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謝恩会を終え、個人的に再び集まった私たちはカラオケの一室でなんてことない話をしてから解散した。大学のこと、引っ越し先のこと、これからの生活と連絡先。今日の写真をいつものグループトークで共有して帰路につく。式の様子を見に来ていた両親はとっくに自宅で待ってくれていて、帰った私にいつものようにおかえりと言ってくれた。
両手に抱えた花束と紙袋を一通り整理して自室に戻る。そろそろ引っ越しのための準備をしなければ。初めての一人暮らしと大学生活が同時に来ると疲弊してしまうだろうという親の計らいから、少し早めに引っ越しをすることになった。大きな机やベッドは引っ越し先で買うつもりだが、それでも本棚やこたつ机などは家から運ぶ算段だ。洋服や本、小物類もダンボールに詰めなければならない。
年が明けてからというもの速度を増した時間は、未だ止まってはくれないらしい。
「ん?」
唐突に音を鳴らして震えたスマホを見る。メッセージかと思ったが、長さを聞くに電話らしい。ダンボールを作る手を止めてスマホを手に取る。どうせユキやアブくんだろうなとタカを括っていたのだが、予想に反してディスプレイに映っていたのは『手嶋』の文字だ。勉強会以来、時折メッセージを交わしていたからその文字自体に違和感は無いが、用件に心当たりが無い。
「はいー、手嶋さんどうしたん?久しぶりですやんか」
『久しぶり、急にごめん。今電話大丈夫か?』
電話越しに聞こえる声は直接聞いた時よりも少しだけ違う。低いといえば低いかもしれないし、高いといえば高いかもしれない、曖昧な違いではある。けれど、確実にどこかが違う。久しぶりに声を聞いたから違うように思うではないか?と言われれば、確かにそうかもしれない。人の記憶は音声から消えていくとどこかで聞いたことがある。俗説だろうと聞き流していたが、あながち間違いでもないのかもしれない。
「ん?うんまあ。作業しながらでもええかな。ちょっとガチャガチャいうと思うねんけど」
『わり、かけ直そうか』
「ええよええよ、ほんで、どないしたん」
『えーと、まず卒業おめでとう。今日だったよな確か』
「せやで、ありがとうね。手嶋さんもおめでとう」
総北は確か先日卒業式だったはずだ。インスタグラムにあげられていた写真は後輩が泣いているのを宥め賺す卒業生達の姿だった。そういえばあの写真の中で胸に花を付けているが名前を知らない人が一人居たな。タッパが大きくて、がたいもいいメガネの男性だ。インターハイで選手として出ていなかったからか、あまり印象が無い。いつかその人の話も聞けるだろうか。
『あー、えっと、黒田も洋南って知ってた?』
「ああ、そのこと!まじでありえへんよな。あはは。私もさー、入試の日ぃになってユキに会って!何でおんねん言うて、そこで初めて知ったんよ」
『やっぱり?前の勉強会の時、みんなと離れるとかなんとか言ってた気がして、気になって』
「ああほんまに、ありがと。手嶋さんはどこで知ったん?」
『いや、ついさっき”四月からヨロシク”ってラインが来て知った。はあ?と思って電話したら悪びれもせず俺も洋南〜って』
本を本棚から数冊取り出し、ダンボールに詰める。また取り出してダンボールに詰め、いっぱいになったら箱を閉じる。一箱百冊と少しくらいが限度か。この箱をもう一ついっぱいにしたら新居に持っていける限界だと思っておこう。
「アイツほんまそういうとこよな。手嶋さんは自転車部入る?ウチらは多分入ると思うねんけど」
『……入る前提で話進めてくるとばっかり思ってた』
急に声のトーンを落とした手嶋さんに、こちらの手も止まる。抱えていた新書の表紙をちらりと眺めてスマホの画面に目を落とす。一瞬の間を平熱のまま写し出すスマートフォンはあんまりにも冷たい。
「あ、嫌やった?ごめんな。けど中高でやっとった部活をずっと続ける人って珍しいんちゃうかなって。知らんけど」
『そっか。そうかも。……ま、でも俺は多分大学でも自転車やるよ』
「ほんま?嬉しいわあ!ほしたら次はうちらおんなじチームやね。頑張ろな」
『うん。……あ、それでさ本題なんだけど、入学式の前にどっかで一旦会わねえ?黒田と名字さんと俺で。三人とも静岡で一人暮らしだろ?引っ越しの片付けとか手伝うしさ』
「あーそれむっちゃアリ。足らんモン一緒に買いに行こうや」
トントン拍子で話はまとまり、詳細はユキを交えてという話になった。本でいっぱいになった二つ目の箱を閉じて、箱に本とだけ書いた。
次にクローゼットを開き、今は着る予定のない夏服とドレスを畳んでダンボールへ詰める。クローゼットにはもうこれからは着られないであろう制服が丁寧に掛けてある。新生活においては全く必要のないそれらだったが、何となくダンボールへと詰め込むことにした。
『じゃあそういうことで。急に電話してごめん、作業?頑張って。おやすみ』
「うん、ほなね。おやすみ〜」
服でいっぱいになったダンボールに、思いついたように梱包した皿を混ぜてから閉じる。皿、夏服と書いたダンボールを引きずって部屋の端に寄せると、なんだか部屋が少しだけ広く思えた。こたつ机を解体しているからか、ラグを丸めて縛っているからか。
あと2日ほどで荷物を全て業者に任せて、1日空けて新居に届く。正直、少し不安だったのだ。一人で片付けをして、一人で必要なものを買いに行かなければならないというのは。手嶋さんのありがたい申し出が電話だったのは、恐らく早めに話をまとめておこうということだったのだろう。どこも考えることは同じというわけだ。
新たな環境で何をしようか。何ができるだろうか。ようやく、安心して期待に胸を膨らませることが出来るのだった。
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