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「おはよお」
「名字さんおはよう。黒田もそろそろ来るってさ」
「あ、ほんま。ウチらもはよぉに集まりすぎやけど、ユキも大概やなあ」
「知らない土地だからなー、やっぱ早めに出ちゃうよ」
暖かい地域で桜の開花が観測され始めた頃、私たちは静岡駅で一度集まることにした。私が可愛い食器を見たいと言ったからか、静岡駅が結局のところ一番動きやすいからか。思っていたよりも駅が遠くて驚愕してしまったが、浜松や沼津あたりまで行くとなると、より時間を費やす移動になるらしい。海にそって横に長い形をした静岡は電車の運用もあり横移動はかなり時間を食うらしいと越して1日目に大家から聞き驚いた。
しかし、自転車での移動なら夏は気持ちいいかもしれない。抜けるような青い空にロードバイクのラチェット音が響き、私はその横でバイクを走らせる。うん、かなり良い風景だ。夏になればきっとそんな風景を見ることが出来るだろう。そこにはユキも手嶋さんも、荒北先輩だって居る。
ところで何故家が近い我々が別々に移動し、集合しているかというと、私はバイクで最寄り駅まで、手嶋さんは一度実家に帰っていたらしく実家から電車、ユキは新居に近い役所から電車とそれぞれ移動経路や都合のいいタイミングにばらつきがあったからだ。
「……名字さん?」
「あ、ごめんちょっと考え事しとった。手嶋さん今日何買うんがメイン?」
「俺はローテーブルと姿見とティープレスかなー。あとは、そうだな……名字さんフランフラン見たいんだろ?俺そこで可愛いティーカップ買おうかなって」
「ティーカップ!お茶好きなん?」
「まあね。はは。”可愛い”にはツッコまないんだ」
「え、何で?おかしないやん。可愛いティーカップあるとテンション上がるん分かるわあ」
不意に手に持っていたスマホが震え、メッセージの受信を知らせる。不必要なメールの通知やゲームの通知をかき分けてメッセージを開くと"駅着いた""どこ"と2件の新規メッセージがユキから送られてきている。現在地を簡単に告げようと数文字打ってから思い返して現在地から見える景色を撮影し、送ってみることにした。以前青八木さんがやっていた事を今になって思い出したからだ。思えばいつもの私たちは集合場所も変わらなければ、多少はぐれてもシキバくんに集合していたため現在地を尋ねられることが無かった。そのせいであれから数ヶ月経った今、ようやく思い出したのだった。
とはいえここは我々にとっては新天地。写真を改めて見て、全く知らない駅の知らない風景を送られても全く分からないことに気が付いた。私がこれを送られても、きっと今いる場所にはたどり着けないだろう。案の定ユキからは即座に"分かんねーよ!"と返ってきた。
「ここどこ?」
「うーん、てか改札そんな沢山無いだろ。改札の前に居るんだから分かるはず……。メッセージスゲー来る。スマホばっか見てんじゃねーぞ黒田〜」
「せやせや。……あ!おった!あれか!おおーい」
人の邪魔にならないよう端に寄りスマートフォンを注視しているユキに手を大きく振るが、ユキの視線はスマートフォンから離れるつもりは無いらしい。掲げた腕を下ろしてため息をつく。
「柱の影で俺ら見えて無いのかな。お迎えにあがるとするか」
「姫やん。……あ!白雪姫ってこと!?」
「いや、それは考えてなかった」
どの地点で気が付くかと再び手を大きく振りながら近付く。ふ、とスマートフォンから顔を上げたユキはすぐさま私たちを視認して片手を軽く上げて答えた。よお、という言葉付きで。
「ユキ姫、お迎えに来たったんやけど」
「あーすまん。まだ慣れてな……そのユキ姫って俺のことか?二度と言うんじゃねえぞ」
「わはは、沸点ヤバ」
「仲良いんだなあ」
言われて初めて気がついたが、この三人で集まるのは今が最初だ。ユキはインターハイで、私は冬の勉強会で手嶋さんと会ってはいたものの、機会が中々無く結局総北箱学三年フルメンバーで集うことは未だに無かった。おそらく今後、大会のどこかで会うことはあるのだろうが。
「じゃあ行こうぜ。とにかくまずデケーもん買った方がいいだろ」
「ウチL字デスクとソファ!」
「俺ローテーブルと姿見〜」
◯
「どんな部屋にするつもりなん?」
沢山の家具に囲まれてあれこれ見ているとどうにも部屋に統一感がなくなってしまう気がして、部屋を夢想しながら歩く。住む場所、しかも自分一人のスペースとなるとなんだかんだでやりたい放題が出来てしまう。その分部屋に物が溢れたりするなんてことはザラなのだが。
新しい家は1LDKの部屋で、不動産会社曰く洋南生の女性入居者が多く居るとのことだ。そのためなのか、セキュリティがしっかりしている割には家賃も低い。私は仕事での収入がある分もう少し部屋のグレードを上げることも考えたが、これ以上広いと部屋の管理がままならなくなってしまうだろうと思い今の部屋に決めた。その代わりに親からの仕送りは全て内密に貯金し、親に還元していこうと思っている。
可愛い形をしたランプシェードを軽く指でなぞり、ついた埃を払う。これじゃあ掃除が大変そうだ。
「掃除が面倒だからあんまモノ置くつもりはねえな」
「ああ、ちょっと分かる。棚とか置きすぎると掃除がなー。俺はシンプルにまとめるつもり。多分、家帰っても飯風呂寝るくらいだろうし」
なるほど、と頷きながら自分の部屋の間取りを思い浮かべる。全ての採寸をしてスマートフォンにデータを送信しているが、それよりもまず今ある家具だ。色や形、今置いている場所、諸々。
「私もシンプルめのがええな。掃除もそやけど、モノ多かったら疲れそうやわ」
「あー、なんか聞いたことあるそれ。物が多いと視界の情報量が多くなってストレスになるみたいなやつ」
「ほーぉ」
「なんかな、言うよな」
気に入った家具に付けられているタグに書かれているサイズや色をよく確認して注文票を手に取る。既に数枚溜まっている紙を改めて確認し、先ほど手に取ったものを加えて整える。横で話す二人の手にもいくつかの注文票がおさまっていた。
「ていうかどうせお前ら来るだろ。自分の分のコップとか買っとけよ面倒だから」
「マジ?ウチら恋人みたいな扱いされとんで手嶋さん」
「俺黒田はそういう目で見れない、ごめん」
「七回殺す」
「ウチら再生すんねや。……まあそれは置いといて、確かに来客用のカトラリー類は揃えた方がええかもしれんね。ウチらもご近所さんなんやし。ま、飯たかりに行くやろなあ」
新居から二人の家はバイクで5分ほどの場所にあるらしい。ユキの家の場所は以前から知ってはいたが、今日聞いた手嶋さんの家はユキのアパートから徒歩数分の場所にあると知った。ユキは先にそれを知っていたらしく、お互い引っ越しの手伝いをしたと聞いた。私の知らないうちに二人はなんとなく交流を持っていたらしい。ユキはそんなにコミュニケーションにおいて器用だったろうか?と疑問に思ったが、どちらかといえば手嶋さんのコミュニケーション能力にあてられたと言った方が正しいようだった。知らない間に二人が仲良くなっているのは何となく複雑な気持ちだ。ユキからすれば私と手嶋さんが仲良くなった時もこんな感じだったのだろうか。
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