいよ」
「今食っとるが!?」
「ま、今日くらいはいいか」
「アブくんまで!」



周囲の人が一斉に歓声をあげる。寒さに身を寄せ合いつつ年明けの予定を話し合っていた我々はその声に顔を上げた。

「越した?」
「あ?あー、周りが騒いでるから越したんだろ」
「おめ〜」
「あけましておめでとう」
「あけおめー!」

クラスの友人や、転校する前の学校の友人たちから送られるメッセージに返信しつつ新年を祝う。新しい年数に慣れるのは多分数ヶ月先だろうが。
我々世代の京都伏見自転車部の面々からもグループでメッセージが交わされる。普段連絡用に使っていたものとは別で、そこには先輩たちの名前も入っている。面倒な話ではあるのだが、代ごとに作られたグループでそれぞれ新年の挨拶をして、石垣先輩……光ちゃんには別途でメッセージを入れる。転校したことでもう会うことも滅多に無くなるだろうと思っていた幼馴染だからだ。聞いた話によると、どうにも明早大学に通っているらしい。秋のうちに一度挨拶に(石垣先輩には無断で)行った際にはひどく驚かれた。
また遊びに行くからと告げた私からのメッセージに、来る時には連絡せえよ!と怯えているスタンプと共に返ってきたあたり、前回急に大学へ押し入ったのがまだ記憶に新しいらしい。

「よーし、年越したしラーメン食いに行くか〜」
「自分ら胃どないなっとんの。日付とともにリセットされよるんか?」





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